2026年10月7日の夜から11日にかけて、ロシアのIT最大手ヤンデックスのデータセンター3か所が、ウクライナのドローンに相次いで攻撃されました。

そのあとから、Xのリプ欄に湧いていた罵倒やスパムが急に静かになったと感じた人も多いはずです。

あの罵倒を打っていたのは、いったい誰だったのか。

ロシアがSNSのために何をしてきたかをさかのぼると、月1億円を超える予算の記録や、12時間交代で書き込みを続けた元職員の証言が出てきます。

罵倒リプが急に静かになった

データセンターが落ちてから、日本のタイムラインで見かけなくなったのは、こんなアカウントです。

  • 謎の金髪美女のアカウント
  • 絡んでくる中国語のアカウント
  • 仮想通貨やAIで稼げるという勧誘
  • 過激な主張をくり返す政治系のアカウント

夜にスマホのリプ欄を見てぞっとする女性のイラスト

医師で作家の知念実希人は、反ワクチンの話題で同じ変化に気づいています。

ドイツでは極右政党AfDを応援するアカウントが、アメリカでは保守派を持ち上げる自動返信が、同じように減ったと感じた人が相次ぎました。

 

10月12日には、ウクライナのゼレンスキー大統領までがワルシャワの安全保障会議で「多くのSNSで少し息がしやすくなった」「botが減ったからだ」と語っています。

なぜロシアの会社のサーバーが燃えると、Xが静かになるのか。

多くの人が思い浮かべたのは、偽アカウントを自動で動かす仕組みを、ネット上のサーバーを貸し出すヤンデックスの「クラウド」に置いていたのではないかという筋書きでした。

数百万回が数万回に落ちた偽ニュース

ロシアの情報工作を追うフランスの研究者は、ロシア系の工作グループが10月9日に流した偽ニュースがSNSで表示された回数が、9月24日の前回の数百万回から、数万回に落ちたと書いています。

このグループ「Storm-1516」は、記者や内部告発者になりすましたアカウントで、役者やAIで作った人物に偽の証言をしゃべらせる動画を流すことで知られています。

研究者はこの落ち込みを、ヤンデックスのサーバーが壊れた影響を示す「新しい証拠」と呼びました。

 

ネットが切れた日に偽アカウントが黙った前例

「サーバーが止まったら、あのアカウントたちも黙った」は、前にも起きています。

2025年6月、イスラエルとの戦闘のさなかにイラン国内のネットがほぼ遮断されると、Xでスコットランドの独立をあおっていたアカウントが一斉に投稿をやめました。

イスラエルの調査会社Cyabraの分析では、このアカウント群はイランが動かしていたとみられ、およそ1,300の偽プロフィールが、16日間そろって沈黙したとされています。

 

イギリスの話題を語っていた「地元の人」たちは、イランのネットが止まると、一緒に黙ったんです。

2025年11月には、Xがアカウントの国や地域を表示する機能を始め、アメリカの愛国を叫んでいた人気アカウントのいくつかが、ナイジェリアやタイなどから運営されていたことも話題になりました。

「同じ国の人」だと思って言い合っていた相手が、実は海の向こうにいたのかもしれない。

4日で3か所が狙われたデータセンター

最初に狙われたのは、モスクワの南東にあるリャザン州サソヴォの拠点で、10月7日の夜から8日の未明にかけて火災が起き、全面的に止まりました。

ここはヤンデックス最大の拠点で、AIを学習させるためのスーパーコンピューターも置かれていたと報じられています。

9日の朝にはカルーガ州の拠点が設備の一部を失い、11日の早朝にはモスクワの東にあるウラジーミルの拠点も止まります。

 

最初の攻撃のあと、ヤンデックスは「設備を元に戻せるかどうか、いまの段階では分からない」と発表しています。

決済の「Yandex Pay」は翌日になっても動かず、クラウドも一部の機能しか使えなくなり、影響を受けたサービスは80を超えたと報じられています。

配車アプリ「Yandex Go」は、カザフスタンやウズベキスタンのような旧ソ連の国々でもふだんの足として使われてきたので、影響は国境の外にもはみ出しました。

ゼレンスキー大統領は10月8日、今回の攻撃を、ロシアがキーウのサーバー施設を攻撃したことへの同じ形の仕返しだと説明しています。

実際、2026年9月15日から27日にかけて、ロシアはキーウのデータセンターや通信大手の本社を続けて攻撃し、およそ10万世帯でネットが止まっていました。

ヤンデックスのプロフィール

モスクワのヤンデックス本社を訪れたプーチン大統領(2017年)
2017年9月21日、モスクワのヤンデックス本社を訪れたプーチン大統領(赤いネクタイ)。右は自動運転の試験車(出典:ロシア大統領府 kremlin.ru/CC BY 4.0)
  • 名前=ヤンデックス(Yandex)
  • 始まり=1997年9月23日に検索サイトを公開
  • 創業者=アルカディ・ヴォロジ
  • 検索のシェア=ロシア国内でおよそ7割
  • 主なサービス=検索・地図・メール・タクシーの配車・決済・音声アシスタント・クラウド
  • いまの持ち主=2024年7月、オランダに置かれていた親会社から切り離され、ロシアの企業連合が約4,750億ルーブル(当時のレートで8,000億円を超える額)で買い取った

「ロシアのGoogle」と呼ばれ、2017年には創業20年を迎えた本社をプーチン大統領が自ら訪れるほど、国にとって大事な会社でした。

2022年にロシアがウクライナへの侵攻を始めると、ニュース部門の元責任者が「ヤンデックスは戦争の情報を隠す重要な歯車になっている」と書いたと伝えられ、会社は同じ年の9月にニュース部門ごと手放しています。

2024年7月にロシアの事業が切り離されると、創業者はロシアの外に残る道を選びました。

今回焼かれたのは、創業者が去ったあと、ロシアの中に残されたほうのヤンデックスです。

SNSに月1億円をかけた部隊の1日

ロシアがSNSにどれだけの人とお金をかけてきたかが、いちばん詳しく分かっているのは、ロシア第2の都市サンクトペテルブルクにあった「インターネット・リサーチ・エージェンシー」です。

2018年2月16日に、ロシアの選挙介入を調べていたアメリカの特別検察官が出した起訴状によると、この組織の工作は2016年9月ごろ、月に7,300万ルーブル、125万ドルを超える予算で動いていました。

当時のレートで、毎月1億円超え。

ロシアの書き込み部隊は2016年9月ごろ月1億円超の予算で動き、12時間交代でブログ160本のノルマ、集会の仕掛けは約200ドルだった

 

アメリカ向けの部署だけで80人を超え、アメリカの昼と夜に合わせて交代で働いていたとされています。

2015年に内部を告発した元職員の女性によると、勤務は12時間交代で、彼女のいた部署には1回の勤務でブログ160本というノルマがあり、休日も関係なく回っていたといいます。

給料は月4万〜5万ルーブル、当時のお金で750ドルほど。

アメリカの人たちのタイムラインに流れていた怒りの書き込みの一部も、同じ組織のこうした交代勤務の中で作られていたんです。

日本のリプ欄で絡んでくる罵倒を見て、同じものを思い浮かべてしまうのは、こういう記録がすでにあるからでしょう。

偽アカウントが本物の人を向かい合わせた日

しかも、この仕掛けは画面の中だけでは終わりませんでした。

2016年5月21日、アメリカ・テキサス州ヒューストンのイスラム教の施設の前で、「テキサスのイスラム化を止めろ」という集会と、「イスラムの知を守れ」という集会が、同じ時間に開かれています。

呼びかけたのは「Heart of Texas」と「United Muslims of America」という2つのグループで、どちらもこの組織が作った偽アカウントでした。

集まったのは本物の住民で、旗を掲げる側と抗議する側が、通りをはさんで向かい合ったんです。

のちにアメリカ上院の情報委員会で、委員長はこの日の仕掛けにロシアがかけた費用を「およそ200ドル」と明かしました。

否定し続けた男が認めた半年後

お金を出していたのは、プーチン大統領に近い実業家で、のちに民間軍事会社ワグネルを率いるプリゴジンでした。

2018年に起訴されたとき、プリゴジンは「アメリカ人はとても影響されやすい。見たいものを見るんだ」と皮肉で返し、2020年にアメリカが彼の会社への起訴を取り下げると「選挙介入はうそと作り話だ」と言い放っています。

ところが2023年2月14日、プリゴジンは自分から「私が考え、作り、長く運営した。単なる出資者だったことはない」と認めました。

 

その4か月後の2023年6月23日、プリゴジンはワグネルを率いてロシア軍に反旗をひるがえし、2か月後の8月23日、乗っていた飛行機がモスクワの北西で墜落して亡くなりました。

反乱の直後には、この組織を含む彼のメディアグループも閉鎖されたと報じられています。

それでも、人と手口までは消えていません。

ネットの工作を調べているMicrosoftは、最初の章で触れた偽ニュースのStorm-1516を、この組織から分かれたグループだとみています。

名前が分かっても手が届かない人たち

薄暗いオフィスで大勢がパソコンに向かって書き込みを続けている様子のイラスト

こうした仕事を表向き請け負うのは、民間の会社です。

2024年9月4日、アメリカの司法省は、本物の新聞社そっくりに作られた偽のニュースサイト32個を差し押さえました。

司法省によると、指示していたのはプーチン政権で国内の政治を取り仕切ってきたキリエンコ大統領府第1副長官で、実際に偽サイトを作っていたのは、モスクワの「ソーシャル・デザイン・エージェンシー」という会社でした。

流出したこの会社の内部資料には、24人のチームが6つの言語で、1,000人を超える発信者の投稿を毎日分析していたことが書かれていたと報じられています。

命じた人の名前まで書類に載っても、その人はモスクワにいて、アメリカの捜査の手はそこまで届かないんです。

日本の首相を攻撃していたとされる35アカウント

中国にも、同じような仕組みがあります。

Metaは2023年8月、「スパモフラージュ」と呼ばれる中国の工作のアカウント7,704個とページ954個をFacebookから消し、日本もその標的に入っていたと公表しました。

2024年5月にはOpenAIが、同じスパモフラージュが福島の処理水を批判する文章をAIで作っていたと明らかにしています。

 

さらに2026年2月26日には、アメリカのシンクタンク「民主主義防衛財団」が327個のアカウントのネットワークを報告し、そのうちXの35個が高市首相を攻撃していたとされました。

2025年の参院選のあとには、平将明デジタル大臣(当時)も、分断をあおる投稿をbotが広げた可能性に触れています。

そしてアカウントを本物らしく見せるための電話番号の認証は、安い国のものなら1回およそ0.1ドル、日本円で15円ほどで売り買いされているという研究もあり、偽アカウントを何百と作るのに大きなお金は要りません。

本当の数字を出せるのはXだけ

攻撃のあと、「ロシアのbotが94%減った」という数字がグラフつきで世界中に広まりました。

ここまでの記録を知っている人ほど、ありえると感じたはずの数字です。

出どころは、ネットの通信の流れを見ているアメリカのCloudflareという会社のデータです。

そこで数えられていたのは「YandexBot」という、ヤンデックスの検索エンジンがネットのページを1枚ずつ見て回るためのロボットでした。

 

リプ欄の罵倒がどれだけ減ったのかを数えられるのは、すべてのアカウントの動きを見ているXの側だけです。

ところがXは、攻撃の前後で偽アカウントの動きがどう変わったかを、いまのところ何も出していません。

ヤンデックスのクラウドに仕組みそのものが置かれていたという筋書きは、まだ誰も確かめていない代わりに、誰も打ち消してもいないんです。

設備が戻った日に分かること

ヤンデックスの止まったサービスは少しずつ動き始めていますが、燃えた機械そのものの入れ替えには半年ほどかかるという報道も出ています。

設備が戻るのに合わせて、リプ欄にあの金髪美女や罵倒のアカウントがまた湧いてくるなら、あの筋書きを裏づける材料が1つ増えます。

それまでのあいだに強い言葉で絡まれたら、言い返す前に相手のプロフィールから「このアカウントについて」を開くだけで、国や地域の表示が確かめられます。

あの罵倒の主が誰だったのかを知っているのがいまのところXだけだとしても、怒りの書き込みにノルマと給料がついていた国があると知ってしまうと、次に絡まれたときの見え方は、もう前と同じではないですよね。