欧州危機|第三次世界大戦の可能性をわかりやすく解説
ドイツは運ばれてくる負傷兵の数を見積もり、フランスは重要な施設を守る計画を出し、リトアニアの空ではドローンが撃ち落とされました。
どれも、この1か月半のヨーロッパで実際に起きたことです。
「これ、もう始まっているのでは」と落ち着かない気持ちになった方も多いのではないでしょうか。
なんか今の世界、
第三次世界大戦前の雰囲気に似てない?— ほんとーch (@tekito_chanpon) 2026年9月20日
ただ、テレビやスマホでどれだけニュースを追いかけても、「今日から戦争です」と告げてくれる人はもうどこにもいないんですよね。
国と国が公文書で正式な宣戦布告を交わした最後の大きな戦争は、第二次世界大戦。
朝鮮戦争もベトナム戦争も湾岸戦争もイラク戦争も、形のうえでは「戦争」として始まっていません。
1945年に国際連合ができてから、相手国へ開戦を告げる手続きそのものが使われなくなったからです。
それでも世界のどこかでは、激しい戦闘が戦後80年あまり一度も途切れていません。
日々のニュースに怯えるその感じ方は、決して大げさでも考えすぎでもないと私は思っています。
では、いまヨーロッパで起きていることは、戦争なのか。
戦争だとしたら、いつ始まったことになるのか。
そして、それを決めているのは誰なのか。
毎年トレンドに上がる「第三次世界大戦」
この不穏な言葉がXのトレンド上位へ顔を出すのは、海外で大きな軍事ニュースが画面に流れるたび。
口に出して言えば「大げさだ」と周囲に笑われそうで、でも黙っていると自分だけ危機に気づいていないようで怖い。そういう板挟みの投稿が目につきます。
5か月前の2026年4月にも、同じ声が出ていました。
どう見てももう既に第三次世界大戦は始まってるように思える。
まだ始まったばかりだろうが、出口が全く見えない。煽ってるとかでなく少なくとも世界全体が戦時下の非常時になってる。— 猫のリュックくん (@nekoruck) 2026年4月5日
「煽ってるとかでなく」とわざわざ断りを入れないといけないところが、この不安のややこしさです。
白黒を確かめる方法がどこかにあるのなら、こんな気を使った前置きは最初から要りません。
だから開戦のニュースは流れない
テレビのニュースで毎日のように流れてくるのは、こんな単語です。
- 侵攻
- 越境
- 報復
- 事案
どれも少し濁したような、ストレートに「戦争」とは言わない言葉なので、見ている側には「で、結局これは戦争なの?」という疑問だけが残ります。
いまヨーロッパで起きていること

この1か月半で、よく似た形の出来事が立て続けに起きました。
- 8月初め|ドイツのライプツィヒ空港がドローンの攻撃を受ける(ロシアによるものとされる)
- 9月13日|ウクライナとポーランドの国境近くで、ロシアのドローンが旅客列車を攻撃
- 9月15日|リトアニアの領空へ入ったドローンを、NATOの当番だったイタリア空軍機が撃墜
- 9月17日|ポーランドのトゥスク首相が議会で「NATO加盟国が攻撃される現実的なリスクがある」と発言
- 9月18日|マクロン大統領が重要インフラと防衛産業の施設を守る計画を指示
- このほかイタリアからエストニアまで、ヨーロッパを縦断するように各地の防衛施設で不審火が相次ぐ
リトアニアの空を守っていたのが遠く離れたイタリアの戦闘機、というところが不思議に思えるかもしれません。
NATOには、自前の戦闘機を持たない小さな加盟国の空を、ほかの国の空軍が交代で守る任務があるんです。
この日はイタリア空軍がその当番でした。

カレンダーに並べてみると、どれも「攻め込まれた」というほど大きくはないのに、気味の悪い共通点が1つ。
やったのが誰なのか、はっきりしないまま終わっているところです。
「ハイブリッド戦」というのは、軍隊を出さずに相手を揺さぶるやり方のこと。
欧州情勢悪化してるな
ロシア、ベラルーシ軍
ポーランド、リトアニア国境付近で9000人規模の演習
国境付近で通信鉄塔建設
フランスのハイブリッド戦への準備— 永井宏樹 Hiroki NAGAI (@hirohiro37) 2026年9月18日
9月13日の列車の件は、少し背筋が寒くなる話でした。
攻撃を受けたのはウクライナ側のヤホディンという場所で、機関車が狙われる数分前に乗客は避難できたと当局が発表しています。
そしてその直前に、ボリス・ジョンソン元イギリス首相や欧州各国の安全保障当局の高官が乗った列車が、同じ線路を通っていました。
なぜリトアニアの空が狙われるのか

このニュース、地図が頭に入っているかどうかで見え方がまるで変わるんです。

ロシアの領土は、実はポーランドのすぐ北側にもあって、そこがカリーニングラードという、ロシア本土と地続きになっていない飛び地にあたります。
リトアニアのもう一方の側には、ロシアと同盟を結んでいるベラルーシが接しているので、リトアニアは地図の上でロシアの飛び地とロシアの同盟国に、両側から挟まれているわけですね。
その飛び地と同盟国にはさまれて、ポーランドとリトアニアが直接つながっている細い陸の部分だけが残っています。
スヴァウキ回廊と呼ばれていて、ここがエストニア・ラトビア・リトアニアのバルト三国と、NATOのほかの国々をつなぐ唯一の陸の道です。
もしここを塞がれたら、バルト三国は陸路でNATOから切り離されてしまう。
2026年9月には、その周辺でロシアとベラルーシが9000人規模の軍事演習を行い、NATOは空に早期警戒機をポーランド国境へ展開して見張っていました。
リトアニアの空にドローンが入ったというニュースは、ヨーロッパの地図でいちばん細くなっているところで起きているわけです。
ドイツは病院の地下まで数え始めた
ヨーロッパの国がどこまで本気で備えているのか、その数字も出てきました。
ブルームバーグによると、ドイツ連邦軍はNATOの東側で大きな衝突が起きた場合に、1日あたり300人から1000人の負傷兵が国内へ運ばれてくると見積もっているそうです。
地図でいうと、ドイツはバルト三国やポーランドのさらに西側。物や兵隊を東へトラックや列車で送る通り道であり、東で傷ついた人を受け取る側になります。
運ばれてくる人の3人に1人は集中治療が必要になる計算。軍が持っている5つの病院ではとても足りません。
だから街の民間の病院を治療の体制へ組み込む計画が進んでいます。
病院側も倉庫に医薬品を積み増し、窓には防弾ガラスを入れ始めました。
ウルムの軍病院では、冷戦のころに掘った地下の医療バンカーを、ホコリを払ってもう一度使えるようにできないか調べているそうです。
約2000人が入れて、外から切り離されても最大90日は動かせる施設。
「もしも」が起きたときに困らないための準備が、ヨーロッパではここまで細かく進んでいます。
そして、この張り詰めた空気は役所や軍の中だけにとどまっていません。
この夏、旅行でヨーロッパを訪れた日本人が、こんな場面に出くわしています。
この夏、チェコの城に居た時に警報が鳴った。かなり大きな音で町中に聞こえたのだろう。1〜2分だろうか、皆ざわつき、不安でおろおろしていた。ロシアのミサイルでも飛んできたのかと多くの人が空を見ていた。とても不気味な音でした。
— かおる🇯🇵 (@zX7WEsTDieYOmUy) 2026年9月19日
サイレンの音が鳴った瞬間に、それが訓練なのか本物なのかを教えてくれる人は、その場にいません。
ロシアが欧州を揺さぶる理由
気になるのは、どうしていまなのか、というところ。
ロシアがウクライナへ攻め込んだのは2022年2月で、戦いはもう4年半を超えました。
この4年半、ウクライナが戦い続けられているのは、ヨーロッパの国々が武器と資金を出し続けているからです。
そして2026年9月に入って、アメリカが仲介する形でロシアとウクライナの外交交渉が7か月ぶりに動き始めました。
9月20日にはゼレンスキー大統領とトランプ大統領が電話で話し、ニューヨークで直接会うことで合意しています。
その最中に、ヨーロッパへの揺さぶりが増えた。
記者会見でのマクロン大統領の見方ははっきりしていて、欧州を威嚇して、ウクライナへの支援をやめさせることが狙いだ、というものでした。
交渉が始まる前に相手の後ろ盾を減らしておけば、テーブルに座ったときの立場が変わりますからね。
ここが、この揺さぶり方のいちばん巧妙なところだと私は思っています。
自分の国の空に正体不明のドローンが入り、鉄道の施設が燃え、空港が止まる。
そういう不穏なニュースが続けば、国民のあいだから「うちだって危ないのに、よその国へ武器を送っている場合なのか」という声が出てきます。
その声は次の選挙の一票になり、政府は支援を続けにくくなる。
つまり戦車や軍隊を1歩も動かさないまま、相手の国の世論だけで支援の蛇口が細くなっていく。
これが、ヨーロッパで「ハイブリッド戦争」と呼ばれているものです。
ただし、こうした攻撃はロシアと直接つながっていない第三者を使って行われることが多く、ロシア側は関与を一貫して否定しています。
「NATO第5条」というのは、加盟国の1つが攻撃されたら全員で対応すると決めた、同盟のいちばん強いルール。
ロシアは「NATO第五条による即時参戦」を引き起こさずにハイブリッド戦争の強度を上げて民主主義政体の混乱を引き起こし、ウクライナ支援の蛇口を絞ろうという絡め手に出ているのだろう。イランやイエメンもあり、極めて難しい状態に思える。
— 蝉川夏哉 (@osaka_seventeen) 2026年9月18日
ここまで並べても、どの出来事にも「戦争」という言葉は一度も使われていません。
では、なぜどの国の指導者も「戦争」と正面から言わないのでしょうか。
宣戦布告という手続きはもう使われない

宣戦布告というのは、「これから戦争を始めます」と事前に相手の国へ公文書で正式に伝える手続きのことで、昔はこれが国と国が戦争を始めるときの絶対の決まりでした。
そんなものを、なぜわざわざ渡していたのか。
卑劣なだまし討ちを防ぐためです。
1907年、オランダのハーグで開かれた国際会議の席で、先に宣言か最後通牒を渡すことがルールとして決められました。
ところが、その決まりは38年後に丸ごと作り替えられます。
むかしのルール(1907年〜)
ハーグの国際会議で結ばれた「開戦に関する条約」で、理由を書いた宣言か最後通牒を先に渡すよう決められた。黙って攻め込むだまし討ちが重大な違反だった。
いまのルール(1945年〜)
国連憲章の2条4項で、武力で脅すことも武力を使うことも禁止。攻撃そのものが丸ごと違法になった。
変わったきっかけは、2度の世界大戦。
手続きを守らせたところで戦争そのものは止まらなかった、という反省から、1945年にできた国際連合は攻撃そのものを違法にするという道を選びました。
ところが攻撃そのものが違法なら、それをわざわざ予告する宣戦布告もできません。
仮にいま堂々と宣戦布告をする国があれば、みずから「これから国連憲章を破って違法な攻撃をします」と先に世界へ知らせてしまうことになります。
戦争を減らすためのルールが、戦争の始まりを見えなくした。皮肉な話ですよね。
宣戦布告と受け止めてもミサイル撃っちゃいけないんですよこれが。
宣戦布告が正式な国際法のルールだったのはWW2以前までで、現代は国連憲章の2条4項により基本的に宣戦布告だろうがなんだろうがあらゆる攻撃は禁止です。 https://t.co/XMunJ9y7li— beepcap (@beepcap) 2025年11月14日
禁じられたのは戦争であって戦闘ではない
ただし、突然攻められたときに反撃することまでは禁じていません。国連憲章には、自分の国を守るための「自衛権」による武力行使は別だ、という正当防衛の例外がはっきり書かれているのです。
ここに抜け道ができて、各国は自分がやっていることを「自衛」と呼び直すようになったのでしょう。
激しい砲火を交わした朝鮮戦争は、当時「事変」や「動乱」と呼ばれました。
ベトナムでは自衛のためだと、イラクでは大量破壊兵器を取り除くためだと、攻め込んだアメリカが世界に弁明しています。
みずから「戦争」と公式に名乗らなければ、建前の上では国連憲章の厳しい禁止条項にも引っかからないという、ご都合主義の理屈ですね。
手続きとしての宣戦布告は死んでも、言葉だけはしぶとく生き残っています。
ロシアのラヴロフ外相は2026年9月16日に、欧州各国がウクライナへ兵を送れば、それを宣戦布告とみなすと警告しました。
いまや宣戦布告は、国境を挟む相手へ「そこから先は別の戦争になる」と伝えるための脅し文句です。
第二次大戦の開戦日は1つではない

実は80年前の人たちも、いま私たちが困っているのとまったく同じところで困っていました。
白黒がはっきりしているように見える第二次世界大戦でも、実際に「始まった」とされる日は当事国によってバラバラに分かれています。
- ヨーロッパ=1939年9月1日のドイツによるポーランド侵攻から
- 日本=1937年に始まった日中戦争を起点とする見方
- アメリカ=1941年12月の参戦から
どの国も「自分の国が戦い始めた日」を起点にするので、同じ1つの戦争なのに答えが4年もずれてしまうわけです。
しかも形式的な宣戦布告があったヨーロッパの戦線でさえ、順番は教科書のイメージとは違いました。
ヒトラー率いるドイツ軍の戦車がポーランドへ攻め込んだのが9月1日。
ポーランドと同盟を結んでいたイギリスとフランスがドイツへ宣戦布告したのは、最後通牒の文書を突きつけたうえで、その2日後です。
侵攻が先で、手続きは後からバタバタと追いかけています。
アメリカの雑誌タイムは、開戦から10日後の1939年9月11日号でもう「World War II」と書いていましたが、この呼び名がアメリカの公式な名称に決まったのは、惨禍のすべてが終わった1945年9月のことです。
戦火の渦中にいた人たちは、自分がいるこの状態に後からどんな名前がつくのかを知らないまま、不安な毎日を過ごしていました。
世界大戦はある日突然「世界大戦のゴング」が鳴って一斉にスタートというわけではなく、ある重大な出来事を契機に段々と状況が世界に広がっていき誰にも止められなくなり、全て終わった後に「あの時から始まった」と検証されるもので、実はもう第三次世界大戦になっている可能性はあるのがなんとも。。
— 事務カリー(大掃除垢) (@zimkalee) 2023年10月7日
いま起きていることが後から何と名づけられるのかも、やっぱり私たちには分からないまま。
軍隊を出さずに進むハイブリッド戦争

ハイブリッド戦争という言い方は、サイバー攻撃、破壊工作、偽情報あたりを漠然とまとめたものですが、実際に起きているのはこんなことです。
- 役所や病院のシステムをサイバー攻撃で止める
- 鉄道や電力の施設で火災や故障を起こす
- 海の底を通る通信ケーブルを切る
- 飛行機や船のGPSを狂わせる
- どこの国のものか分からないドローンを飛ばす
- SNSで偽の情報を流して世論を割る
通信が止まり、施設が燃え、飛行機の位置情報が狂う。
どれも1つずつ見れば、事故や故障と言われても言い返しにくいものばかりです。
ひとつひとつは小さな事件に見えても、束になると支援をためらわせるだけの重さになる。
ここが、この戦い方のいちばん厄介なところです。
撃墜したドローンの発進地は不明のまま
リトアニアで撃墜されたあのドローンは、そのあとの発表がとても現代的でした。
リトアニア当局が出したのは、どこから飛んできたのかは「現時点で不明」、これから残骸を分析して製造国や爆発物の有無を調べる、という内容です。
ドローンが入ってきたのは隣のベラルーシ側からで、イタリアのクロセット国防相は、ベラルーシと同盟を結んでいるロシアから飛来した可能性が高いと指摘しましたが、それを裏づけるには、これから届く分析の結果を待つしかありません。
ポーランドのトゥスク首相にいたっては2026年9月17日の議会で、ロシアはNATOを分裂させるために、攻撃したあとで「事故だった」と主張するはずだ、と先回りして述べています。
撃ち落とすことはできても、誰がやったのかを名指しする作業は、そこからようやく始まるのです。
日本で暮らしていると遠い話に聞こえますが、この手口が日本でも始まるのではと見ている人もいます。
マクロン「ロシアのハイブリッド攻撃が激化しとる」
→ これ、台湾有事前夜の日本の予告編やでテロが増えるんちゃう。「事故」が増えるんや
海底ケーブルが「事故」で切れる
港が「システム障害」で止まる
病院が「ランサムウェア」で救急停止
空港が「不審ドローン」で全便欠航
→… https://t.co/MPuJyZxWzu— Dr.パパ (@DrKarte) 2026年9月20日
このやり方のこわいところは、被害に遭った国が怒っている最中に、調査という時間稼ぎの窓が開いてしまうこと。
そして、その窓が開いているあいだに、これを攻撃と呼ぶか事故と呼ぶかを、密室で各国の首脳が静かに決めてしまう。
グレーゾーンと呼べば同盟国は動かない

攻撃とも事故とも決めずに置いておくための言葉は、日本の防衛省が毎年出している防衛白書にもちゃんと載っています。
「グレーゾーンの事態」といって、街で誰もが平和に暮らす「純然たる平時」でも、ミサイルが飛び交う「有事」でもない幅広い状況のこと。
日本の周りの海でも、小さな島や領海をめぐって国どうしの言い分がぶつかっています。
一方の国が軍や沿岸警備の武装船を、威圧するように波間へ繰り返し送り込んでくる。
相手は目の前で決して引き金を引いてこないので、国際法上の「武力攻撃」とは呼べません。
それでも衝突を恐れて放っておけば既成事実が積み上がって、相手の言い分どおりの状態が出来上がっていきます。
そして、この呼び名ひとつで、NATOという同盟が動くかどうかまで決まってしまう。
やはりグレーゾーン事案として処理される方向か。NATOにはこれを5条事態とは容易に認めたくない空気があるだろうし、ロシアとしてもそういう隙間を突く=NATO側が剣を収めうる(剣を抜けない)余地を残すアクションで揺さぶりをかけつつ、集団的対応を見極めようとしたのだと思う。
— Masashi MURANO🚀 (@show_murano) 2025年9月10日
第5条は77年で1回しか使われていない

そのNATOは、正式には北大西洋条約機構といいます。
1949年4月4日、アメリカのワシントンで12か国の代表がペンを持って条約に署名して生まれました。
第二次世界大戦が終わった直後、ソ連が東西ヨーロッパの間に「鉄のカーテン」を下ろしていた時代です。
その約束の中心にあるのが、さきほどの第5条。加盟国のどれか1つが武力攻撃を受けたら、同盟全体への攻撃とみなすと決めてあります。
いまでは加盟国が32か国。
ところが、です。
この第5条が実際に発動されたのは、1949年にできてから今日まで、たった1回しかありません。
その1回は、2001年のアメリカ同時多発テロのあと。NATO自身が公式サイトで「歴史上最初で唯一」と書いています。
しかも守られたのはヨーロッパではなく、アメリカのほうでした。
国境で起きた全く同じ出来事でも、首脳たちが「攻撃だ」と呼べば第5条が動き、波風を立てまいと「グレーゾーンの一件だ」と呼べば、軍隊を動かさずに済んでしまう。
同盟が動くかどうかを決めているのは、現場の被害の大きさではなく、その呼び名を選んだ政治の側なのです。
だから仕掛ける側は、「攻撃だ」と呼ばれずに済むギリギリの強さに抑えたまま、相手を少しずつ削り続ける。
先に来るのは戦車ではなく物価のほう

ただ、いまの戦争には、いきなり破滅的な形にはなりにくい構造もあります。
台湾有事は確かに怖いんだけど、大前提として現代の戦争は破滅的な事態にはなりにくい構造があることは理解しておいた方がいいと思う。現代の戦争って、短期的な高強度の軍事衝突→エスカレーションの抑制→グレーゾーンでの長期消耗戦、という流れが典型的。…
— とし山とし夫 (@toshio_t_44) 2026年4月10日
いまの戦争が本当に動いているのは、こんなところです。
- 制裁で相手の経済の首を締める
- 都合のいい情報を流す
- 海の通り道を押さえる
前線での撃ち合いは、こうした動きのごく一部でしかありません。
だから私たちに最初に届くのは、物価のほうです。
その入口は、いまフランスの街角で開いています。
フランスでは9軒に1軒のスタンドが燃料切れ

フランス政府が2026年9月18日に出した数字では、全国のガソリンスタンドの11%、つまり9軒に1軒がガソリンかディーゼルを切らしていました。
地域によっては16%、つまり6軒に1軒。
南フランスの港では値上がりへの抗議が広がって、漁師が燃料の貯蔵所をふさぐところまで来ています。
漁師が真っ先に動いたのには、はっきりした理由があるんです。
足りなくなっているディーゼルは、漁船やトラックや農業機械を動かす燃料。
普段の生活で乗る乗用車のガソリンより先に、ものを運ぶ仕事と食べ物を獲る仕事が止まる。
ヨーロッパ過去最悪の燃料危機へ
フランスは燃料が不足し、全国のガソリンスタンドの11%が現在ガソリンまたはディーゼルの在庫切れ
ディーゼルは現在リッター2.4€(432円) pic.twitter.com/XsljKYaOr7
— 越前🐕 (@taraba777) 2026年9月19日
足りなくなった理由のひとつは、ウクライナがドローンでロシア国内の巨大な製油所を叩き続けて、ディーゼルを作る設備が止まったことです。
ロシアは世界でも指折りの産油国なので、その精製設備が長く止まれば、世界に出回るディーゼルの量そのものが減ります。
トランプ大統領は2026年9月13日に、ゼレンスキー大統領へ「ロシアの製油所を攻撃しないでほしい」と警告したと明かしました。
攻撃でディーゼルの精製が止まり、価格が過去最高の水準になっている、というのがその理由です。
ウクライナを支援している側の大統領が、ウクライナの攻撃を止めようとしている。
遠い空からドローンで製油所を叩く戦い方が、フランスのガソリンスタンドに並ぶ車の長い行列になって現れているわけですね。
マクロン大統領が9月18日のテレビ会見で、G7の首脳会合を数週間以内に開いて石油備蓄の追加放出を検討すると言ったのも、この続きです。
ディーゼルを減らした戦争はもう1つある
ペルシャ湾とアラビア海をつなぐホルムズ海峡は、2026年2月から船が通れなくなっています。
世界の石油のおよそ5分の1が通っていた道が、イランをめぐる戦争で半年以上ふさがったまま。
アメリカの石油アナリストの推計では、ウクライナの攻撃で世界の市場から消えたディーゼルが1日あたり80万バレル。ホルムズ海峡が閉じたことで消えた分は、その1.5倍の1日あたり120万バレルです。
つまりフランスのスタンドを空にしている戦争は、2つあります。
それでもトランプ大統領が名指ししたのは、ウクライナ。
9月14日にはSNSで、ロシアとウクライナが互いのエネルギー施設への攻撃をやめることで合意した、と書いています。
実際には、そんな合意はしていません。
数字が出そろう前に、原因の名前が先に決まっていました。
日本の食卓には小麦から届く
日本にいる私たちのところへは、燃料と食べ物の値段から届きます。
たとえば毎日のパンやうどんの原料になる輸入小麦は、国がまとめて買って国内の製粉会社へ売る仕組みです。戦争が始まった4年前、その売り渡し値段は2022年4月に17.3%も跳ね上がりました。
前年の厳しい天候不順で北米が不作だったところへ、「大穀倉地帯のロシアや黒海からの輸出が滞るのではないか」という市場の不安が重なった。
日本が普段輸入しているのはアメリカ、カナダ、オーストラリアの小麦で、ロシアの小麦が入ってくるわけではありません。
それでも値段は上がります。
小麦の値段は「どこの国から買うか」ではなく、「世界にいま何トンあるか」で決まるからです。
大きな輸出国の分が市場から消えそうだと分かれば、「足りなくなる前に」と買い手が世界中で取り合いになり、産地に関係なく相場全体が持ち上がる。
硝煙の上がる戦地から遠く離れていても、近所のスーパーの棚にある食パンと戦地の小麦は、同じ1つの相場の上に乗っているんですよね。
そして、この話は4年前で終わっていません。
農林水産省は2026年9月9日に、この10月からの売り渡し値段を12.0%引き上げると発表しました。
半年前より7,500円高い、1トンあたり70,020円。ここから食卓のパンや麺の値段に伝わってくるのは、数か月あとになります。
ただ、今回の理由として農林水産省が挙げたのは、ホルムズ海峡をめぐる緊張で燃料費と輸送コストが上がったことでした。
4年前は戦地の小麦が減るという不安で上がり、今度はその小麦を運ぶ船の燃料代で上がっています。
ロシアの脅威を語ったマクロン大統領が、同じ9月18日のうちにガソリン代の話をしている。そう考えると、身構えておくべき場所も少し変わってきそうです。
食料品やガソリンの値段がどう動いたかを家計で見ているほうが、いまの有事への向き合い方としてはずっと現実的なのかもしれませんね。











