2026年3月、日本のIT企業のオンライン面接に、日本人エンジニアを名乗る人物が現れました。

ところが、どこか日本語がぎこちなく、話している声と口の動きも微妙にズレている。

名前を使われた本人は、その映像を見て「自分の顔に近づけようと生成AIで加工しているようにも見えた」と話しています。

画面越しの相手が本当に本人かなんて、その場で見抜くのはほぼ不可能です。

 

こうした「なりすまし」が、日本でも報じられるようになりました。

海外でも同じことが起きていて、そこで名前が挙がるのが北朝鮮のIT労働者、つまり他国の人になりすまして海外の仕事を受注する人たちです。

「海外の大企業が標的でしょ?」と思いたくなりますよね。

けれど日本の警察庁は、雇う側が何を見ればいいのかをすでに箇条書きで公表しています。

 

手口と、見分け方。

それから見分けようとするときに、いちばん間違えやすいところまで、順番に見ていきましょう。


日本のIT企業でも2026年3月に別人が面接に来た

オンライン面接の画面に並ぶ3人のうち1人だけ顔の輪郭がずれている様子

2026年3月のこの面接を報じた朝日新聞によると、合っていなかったのは声と口の動きの一部で、日本語も所々たどたどしかったそうです。

違和感は口元だけではありません。

求めていたのは海外からのフルリモート勤務で、出社を前提とする求人だと伝えると早々に諦めたそうです。

どれも単体で見れば「ちょっと回線やカメラの調子が悪いのかな?」で片付けてしまう程度のものでしょう。

 

NTTデータグループのエグゼクティブセキュリティアナリストは、この人物について北朝鮮のIT技術者ではないかと指摘しました。

ただし、これはあくまで見立て。

この面接がほんとうに北朝鮮の工作だったのかどうかまでは、公開されている情報だけでは決められないのです。

 

海外では、面接どころか採用まで通ってしまった例が公表されています。

アメリカのセキュリティ企業KnowBe4は2024年、社内のAIチームへ採用したエンジニアが、盗んだアメリカ人の身分証とAIで加工した顔写真を使った北朝鮮の工作員だった、と自分から公表しました。

ビデオ面接は4回、身元調査も通過

面接では気づけず、発覚したのは支給したノートパソコンが不審な動きを見せたときでした。

最初の警告から25分で遮断され、情報の流出も無かったそうです。

手口そのものは、もう十分に実在しています


警察庁の注意喚起には6つのチェック項目が載っている

机の上に置かれたチェックリストの書類と虫めがね

2026年7月31日、警察庁が「北朝鮮IT労働者に関する各国・企業等に対する注意喚起」という文書を公表しました。

日本が単独で出したものではなく、アメリカや韓国など11か国が足並みを揃えた呼びかけです。

役所の文書にありがちな「しっかり警戒しましょう」といった精神論は一行も出てきません

雇う側・発注する側に向けては、次の6つがそのままチェックリストの形で並んでいるだけ。

 

雇う側・発注する側が見るチェック項目

  • プロフィールに機械翻訳のような誤記や不自然な表現があり、出身国とされる国の言語に堪能でない
  • 顔写真付きの身分証と映像が一致しない、または映像が加工・生成されたように見える
  • ビデオ会議形式の打ち合わせへの参加を拒む
  • 相場よりかなり安い報酬で仕事を請け負おうとしている
  • 複数人でひとつのアカウントを回している気配がある(時間帯によって相手が変わる)
  • 暗号資産での支払いを要求する

 

ひとつ当てはまるだけなら、事情のあるふつうの応募者かもしれません。

文書のほうも「複数の特徴が求職者に当てはまる場合」と条件を重ねていて、ひとつ当てはまっただけで黒と決める道具ではないとわざわざ念を押しています。


知らずに契約すると雇った側も法律に触れる

そもそも、なぜわざわざ日本の求人まで狙うのか。

警察庁の文書は冒頭で、北朝鮮が核兵器や弾道ミサイルの資金源にするため、偽りの身分を得て遠隔で収入を得るIT労働者のネットワークに依拠している、と書いています。

狙っているのは技術の窃取より先に、毎月の給料そのものです。

だから支払い方も念入りで、銀行口座への直接振込を避け、第三者名義の口座や暗号資産で受け取ろうとします。

働いている国も、VPNやリモートデスクトップで隠されたまま。

 

ここで重いのが、雇う側の立場。

北朝鮮IT労働者と契約して対価を払う行為は、日本を含む多くの国の国内法に違反すると、文書ははっきり書いています。

知らずに雇った場合でも、です。

法的責任を問われることも、罰金を課されることもある、と。

 

日本でも2025年4月、2020年に北朝鮮のIT技術者とみられる人物へ自分の運転免許証と口座の情報を渡したとして、30代の男性2人が書類送検されました。

クラウドソーシングのアカウントを日本人名義で作らせ、報酬をいったん国内の口座で受けてから海外へ送らせていた、というのが送検の中身です。

だまされた側で終われる話ではない、ということですね。


顔の前で手を振らせる方法はもう効かない

画面から目を離して身分証と書類を並べて確認している手元

ネットでよく見かける見破り方といえば、顔の前で手を振らせる、横を向いてもらう、北朝鮮の指導者の悪口を言わせる。

合成が崩れたり、相手が黙り込んだりする、というやつですね。

 

ただ、警察庁の文書にそうした合図の話は一行も無く、代わりに並んでいるのは、映像の不整合やテレビ会議への参加を拒むといった、やり取りに残る特徴でした。

画面の中の違和感で見破る、という前提そのものが崩れかけている

日立製作所の研究グループも、模擬のeKYC(オンラインでの本人確認)が、他人の本人確認書類とディープフェイク映像で突破され得ることを実験で示しました。

面接官の動体視力に頼る勝負はもう諦めて、手続きで止めるしかありません。

 

画面ではなく手続きのほうで止める

文書が名指しで求めているのは、仕事を仲介するサイト側への身分証明書の厳格な審査と、対面面接の義務化の2つです。

採用の現場でやることは、こういう地味な手。

  • 一次面接で、身分証と顔を同じ画面に入れてもらう
  • 面接官を複数にして、日をまたいで2回以上会う
  • 最終段階で対面を1回だけ挟み、前職の在籍を確認する
  • 面接の録画を、あとからディープフェイク検知にかける

 

どれも派手さはありませんが、相手の顔を疑わなくていいぶん、応募してきた人との角も立ちません


疑われる側に回るのは普通の応募者のほう

警戒が広がったとき、先に不利になりやすいのは工作員ではなく、ふつうに応募している人のほうなんですよね。

家のネット回線が細くて音声が遅れることもあるし、古いWebカメラでカクつくこともある。

緊張で言葉が出てこないこともあれば、日本語が母語でなければ助詞が少しずれることもあります。

どれも、さっきのチェック項目のどこかにかすってしまう。

ひとつの違和感で人を弾く運用にしてしまうと、こちらが優秀な人を落とすことになります。

 

怖がるな、という話ではありません。

警戒している人が大げさなのではなく、国の機関が名指しで文書を出すところまで来ているのですから、身構えるほうが正しいのです。

ただ、その警戒を相手の顔つきではなく、自分たちの選び方のほうへ向ける

分かれ目は、たぶんそこだと思います。


AIで驚かせること自体が商売になっている

ネットには「AI驚き屋」と呼ばれる人たちがいる。

最新のAIを「やばすぎる」「これを知らないと終わる」と大げさに紹介して、注目を集める人たちのことです。

驚かせること自体が仕事につながるので、話は自然と大きくなっていく。

 

そのやり方も、だんだん巧妙になってきました。

これから「AIが面接に来た」「AIに仕事を奪われた」といった驚きの話が、誰かの宣伝として流れてくることもあるでしょう。

作り込まれた動画なら、なおさら見分けはつきません

 

だからといって、何でもかんでも「どうせ宣伝だろう」と決めつけるのも同じくらい危ない。

本物のなりすましが実在していることは、警察庁の文書にも、実際に摘発された事例にも残っています。

驚いた話ほど、出どころを一度だけ確かめる

面接の見分け方と、やっていることは変わりません。

なりすましの話を、まだどこか遠い出来事として聞いている人もいるはずです。

けれど、外貨を稼ぐ仕組みとして国ぐるみで動いていて、日本の警察庁まで文書を出している以上、笑って済ませられる段階はもう過ぎました。

かといって、疑いを人へ向けはじめると、今度は別のものを失います。

見極めようとする前に、会う回数と確かめる書類を一つずつ増やしておく。

そのほうが、たぶん採る側も受ける側も、ずいぶん気が楽です。