ワンオクのTakaがエド・シーランをかばう一言を書いて、海外のファンが離れはじめています。

2026年9月21日には、インドネシア最大のファンコミュニティが活動を止めると声明を出しました。

公式アカウントのグッズ告知には、15年以上のファンからの「もうないわ」。

日本では、Takaを守ろうとしたファンが別のファンから止められています。

そしてタイムラインでは、まだ批判が止まる気配がありません。

エドが謝っても収まらなかった理由

2026年9月、アメリカのラッパーのマックルモアが、エド・シーランの巨大な全米ツアーで前座を務めていました。

世界的な栄誉である2014年のグラミー賞を4部門で獲っている人です。

そのマックルモアが大観衆のステージでマイク越しに口にしたのが「Free Palestine」の一言。

 

9月14日、ボストン郊外のジレット・スタジアムを持つ大富豪のクラフト氏が、自分の会場からマックルモアを締め出したと公式な声明で認めました。

アメフトのニューイングランド・ペイトリオッツのオーナーで、そのスタジアムは今回のツアーの主要な会場のひとつ。

アメフトと大型公演を兼ねる巨大な箱なので、そこを閉められると全米ツアーの日程がひとつ飛んでしまうんです。

マックルモアはマイクを握って曲の合間に一言いっただけで、その日のうちに会場から締め出されました。

全米のほかの会場のオーナーにも、残るなら演奏させないと水面下で伝わっていたそうです。

そう話しているのはマックルモア本人で、エドは翌15日に「降板を決めたのはプロモーターだ」とSNSに書いています。

誰がステージから降ろしたのかは、関係者のあいだでいまも言い分が真っ向から割れたまま。

 

それでもエドがネットで叩かれ続けたのは、仲間であるマックルモアを戻さないまま巨大なツアーを回りつづけたからです。

前座の残り4組は、そのやり方には付き合えないと言って自分からステージを降りています。

  • フィニアス(ビリー・アイリッシュの兄で曲作りの相棒)「抑圧された人々のために声を上げるアーティストが、沈黙を強いられてはならない」
  • ルーカス・グラハム(「7 Years」のデンマークのバンド)「金があるからといって、言論を支配していいわけではない」
  • アーロン・ロウ(アイルランドのシンガーソングライター)「アイルランド人として、植民地支配に抵抗してきた歴史がある」
  • ビオガ(エドの「Galway Girl」に参加したアイルランドの楽団)「Free Palestineと言う人を黙らせる会場で演奏するという選択肢はない」

仲間だった4組が抜けたあと、エドは2026年9月19日のフィラデルフィア公演で、大勢の客の前で「ガザで起きていることは正当化できない」と言いました。

ただ、声を上げたマックルモアはステージに戻っていません。

全米ツアーはそのまま最後まで走り、仲間を降ろしたのが誰であれ、ライトを浴びてステージに立ちつづけたのはエドでした。

だから海外のファンから「言葉だけだ」という失望の声が消えなかった。

前座が5組そろって途中から入れ替わるツアーなんて、音楽業界でもそうそうないのかもしれません。

 

Takaがコメントを書いたのは、その物議を醸した公演の直後で、場所はエドがその日のライブ写真を上げたインスタグラム、そこへ英語で返信のコメントを付けました。

2人は名曲『Renegades』をスタジオで一緒に作り、互いのライブステージに飛び入りもしている親しい仲。

「Ed, that took courage. To me, you are a mirror. Highest respect.」

勇気が要ることだった、僕にとって君は鏡だ、最大限の敬意を。

 

Takaが並べたこの3文に、ガザという言葉もパレスチナという言葉も入っていません。

Taka本人はこの騒ぎのあと、特定の政治的な立場を支持したわけではない、彼は友人だから、という釈明をインスタグラムへ足しています。

ただ、そこで語ったのも友達の話だけ。

Takaの返信欄に世界中から並んだのは、「戦争じゃない、虐殺だ」という怒りの言葉でした。

15年のファンが書いた「もうないわ」

ワンオクの公式アカウントが出したグッズ告知の返信欄に付いた、10代のころから応援してきたファンの言葉です。

わざわざ海を越えて日本まで来てライブを観たという熱心なファンが、いまはdetoxを聴いても虚しいだけだ、とSNSに書いている。

Takaを名指しで非難する英語の投稿に、同じことを思っていた海外のファンが画面にどっと集まりました。

過激なファンのあいだでは、「Takaをワンオクから追い出せ」という声まで出ています。

反発の声は、親日国であるインドネシアの外からも上がりました。

マレーシアからは「また1つキャンセルされるバンドが出た」、困惑しているファンの投稿には「ボイコット対象のバンド」と付け足す人。

ここでの海外のキャンセルは、その人の曲をスマホで聴くのもSNSで追うのもやめる、という意味で使われています。

 

海外のファンがここまで騒ぎになっていて、欧米の大手メディアによる英語の報道はまだ1本も出ていません

ニュースにしているのは現地のインドネシアのCNNやMedcomくらいで、あとはネットのファンの側から、手で広がっています。

あの熱狂的なツアーは何だったのか、という言葉が海外のファンから次々と出ています。

この声明を今日になって初めて知った、というファンの投稿もまだ流れてきていて、2026年9月22日の時点でも離れていくファンの言葉はタイムラインで止まっていません

日本語のタイムラインが対岸の火事のように「炎上」と呼んでいるものは、海外では長年のファンからの別れの言葉。

止まったインドネシア最大のファンダム

2026年9月21日の夜、ONE OK ROCK INDONESIAが公式アカウントへ画像4枚の声明を出しました。

インドネシア語の長い文章で、末尾には「Btw, FREE PALESTINE」の重い一文。

インドネシアは、ワンオクの熱狂的なアジアツアーが2026年5月16日のジャカルタで千秋楽を迎えた国で、そのいちばん大きなファンの集まりが自ら動くのをやめたことになります。

日本語のタイムラインでは、これが「ボイコット」という単純な言葉として広まりました。

ところが画像4枚を最後まで丁寧に読むと、そこに怒りで詰め寄る言葉は入っていません。

  • アルバム『DETOX』を、問題だらけの世界に一石を投じる作品として受け取っていた
  • その作品から受け取ったメッセージと、作った人たちの実際の姿勢のあいだに、隔たりを感じるようになった
  • 休む必要があるのは彼らではなく、私たちのほうなのかもしれない
  • 自分たちが企画していたイベントは、期限を決めずに中止する
  • 協力してくれた人たちが偏見を向けられるのを、できるだけ減らしたい
  • 各地域のコミュニティが企画しているものは、それぞれの判断に委ねる
  • 作品を愛しながら、自分の目で見て批判的に考える力を失わずにいることはできる
  • またいつか、お会いしましょう

ここでいう「休む」はファン自身のことで、止めるのは自分たちのコミュニティの集まりだけ、他の人へ曲を聴くなともグッズを買うなとも一切書いていません。

地方のコミュニティには「準備してきたイベントを中止するのが簡単でないことは分かっている」と丁寧に断ったうえで、それぞれの自主的な判断に任せています。

 

ファンが自分たちから、静かに距離を置いて離れていく。

愛してきたファンクラブが自分から動きを止めると公に書くのは、音楽界でもめったにないことだと思います。

しかもファンから先にすっと距離を取られると、再び戻ってくるきっかけを作る責任はバンドの側になりますよね。

「またいつか、お会いしましょう」で静かに締めくくられるこの4枚が、バンドにとっていちばん重い離れ方だった気がします。

2度目の火をつけた日本のファンの擁護

海外で叩かれているのはTaka自身の短い英語の言葉ですが、日本語のタイムラインはもう全く別のところで燃えています。

ネットの矢面に立っているのは、大好きなTakaを必死で守ろうとした一部の人たちの言い方。

批判が集まる英語の返信欄に、日本のファンの一部がこうリプライを書きました。

Takaは世界で唯一原爆を落とされた国に生まれた人なのだ、と。

画面の向こうでそう書かれた相手は、ガザで民間人が殺されている映像に本気で怒っている人たちです。

過去の戦争被害の大きさを持ち出せば、海を越えて即座に返ってくるのは「ならばなおさら分かるはずだ」。

過去に戦争の被害を受けた国に生まれたことと、いまガザで殺されている人の話は、別の話なんですよね。

 

タイムラインではファン同士もぶつかっていて、「失望したのでしばらく聴きません」と静かに書いた人に、別のファンが噛みつく。

逆に「Takaは何も間違っていない」と全肯定で言い切った人が、冷静な同じファンから「それは考えを止めているだけだ」と返される。

「浅はかだったと思う。でも彼はきっと反省している。言葉を待つ」と祈るように書いているファンもいます。

批判の矛先は、いつの間にか隣にいる同じはずの日本のファンへ

現地のインドネシアのファンは静かに自分の距離を決め、国内の日本のファンは画面の中でファンとしての正しさを争っています

日本語のままなら燃えなかった

SNSでファンでもアンチでもない一般の人たちが持ち出しているのが、3年前の別の騒ぎです。

2023年、山下達郎の数々の曲を長く手がけてきた大物音楽プロデューサーが、ジャニーズ事務所の性加害問題を批判したあとに契約を打ち切られたと公表しました。

山下達郎が自分のラジオ番組『サンデー・ソングブック』で7分ほど語ったのが、同じ年の7月9日の日曜の放送です。

事務所へ気をつかったのではないかというリスナーの声を「根拠のない憶測」だと強く否定して、そのうえで自分の言葉として出したのが、あの縁と恩でした。

 

3年前のあの日本国内では、賛否はありつつもその個人的な説明で話が収まっています。

ネットでこの2つの事例を並べる人がいるのは、どちらも社会問題よりも相手との私的な関係を語ったからでしょう。

違うのは、その言葉が届いた先。

山下達郎の重い7分は日本語のラジオのまま日本の中で終わり、Takaの3文は世界中に届く英語で書かれたのです。

 

縁があるから、恩があるから。

日本語で「ご縁」と言えば、それ以上は誰も空気を読んで聞き返しませんが、英語だとそこから、では何に反対なのかをシビアに聞かれます。

日本独特のこの「ご縁」という言い方は、いったい英語圏へどう訳せばよかったのでしょうか。

 

英語圏のネットに残ったのは、親友のエドをかばって、現実に殺されている人たちには一切触れなかった日本人という一行。

本人が後から「政治的な立場ではない」と足しても、その説明はもう追いつきませんでした。

逆にインドネシアの真摯な声明は画像4枚ぶんの長さがありましたが、海を越えて日本語へ渡って残ったのは「ボイコット」という刺激的な単語ひとつ。

休むのは私たちのほうだ、というあの声明の一行の真意まで届いた日本の人は、そう多くないはずです。

英語で世界に届く場所を作った人が、友達をかばう言葉だけは日本語のときのまま出しました。

いま海外で起きているのは、そこへの返事なんですよね。