2026年9月18日、おかきの播磨屋本店が公式サイトに1枚の貼り紙を出しました。

題は「聖なる廃業のお知らせ」。

令和9年、つまり2027年の3月末日をもって、直売店も通販も、すべての営業を終えるとのこと。

ところが理由の欄に並んでいたのは、売上や後継者問題ではなく、まさかの天皇のお名前だったのです。

「思想の強いおかき屋さん」という呼び名で一気に広がり、公式サイトはアクセスが殺到して日中つながらなくなりました。

私も関西の友人から手土産に朝日あげをいただくことがあって、あの薄くて軽い揚げ煎餅の絶妙な塩気がずっと好きなんです。

不思議なのは、これだけ主張の強い会社の廃業なのに、SNSに流れてくるのが惜しむ声ばかりだということなんですよね。

2027年3月で終わる直売店と通販

播磨屋本店は兵庫県朝来市(あさごし)にある、おかきとあられの老舗です。

馴染みの店とおかきが無くなるまで、残された時間はおよそ半年。

看板商品は香ばしい揚げ煎餅の朝日あげで、ほかにはりま焼、おかき皇、華麗満月、ユーロの星といった名前がずらりと並びます。

関西で育った方なら、お盆に訪ねた親戚か近所の家で一度はあの平たい四角い缶を見ているはずです。

 

いま営業している実店舗は、全国にたった6つ。

生野(いくの)の本店、大阪の江坂と天王寺、神戸元町、姫路、そして豊岡の工場に併設された店という顔ぶれで、長らくここに公式サイトの通販が加わっていました。

どの店も営業時間は午前10時から午後6時まで、定休日は毎週木曜日で、本店だけは緑深い山の中にあるので、最寄りのJR播但線・生野駅からタクシーで10分ほど山道を走ることになりますね。

ただ、定休日さえ外せば買える、という状態ではもうありません。

貼り紙の文書の日付は令和8年9月吉日、署名は代表の播磨屋助次郎(はりまやすけじろう)と記されていました。

まいどなニュースの取材に対して、同社は「公式ホームページに発表の通り。取材には一切お答えしておりません」と回答しています。

 

昼前には売り切れる直売店

衝撃の発表からわずか半日で、公式の通販ページは駆け込みの注文で詰まりました。

それから1週間が経っても、人の波はまったく引いていません。

2026年9月25日の午後2時、営業しているはずの神戸元町店はブラインドが下り、入口には「本日分の商品は完売」の紙。

神戸ジャーナルが様子を見に行ったときの店先です。

開店前に並んでいた人は30人以上。

同じ南京町の豚まん屋、老祥記がSNSへ上げた写真に、その列が写っていました。

並ぶ人へは「商品搬入のため9時30分以降に並んでください」という呼びかけまで出ていて、その日におかきが売り切れたのは11時50分ごろだったとのこと。

元町店では「1グループ合計10点まで」といった購入制限が設けられていて、定休日以外は毎日商品が入荷されているそうです。

ひと家族2品までという店もあるようなので、いくつ買えるかは行ってみないと分かりませんが、どの店も朝のうちに並べるかどうかが分かれ目になっています。

転売屋の横行で止まった公式通販

遠方に住んでいる人にとって、頼みの綱はずっと公式の通販でした。

ところが2026年9月24日、播磨屋本店は公式サイトにもう1枚の貼り紙を出します。

題は「通販ご利用のお客様へ」。

「聖なる廃業」発表以来、直売店・通販ともに生産が全く追い付かない大パニック状態になってしまっております。

また、その大混乱に乗じて「悪質な転売屋」が横行し、長年来の美しい商いが出来なくなりかけております。

就きましては、自己防衛のためにやむを得ずネット通販は休止させて頂いております。

引用元:播磨屋本店 公式サイト「通販ご利用のお客様へ」

廃業を告げた貼り紙から、わずか6日後のことでした。

自分の店の入口を、自分の手で閉めた。

実際にいま公式のネットショップを開くと、朝日あげにもはりま焼にも詰合せにも「こちらの商品は完売致しました」の一文がついていて、カートに入れられる商品はほとんど残っていません。

 

フリマアプリに並んだ4倍の値段

会社が「悪質な転売屋」と名指しした相手は、フリマアプリに次々と出品を並べていました。

元の値段のおよそ4倍。

公式サイトなら、缶入りの詰合せが買えてしまう値段ですね。

やっかいなのは、廃業を知ってあわてて検索した人ほど、正規の値段を知らないまま先にそちらへたどり着いてしまうことでした。

生産終了という終わりの日が決まった人気商品に法外な値がつく仕組みについては、別記事の転売ヤーの闇|稼いだ人が『やり方を教える』本当の理由が詳しいです。

 

「美しい商い」と書いた助次郎

通販のページいっぱいに大きな赤い字で自分の主張を書き連ねる同じ人が、転売の話になると「美しい商い」という古風な言葉を持ち出して静かに嘆く。

値上げをして儲けるでもなく、抽選にするでもなく、選んだのは自分のネットショップを畳むことでした。

もっとも、その決め方には別のやり方があったはずだという声も上がっています。

並ぶ体力も、関西まで出かける時間もない人には、たしかにそのやり方なら手が届きますよね。

いま公式が案内しているのは、直売店に足を運ぶか、電話と郵便での昔ながらの注文を使うかの二択で、店ごとの電話番号は公式サイトの全国直売店のページにいまも載っています。

廃業の理由は天皇との『合体合一』

後継者がいない、資材が上がった、体力の限界だ。

老舗の廃業でよく見かけるこうした文言は、今回の貼り紙に1つも見当たりませんでした。

《人類根本救済》始動に必須の「不肖播磨屋助次郎と徳仁今上天皇の合体合一」を実現せんがためにです。

長年来のお客様方なら薄々お察しの通り、不肖播磨屋助次郎は「古今の全人類最高の知性」なのです。

我ら人類自身が引き起こした「地球環境問題」の抜本解決に必要不可欠な超絶大命題「人間とは何か」「人生とは何か」「人生の真の幸せとは何か」の明答を、完全解明してしまったからです。

引用元:播磨屋本店 公式サイト「聖なる廃業のお知らせ」

決して、読み間違いではありません。

「人間とは何か」という究極の問いの答えが分かってしまったので、店を畳む、と真面目に書いてあるのです。

肝心の「合体合一」が具体的に何をすることなのかは、年明けから配っている「救世手紙」という別の文書で公表ずみだ、とも書かれていました。

 

「自然人」に返ってはくれまいか

文書はこのあと、赤い文字でこう続きます。

いま徳仁今上天皇から暗に要請されている、折角の「全人類最高の知性」が「商売人」では困る、急ぎ「自然人」に返ってはくれまいか──。

自分で自分を「全人類最高の知性」と呼ぶ人が、商売人をやめて「自然人」、つまり肩書きのないただの人へ戻れと促された、ということなのでしょう。

それでいて長大な文書の最後は「以上です。ご理解賜れれば幸甚(こうじん)に存じます」と、実に礼儀正しく締められています。

売上42億円で無借金の会社

これだけ世間離れした文書が出てくると、つい「本当は経営が苦しかったのを、おおげさな言葉で包んだのでは」と裏を読みたくなりますよね。

ところが、その読み方はまったく成り立ちませんでした。

播磨屋本店の2018年度の売上高は堂々の42億円で、しかも銀行からの借入がない無借金。

地元紙の神戸新聞が、信用調査会社の帝国データバンク神戸支店へ取材した数字です。

当時は米菓メーカーとして兵庫県内トップ、全国でもトップクラスの規模でした。

公表されているのは8年前の数字までですが、そのあとも支払いの遅延や資金繰りの悪化は確認されていないと、同支店は答えています。

 

追い込まれた形跡がどこにもない

不況で取引先が焦げついたわけでもなく、返済で銀行に迫られたわけでもなく、長年の看板商品が売れなくなったわけでもない。

店をやめなければいけない切実な理由が、お金の話にひとつも出てこないのです。

天皇直訴のために閉めた東京の店

実はこの会社、ずいぶん前から同じ方向へ進んでいました。

そもそもの創業は1862年、文久2年。

但馬(たじま)の生野で初代の播磨屋助次郎が油屋として店を構えたのが始まりで、戦後の1948年に菓子の製造へ移り、1971年からおかきと煎餅の専業メーカーになっています。

ちなみに今回の貼り紙に署名している播磨屋助次郎はこの名前を継いだ5代目で、その5代目が株式会社播磨屋本店を設立したのが1985年、そこから全国に知られるいまの体制になりました。

 

大型トレーラー10台で都内を回った

変化がはっきり見えるのは、2010年からです。

この年、同社は自社の大型トレーラー10台に環境や政治や皇室に関するメッセージを大きく書き、5代目自らがハンドルを握って東京都内を走らせはじめました。

会社はこれを自ら「スメラギ特別広報隊」と名づけ、天皇へ直接うったえる行為だと説明しています。

2018年には、兵庫県にある豊岡の工場の敷地に高さ24.546メートルの三重塔まで建ちました。

そして2023年11月30日には、ビジネス街の虎ノ門に30年あった東京本店がひっそりと閉店。

当時公表された表向きの理由は深刻な人手不足。

ではその人手はどこへ行ったのかというと、10年以上つづくトレーラーでの天皇直訴に取られている、というのが会社の説明でした。

閉店を知って、最後の月に虎ノ門まで買いに走った人もいます。

東京の店が消えた3年前と、いま起きていることは地続きなんですよね。

さらに直近の2025年12月2日には一般財団法人「覚者播磨屋助次郎令和救世会」を設立登記していて、商売をやめたあとの活動の受け皿は、今回の廃業を発表する9か月前にもう出来上がっていたわけです。

警察が毎月面談に来るという会社の主張

貼り紙にあった「天皇から暗に要請されている」には、ちゃんと出どころがありました。

播磨屋本店は2026年のはじめから「救世手紙」という文書を全12種類くばっていて、今回の貼り紙にも「その具体的意味は救世手紙で公表した通り」と記されています。

公式通販を使った人なら商品と一緒に入っていたはずで、その気になる11通目にこんな話が載っていました。

七年前、高齢の上に大病まで患った私は「天皇直訴」を大書した大型トレーラー広報車のハンドルを握っての上京が出来なくなってしまいました。

それからなのです。弊社所轄の警察当局が私の健康状態をチェックするためと称して、対面での月例会を開始したのです。

二十年以上もの長い付き合いの担当官に、その旨問い質し続けました。しかしどうしても白状されないまま昨年三月、定年退職してしまわれたのです。

その後を受けた新任担当官の今度はその上司が、昨年四月の初回から、また自分から「天皇陛下のご命令です」と明言されたのです。

引用元:播磨屋本店 救世手紙十一

天皇本人から直接ではなく、毎月の面談に来る警察官の口を通して伝わったという主張です。

だから貼り紙は「暗に」という奥歯に物が挟まった書き方だったのですね。

これもあくまで会社の文書の中だけで語られている話で、警察の側が何か正式にコメントを出したという裏づけは一切出ていません。

神戸新聞は今回の廃業に「健康上の理由との見方もある」と書いていましたが、その健康上の理由というのが、この「高齢の上に大病まで患った」なのでしょう。

手紙に出てくるのは「弊社所轄の警察当局」という組織の名前だけで、担当官の実名はどこにも書かれていません。

この手紙を読んだ人たちの反応でいちばん多いのも、怒りではなく「面白い」でした。

おかきもコーヒーも無料で配っていた

ここまで読むと、近づきたくない会社に見えるかもしれません。

それでも惜しむ声がこれだけ多いのは、突拍子もない思想とは真逆にある、もう半分の誠実な顔があるからなんです。

2008年に東京の霞が関で開いた「フリーカフェ播磨屋」は、おかきもドリンクも全部無料で、お土産を買わなくていい、気を使って頼まなくていい、ただ座って食べて帰っていいという前代未聞の空間でした。

おかき屋の店先のイラスト

2010年にはこの無料の店が全国7か所まで一気に広がり、そして採算を度外視したまま、なんと同じ2010年の10月までに7か所ともあっさり畳んでしまったのです。

広げるのも畳むのも早い。

 

席だけはいまも直売店に残っている

無料の店そのものは惜しまれつつ終わりましたが、買い物ついでにひと息ついて腰を下ろせる席は、いまも各直売店に残っています。

商売の損得を弾くそろばんの上では、これはどう考えても説明がつきません。

タダで配る店を7か所も開いた人が、その8年後には42億円を無借金で回していたのですから。

播磨屋は客に思想を押しつけなかった

これほど主張の強い会社なら、ふつうは引き潮のように客が離れていくのではないでしょうか。

通販の公式サイトを下までスクロールすれば、ただのお菓子屋とは思えない主張が画面いっぱいにびっしり並んでいる。

「人類根本救済」「救世論文三部作」「あなたの悪夢を覚ます覚者播磨屋助次郎の救世手紙」。

おかきを買いに来ただけの人の画面に、こういう物々しい見出しが縦に積まれているのです。

それでもお客さんは離れませんでした。

紙は入っている。

でも、読めとは言われない。

主張に賛同しない客の前で店員のレジの手が止まることもなければ、街頭のように署名を求められることも、会員にされることもありません。

「思想はアレだけど」という枕詞

手渡す側も苦笑いしながら「思想はアレだけど、おかきは間違いなく美味しいです」と断りを入れる。

そんな一言を添えて手土産を渡す文化が、関西では何十年もかけて自然と出来上がっていたわけです。

そして今回の廃業の報せを受けても、同じ枕詞があちこちで湧いています。

思想はともかく味は本物だ、頭は心配だけど腕はいい、電波だけど全然許せてしまう稀有な会社だ、と。

怒っている人がほとんどいないのは、怒る相手がどこにもいないからです。

粗悪品でだまされた人も、無理やり押し売りされた人も、この会社に値をつり上げられた客もいない。

残ったのは、あの味が食べられなくなるという寂しい事実だけでした。

 

缶と職人さんの行き先を心配している

播磨屋の贈答用のおかきは、ふたの面がA4の紙とほぼ同じ大きさで、高さは10センチほど。

その平たくて四角い頑丈な金属の缶に入っていて、関西の家では中身を食べ終わった缶に香典袋を入れ、裁縫道具を入れ、家族の写真をしまいます。

商品が消えると聞いて真っ先に空き缶の心配が出てくるくらい、播磨屋の缶は関西の日常に入り込んでいたわけですね。

 

心配されているのは、缶だけではありません。

おかきを焼いている人だけ、どこかが引き受けてくれないか。

職人さんと社員さんで新しい会社を作れないか、暖簾分けはできないか、せめて伝統の製法だけでも受け継げないか、と声が上がっています。

もともと名物のはりま焼は地元スーパーの菓子棚に並ぶ手ごろな煎餅でしたが、そこからデパートに並ぶような缶入りの高級な贈答品へ舵を切ったので、子どものころのおやつとして覚えている人と、大切な人への贈りものとして覚えている人がいるわけです。

どちらの覚え方をしている人からも同じ願いが出ているのは、2027年の3月末で、長年おかきを焼き続けてきた職人としての場所を失う人が、実際にいるからでしょう。

代わりを探しにいった人もいます。

朝日あげ、はりま焼、おかき皇、華麗満月、ユーロの星。

この5つの名前が売り場の棚から消えるのは、2027年の3月末です。

思想が強いのになぜ惜しまれるのか。

その答えはきっと、この会社が最後までおかきを買いに来た人に思想を押しつけなかったからなのかもしれませんね。