夜中に急な腹痛がきて、そのあと冷や汗が噴き出して、手足がしびれて、顔から血の気が引いていく。

健診で渡された下剤を飲んだ夜に、同じことが起きた人もいます。

しばらく横になっていると何事もなかったように戻るのに、その最中だけは本気で怖い。

真夜中にこういう体験をした人が「あれは何だったんだろう」とネットに書くと、決まって返ってくる言葉があって、それが迷走神経反射という、聞き慣れない名前なんです。

神経という字が並んでいるだけで重病かと身構えてしまいますし、調べても難しい医学の説明ばかり出てきて、余計に不安になった方も多いんじゃないでしょうか。

ただ、この反射はふだん健康な人にも起こるもので、決して珍しいものでもないのだそうです

とはいえ「よくあることだから大丈夫」で片づけてしまうと、見落としてはいけないものまで一緒に流してしまうことがあって。

怖いのは、どこまでが「よくあること」で、どこから先が病院なのかが分からないことなんですよね。

気を失う5人に1人は迷走神経反射

慶應義塾大学病院の医療情報サイトによると、失神というのは脳に流れる血の量が一時的に減って、意識が飛んでしまう状態のこと。

失神には原因がいくつもあって、そのひとつがこれ。

気を失った人のおよそ5人に1人が、この反射で倒れているとされていますから、自分だけがおかしいわけじゃないと思えるくらいには、珍しい倒れ方でもないのです。

医療の専門的な現場では血管迷走神経失神と堅苦しく呼びますが、指しているものは変わりません。

迷走神経というのは、太い幹のように脳から首を通ってお腹のあたりまで伸びている長い神経で、激しく打つ心臓の動きや胃腸の働きを落ち着かせるブレーキの役目をしています。

お腹の強い痛みや注射の緊張が重なると、この神経が必要以上に強く働いてしまうことがあるのです。

すると脈拍が急激にゆっくりになり、同時に血管がひらいて、血圧がすとんと下がります

血圧が下がれば、重力に逆らっていちばん高いところにある脳へ血が届きにくくなる。

熱いやかんに触れた手が頭で考えるより先にパッと引っこむのと同じで、反射というのは自分の意思や気合ではまったくコントロールできない無意識の仕組みです。

倒れたことを「恥ずかしい」と思ってしまう人は多いのですが、これは性格とはまるで関係のない話で、体に最初から備わっている配線がたまたま強く働いただけなのです。

前触れは冷や汗と吐き気と目の前の暗さ

この反射が本当にやっかいなのは、意識がプツンと飛ぶ前にたいてい不気味な前触れが出ることです。

しかもその前触れがどれも経験のないものだから、初めての人ほど「このまま死ぬのでは」とパニックになってしまうのも無理はありません。

よく挙がるのは、こんな症状ですね。

  • 顔から血の気が引いて真っ白になる
  • 冷や汗がどっと出る
  • 吐き気やお腹の不快感
  • 目の前が暗くなる
  • 人の話し声が遠く小さく聞こえる

ほかに手足のピリピリしたしびれや、大きな生あくびが止まらなくなるという話もよく出てきます。

オフィスの廊下で壁に手をついて立ち止まり額に汗をにじませている人のイラスト

いちばん怖がられるのが、視界がぼやけて暗くなるどころか目を開けているのに何も見えなくなるところまで進んだときでしょう。

とはいえ目そのものは完全に無事で、下がった血圧のせいで一時的にそう見えているだけですから、しばらく安静にすれば元どおりになります。

そして横になってしばらくすると、さっきの嵐がうそのようにスーッと引いていく。

体が水平になると脳と心臓の高さの差がなくなって頭に血が戻ってくるので、倒れたことで体は無意識に自分を助けているんですね。

とはいえ症状が引いたあとも、半日くらい体がぐったりして使い物にならないことがあります。

トイレと採血と立ちっぱなしで起きる

引き金になりやすいのは、仕事の疲れがたまっているとき、汗をかいて水分が足りていないとき、長時間の立ちっぱなし、そして空腹。

そこへ突然の強い腹痛や採血、強い恐怖が加わりますし、おしっこやトイレでの排便、食べ物を飲み込むこと、激しい咳、お酒がきっかけになったときだけは、医学的に同じ反射を状況失神と呼び分けるのだそうです。

校庭の朝礼で立っていて倒れる子、夜中のトイレでいきんだあとに目の前が暗くなる人、ぎゅうぎゅうの満員電車でしゃがみこむ人。

一見すると全くばらばらの出来事に見えますが、どれも同じ一本の迷走神経の反応でつながっています

検査の下剤は腹痛といきみが重なる

健診でバリウムを飲んだあと、必ず下剤を渡されますよね。

国立がん研究センター中央病院の説明によると、白いバリウムは時間がたつとセメントのように腸の中で固まってしまうので、下剤で早めに出してしまう必要があるのだそうです。

もし腸内に残したままにすると、まれに腸閉塞や消化管に穴があく危険な合併症につながることもある。

つまり下剤を飲むのは飛ばしてはいけないということです。

夜のキッチンのテーブルに置かれた薬の袋とコップ一杯の水のイラスト

ただ、下剤が効きはじめるのは飲んでから2〜6時間後とされていますから、ちょうど家に帰ってひと息ついたころになります。

強い腹痛と長いいきみが、同じ夜にまとめてやってくる

ホッとしたあとの数時間に悪条件がそろうわけで、大腸カメラの前に腸をからっぽにする大量の下剤を飲む日も同じです。

そのうえで頭に置いておきたいのが、次の3つでしょうか。

  • トイレで長く力まない
  • 冷や汗や吐き気が出たら、いったん便座から下りて床にしゃがむ
  • ひとり暮らしなら、下剤を飲む日は誰かに一声かけておく

 

採血が苦手なら先に伝えておくといい

採血でスーッと気分が悪くなる人が多いように、この反射は病院の検査室でもよく起きますが、針が痛いかもしれないという強い緊張や、順番を待っているあいだの空腹も重なっているのでしょうね。

不安なら、前に採血で倒れたことがあると看護師さんに先に伝えておくといいそうです。

ベッドに横になった姿勢で採血してもらえたり、終わったあとに少し休ませてもらえたりと、病院側で対応を柔軟に変えてもらえることがあります。

こんなことで騒いでいいのかなと言い出しにくい気持ちはよく分かるのですが、事前に伝えてもらえると処置する向こうも助かるんですよね。

やせている人と寝不足の人に起きやすい

自分はどうも人より倒れやすいほうかもしれない、と思い当たった方もいるはずです。

健診の採血でこの反射が出た人だけを集めて、どういう人に多かったのかを数えた報告が、日本人間ドック学会の学会誌に載っています。

そこで挙がっていたのが、女性であること、体重が軽いこと、睡眠時間が短いことの3つ

ネットでは「体脂肪率が低いと起こりやすい」という言い方もされますが、調査で数えられていたのは体脂肪率ではなく体重でした。

ただ、これはあくまで倒れた人を集めて数えたときに出てきた傾向です。

性別も体重もすぐに変えられるものではないですが、3つのうち睡眠時間だけは動かせます

バリウムを飲む日や採血のある日は、前の晩の夜更かしだけはやめておく。

体質そのものは選べなくても、この一つだけは今夜から変えられます

血液検査で異常が出ないのは当たり前

この症状は昔から「脳貧血」と呼ばれてきましたし、そのせいで自分は貧血持ちなのだと思い込んだまま、何年も不安に過ごしてきた方もいるかもしれません。

けれど、いわゆる貧血とは仕組みがまったく別のものなんです。

貧血は血液の中で酸素を運ぶヘモグロビンなどの成分が慢性的に足りない状態で、血液検査をすれば異常値として数字にはっきり出る。

迷走神経反射は血液そのものの成分は正常で、一瞬だけ全身の血の巡り方が変わっているだけなので、精密な検査をしても何の数値も出てきません。

「異常なしと言われたのに、また倒れた」という人が多いのはたぶんこのためで、体の中を巡る血そのものは足りているので、いくら食事やサプリで鉄分を足してもこの反射は起きるときには起きるのでしょう。

名前さえ分かってしまえば、次にやる対処法もはっきりしてくると思います。

前触れを感じたらしゃがんで頭を低くする

慌てふためく必要はなく、対処そのものは拍子抜けするほど単純です。

前触れに気づいたら、人目を気にせずその場でしゃがみこむか、横になってクッションなどで足を少し高くする。

駅のホームでしゃがみこんだ人の背中に手を添えて声をかけている人のイラスト

心臓と同じ高さまで頭の位置さえ下げてやれば、自然と脳へ血が戻って症状は引いていきますし、吐き気があるときは顔を横に向けて寝かせておくと、吐いたものでのどを詰まらせずに済みます。

ベルトや襟元がきつければゆるめておく。

その場でやることはこれだけで、この反射でいちばん危ないのは、気を失って倒れたときに固い床や角へ頭をぶつけること

だから「人前だからもう少し我慢できる」と無理して立っていようとするのが、怪我のリスクも含めていちばん損な選択になってしまいます。

日常生活での予防も同じで、こまめに水を飲んで脱水を避けること、寝不足のまま無理をしないこと、朝礼や通勤で長く立ちっぱなしにならないこと、そしてお酒を控えることくらいでしょうか。

 

前触れなく倒れたときは病院で確かめる

ただし、ここまでの話はすべて〈それがこの反射だった場合〉のこと。

失神の多くは一過性の軽いもので終わりますが、不整脈など心臓の病気や体の中の出血が原因のこともあって、そちらだった場合は入院して治療が必要になります

だから一度でも完全に意識を失ったなら、心臓や脳に命に関わる原因がないことを確かめておくだけでも大きな意味があるのでしょう。

特に次のような場合は、自己判断で片づけないほうがいい。

  • 前触れがまったくないまま、いきなり倒れた
  • 息が上がるような運動の最中や、重い荷物を持って体を動かしている最中に倒れた
  • 胸の痛みや強い動悸を伴っていた
  • 頭痛を伴っていた
  • 身近な家族や親族に、若くして突然亡くなった人がいる

激しい頭痛や締め付けられるような胸の痛みがいっしょに出ていたときは、くも膜下出血や心筋梗塞のように、すぐ手当てが要る病気が隠れていることもあります。

この記事で参考にした情報

体のことなので、気になったところは自分でも確かめられるように、出どころを置いておきます。

失神の分類と危険なサインについて

  • 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト KOMPAS「失神

血管迷走神経失神の割合・誘因・対処について

バリウム検査のあとの下剤について

健診の採血で倒れた人の傾向について

倒れたときの応急対応について

なお、この記事は現場の医師や医療の専門家が書いたものではありません。

一度でも意識が飛んだことがある方や、前触れが何度も出ている方は、ここで読んだことを確かめるより先に、一度お医者さんに診てもらってくださいね。

倒れた人を見て救急車を呼んだあと、大げさだったと悔やむ人がいますが、あれは見分けがついてから言えることです。

倒れた時点では本人にも周りにも判断がつかないのですから、呼んだ側を責められる人はいないということですね。