「近所で工事をしていまして、お宅の屋根が浮いているのが下から見えたんです」

玄関先でこう切り出された経験、一度や二度はあるのではないでしょうか。

2026年9月2日には、この手口をめぐって神奈川県警が5人を詐欺などの疑いで逮捕しています。

報道によれば、知らないうちに契約させられていた人は首都圏でおよそ350人、被害の金額にすると合わせて約5億円。

この種の事件が表に出るたび、ネットには「あの若さで高級車に乗っていた」という話が並びますよね。

そうなると「屋根の仕事って、そんなに儲かるものなの?」と勘ぐってしまうのも、わりと自然な反応だと思うんです。

屋根という商品には、家電や車と違ってもともと相場の値段を比べにくい事情があります。

ただ、本当に怪しい相手かどうかは、玄関先の立ち話で使われる言葉を聞けば見分けられるんです。


屋根は値段を比べる相手がいない

毎日そこに住んでいる本人がいちばん見られない場所、それが屋根です。

床下なら懐中電灯で覗けますし、外壁なら自分の手で触って確かめられますが、屋根だけは、わざわざ庭からグラつく脚立を出して上がるところからして「危ないからやめて」と家族に止められますよね。

つまり「浮いていますよ」と言われた側には、「そんなはずはない」と否定する材料が最初から無いのです。

タブレットの小さな画面で撮ってきた写真を見せられても、それが本当に自分の家の屋根かどうかをその場で確かめる手立てはありません。

屋根のように普段から見えない頭の上の場所だと、適正な値段も比べにくくなります。

スーパーで普段買う卵やティッシュなら隣の店の値札と並べられますが、屋根の補修は隣の家と工事の中身が違うので、比べる相手がいないんです。

「無料で見ますよ」と点検を口実に高い工事を売る、いわゆる点検商法。

国民生活センターによると、屋根工事でのこの深刻な相談は5年で3倍に急増し、契約した人の8割超が60歳以上でした。

壊れやすい給湯器や太陽光まで含めた点検商法全体では、2025年度だけで19,696件の相談が寄せられています。

狙われているのが高齢の方に偏っているのは確かですが、これは遠くの実家だけの話でもなくて、「自分の家の屋根を見たことがあるか」と聞かれたら、いくつになっても答えは同じですからね。


摘発された会社は350人と契約していた

2026年9月2日、神奈川県警は大和市のリフォーム会社をめぐって、実質的な経営者とみられる29歳の会社役員ら5人を逮捕したと発表しました。

容疑は詐欺と、特定商取引法違反(不実告知=うその説明をすること)。

報道によると、小田原市に住む77歳の男性の自宅を訪ねて「瓦の補強工事をしなければ雨漏りしてしまう」とうそを言い、必要のない工事をしたうえで27万5000円を受け取った疑いが持たれています。

この男性のケースは27万5000円ですが、首都圏で結んでいた契約は350人で総額約5億円ですから、被害者1件あたりの平均は140万円ほどでした。

この売り方が恐ろしいのは、その140万円を何百軒とあっさり積み上げられるからです。

昔ながらの屋根屋さんの仕事は本来、地元の馴染みの工務店や以前に工事をした家からの紹介でぽつぽつと入ってくるものですが、見知らぬ住宅街を一軒ずつ回るなら、1日に何十軒も声をかけて、そのうち数軒が契約すれば十分に成り立つのでしょう。

住宅街の一軒家のインターホンを押す作業着の男性

莫大なテレビの広告費も立派な店舗も要らず、職人を抱えずに下請けの業者へ回せるので、契約金額のかなりの部分が丸々会社に残るわけです。

つまり、設立間もない若い会社がいきなり羽振りよくなれるかどうかを決めていたのは、職人の腕前でも会社の規模でもなく、この強引な回り方でした。

もうひとつ、法律の隙間を突いて実績のない設立から数年の会社でも屋根工事を請け負える理由があって、建設業法では1件500万円未満の工事に許可は要らないと決められているんですね。

数十万円で済む屋根の部分的な補修は、ほとんどがこの枠の中。

職人としての確かな技術や実績のない会社でも、看板を出したその日から素人相手に仕事を取れてしまいます。

もちろん、真面目に飛び込みで営業する会社を一括りにはできません。

ただ、手元の紹介で手一杯の腕のいい地元の職人さんが、わざわざ見知らぬ家のチャイムを押して回る理由はありませんよね。


「火災保険で無料になる」には続きがある

玄関先の話でいちばん魅力的に耳に残るのは、たぶん「火災保険を使えば自己負担なしで直せますよ」という一言だと思います。

実際、猛烈な台風や大雪で瓦が飛んだときに下りるのが、火災保険の風災補償。

ただし保険金が出るのは自然災害による損害だけで、放置された経年劣化のような年月による傷みは対象外です

そこで巧妙に出てくるのが、雨風で劣化した箇所を「先月の台風でやられました」という形にして申請させるやり方。

玄関先で書類とペンを差し出す業者と困った顔の住人

保険会社へ書類を出すのは契約者本人ですから、知らず知らずのうちにうそをつく役をこちらが引き受けることになってしまうんですね。

屋根の業者とは別に、「面倒な手続きを代行しますよ」と近づく申請サポート業者にも国民生活センターが注意を呼びかけていて、その発表資料に並ぶのは「手数料は40%だが損はない」と甘い言葉で持ちかけられた事例でした。

つまり100万円が下りても、業者の取り分を引かれて手元に残るのは60万円で、工事代が100万円なら40万円足りない計算です。

そこから工事代を払えば足りなくなりますし、途中でやめたいと伝えても「解約できない」と言われた人までいたそうで、そもそも審査で保険金が下りなければ、工事代はまるまる自分の貯金から払うことになります。

「タダで綺麗になる」という言葉で始まった話が、なぜか自己負担と後ろめたさだけを残して終わる。

ここが、この勧誘のいちばん厄介なところ。


点検を装う業者には共通した言い方がある

国民生活センターは、屋根工事の点検商法で使われる勧誘トークを4つの型に整理しています。

インターホン越しや玄関先で出てくるのは、だいたいこの順番。

まず「近所で工事をしているご挨拶です」と怪しまれない用件を作り、次に「無料で見るだけですから」と屋根へ上がる許可を取りにきます。

はしごから降りてきたら「このままだと隣のお宅に瓦が飛びますよ」とご近所への迷惑をちらつかせて不安をあおり、「今なら足場代がサービスできます」と値段を動かしてくる。

そして工事が済んだころに「ついでに外壁も見ましょうか」と、逃げられない次の契約がやってきます。

言い方は違っても、4つとも行き先は「早く決めたほうが得ですよ」の一言です。

逆にいえば、「家族とゆっくり考えてください」と急がせない相手なら、その時点で悪質なこの4つからは外れているということでもありますよね。

屋根の傷みで今日明日に家が傾くことはありませんから、家族と相談するために見積もりを持ち帰ってもらって困る理由はどこにもないでしょう。

「今すぐ決めろ」と玄関先で急かされたと感じたら、それだけでもう断っていい十分な理由になります。


覚えるのは上げないことと8日間の2つ

いちばん効くのは、屋根に上がらせないこと。

いったんはしごで屋根に上がられてしまうと、傷んでいるかどうかを決める主導権が、そのまま向こうへ移ってしまいますからね。

点検をスパッと断る言葉は「うちは付き合いの工務店に頼んでいます」の毅然とした一言で足りますし、理由を説明する義務もありません。

玄関のドア越しに手のひらを向けて訪問を断る住人

離れて暮らす実家が心配なら、屋根と水回りの話が出たら、その場で迷わず子どもに電話するという家族ルールを一つ作っておくほうが現実的でしょう。

玄関に「訪問販売お断り」の黄色いステッカーを貼る、固定電話を留守番設定にしておく、といった手も併せて効いてきます。

一度契約した人の名簿はカモリストとして業者のあいだで回るとも言われますから、最初の一件を入れないことが次の一件を防ぐ頑丈な壁になってくれるはずです。

それでも契約書に名前を書いてしまった場合の逃げ道は、ちゃんと残っているのです。

訪問販売で結んだ契約は、法律で決められた契約書面を受け取った日から数えて8日以内なら違約金なしの無条件で解除できます

クーリング・オフの通知は、郵便ハガキなどの書面やメールなど記録の残る形で送れば十分。

すでに工事が始まったあとでも解除できる場合がありますし、渡された契約の書面に足りないところがあるときは、そもそも8日のカウントがまだ始まっていない扱いになるのです。

「これって怪しいかも」と判断に迷ったときの相談先は消費者ホットラインの188で、スマホからも局番なしの3桁で最寄りの消費生活センターへつないでもらえます。

羽振りのいい会社の話に「裏があるんじゃないの」と勘ぐってしまうのは、こちらが疑り深いからではありません。

見えない場所ほど高く売れると知っている人が、今日も玄関の前に立っているからなんですよね。