手のひらではなく、手の甲と手の甲を打ち合わせる拍手。

パチ、パチ、と乾いた骨の音がするその叩き方は「裏拍手」と呼ばれ、日本では死んだ人が打つ拍手だと言われています。

ホラーゲームやネットの怪談でも、この手の形はそのまま「呪い」や「死」の合図。

たかが手の向きの違いなのに、なぜここまで怖がられ、冗談でもやってはいけないと言われるのか。

その答えは、1300年前の神話と、テレビの画面の片隅に映り込んだ「あの手」の中にあります。

手の甲で打つ死者の拍手

裏拍手は、逆拍手(ぎゃくはくしゅ)や裏柏手(うらかしわで)とも呼ばれています。

 

あの世はすべてが逆さま

日本のお葬式には、ふだんとは逆のことをわざとする「逆さごと」という作法がいくつも残っています。

  • 亡くなった人の着物を左前に着せる
  • 枕元の屏風を上下逆さに立てる(逆さ屏風)
  • 湯灌(ゆかん)の湯は、先に水を張ってから湯を注ぐ(逆さ水)

この世と逆のことをするのが、あの世の側の決まりだと考えられてきました。

手のひらの反対側で打つ裏拍手も、この逆さごとの仲間。

だから生きている人がふざけてやると、自分から死者の側へ足を踏み入れることになると言われています。

 

水の底からの拍手

夜の池の水面から青白い両手が手の甲を合わせて浮かび上がる様子

逆さごととは別に、水の底から聞こえてくる拍手の言い伝えもあります。

水の事故で亡くなった人は、手のひらが水を吸ってふやけてしまい、ふつうの拍手ではペチャペチャとしか鳴らないので、そのかわりに手の甲の骨を打ち鳴らしている、というのです。

湿った手のひらでは出せない乾いた音を、冷たく骨ばった手の甲で必死に鳴らして、生きている人を「こっちへおいで」と呼んでいる。

拍手はもともと神様への合図

死者が手の甲で呼ぶ拍手がこれほど不気味に聞こえるのは、手を打つこと自体が、日本では昔から神聖なしぐさだったからでもあります。

 

ひざまずく代わりに手を打った古代の日本人

1800年ほど前の日本人は、身分の高い人に会うと、ひざまずく代わりにただ手を打って敬意を表していた。

3世紀の日本の様子を書き残した中国の歴史書『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』に、そう記されています。

そのしぐさが今も神社で打つ「柏手(かしわで)」で、手を打つ音は神様を呼び、邪気を払う合図。

だからこそ、その手を裏返して打つ裏拍手は、神様とはまったく別のものを呼んでしまう手だと恐れられてきました。

 

お葬式では音を消す「しのび手」

神道のお葬式(神葬祭)には、柏手を打つときに、音をほとんど立てないようにそっと打つ「しのび手」という作法があります。

亡くなってから50日の忌明け(いみあけ)までは、喜びやお祝いを表す拍手の音を控えて、故人を静かに送るためです。

死者の前では、生きている人が拍手の音さえ消す。

その静まり返った場所で、暗がりのどこかからパチ、パチ、と乾いた拍手だけが返ってくる。

古事記に残る天の逆手の呪い

裏拍手のルーツだとされるのが、712年にまとめられた『古事記』に出てくる「天の逆手(あまのさかて)」です。

出雲の国を治めていた大国主神(おおくにぬしのかみ)の息子、事代主神(ことしろぬしのかみ)は、天の神々から国を譲るよう迫られ、観念したように受け入れました。

そして乗っていた船を踏んで大きく傾け、天の逆手を打ったあと、船を青い柴の垣根に変えて、その中へ隠れてしまう。

古い日本語の「隠れる」には、この世を去る、つまり亡くなるという意味もあります。

国を差し出した神が、最後に打った手。

その手に込められていたのは、国を奪った側への呪いだったのではないかとも言われています。

 

恋人を呪った伊勢物語の男

平安時代の『伊勢物語』の第96段にも、天の逆手は出てきます。

男が思いを寄せていた女性は、彼女の兄に連れられて去ってしまいます。

残された男は、天の逆手を打って女性を呪っているらしい。

語り手は「人の呪いというものは、本当に相手に降りかかるものなのだろうか」とつぶやき、物語は、去った女性に向けた男の「いまこそは見め(今に見ていろ)」という言葉で終わります。

手の甲を合わせて唱える呪文

夜明け前の屋根の上で手の甲を合わせた両手を空に掲げる着物姿の人影

では、天の逆手とはどんな手だったのか。

鎌倉時代から室町時代にかけて書かれた『伊勢物語』の解説書には、その打ち方が、呪いの作法として書き残されています。

鎌倉時代の解説書には、朝、手を水で濡らし、朝日に向かって叩いて人を呪う、とあります。

別の書物では、両手のひらに「月」「日」の文字を逆さに書き、その手を裏返して天へ向かって招く。

そして室町時代の『伊勢物語奥秘書(いせものがたりおうひしょ)』には、手の甲どうしを合わせて「唵逆天神(おんぎゃくてんじん)」と唱え、三度踊る、と書かれています。

日の出と、月の出に、天へ向かって。

その書物は、手の甲と手の甲を合わせて打つからこそ「あまのさかて」と呼ぶのだ、と名前の由来まで書いています。

朝に濡らした手で呪う鎌倉の作法と、水の底でふやけた手を打ち鳴らす死者の話。

時代も出どころもまったく違う2つの話が、同じ「濡れた手」でつながっているのは、偶然にしてはできすぎています。

天の逆手が本当に手の甲を打つ手だったなら、裏拍手はただの都市伝説ではなく、1300年前から続く呪いの手だったのかもしれません。

黄泉の国から逃げた神の後ろ手

裏拍手のような「逆さ」のしぐさが、なぜあの世と結びついているのか。

その手がかりは、同じ古事記のいちばん恐ろしい場面にあります。

 

死んだ妻を追って黄泉の国へ

日本の国を生んだ夫婦の神、イザナギとイザナミのうち、妻のイザナミは火の神を産んだときの火傷がもとで亡くなり、死者の国である黄泉の国(よみのくに)へ行ってしまいます。

どうしても妻に会いたいイザナギは、黄泉の国まで迎えに行くことに。

ところがイザナミは、もう黄泉の国の食べ物を口にしてしまったので帰れない、と答えます。

それでも黄泉の神に相談してみるから、そのあいだ決して私の姿を見ないでほしい、と言い残して、奥の暗がりへ消えていった。

待ちきれなくなったイザナギが、櫛の歯に火をともしてのぞいてみると、そこに横たわる妻の体にはうじがたかり、あちこちで雷の神がうごめいていたのです。

姿を見られたイザナミは「よくも恥をかかせた」と怒り、黄泉醜女(よもつしこめ)と呼ばれる鬼女たちに夫を追わせます。

 

後ろ手に剣を振りながら逃げた

大岩でふさがれた洞窟のすき間から手の甲を合わせた青白い両手がのぞく様子

イザナギは腰の剣を抜き、追っ手に向かって後ろ手に振りながら逃げました。

前を向いたまま、手だけを背中の側、死者のいる側へ向けて振る。

そしてあの世とこの世の境にある坂、黄泉比良坂(よもつひらさか)までたどり着くと、千人がかりでやっと動くほどの大岩で、道をふさいでしまう。

岩の向こうからイザナミが「あなたの国の人間を1日に1000人殺す」と言うと、イザナギは「それなら1日に1500の産屋(うぶや)を建てる」、つまり1500人を産ませると返したといいます。

この世で毎日たくさんの人が死に、それより多くの人が生まれてくるのは、このときのやりとりのためだと、古事記は伝えている。

島根県松江市東出雲町には、その黄泉比良坂だと伝わる坂が、道をふさいだという大岩とともに、今もひっそりと残っています。

逆さのしぐさはいつも境目にある

事代主神が天の逆手を打ったのは、この世から隠れるとき。

イザナギが後ろ手に剣を振ったのは、死者の国から逃げ帰るとき。

どちらも、この世とあの世の境目で、手が「逆」や「後ろ」を向いている。

江戸時代の国学者・賀茂真淵(かものまぶち)も、この後ろ手と天の逆手を、同じ呪いのしぐさだと考えていました。

裏拍手が「あの世の拍手」と呼ばれるようになったのは、ただの思いつきではないのかもしれません。

テレビをざわつかせた裏拍手の噂

神話の時代から続くこの手の形が、現代になってもう一度ささやかれるようになったのは、テレビの客席からでした。

古くは1997年の『HEY!HEY!HEY!』で、シャ乱Qが出演した回の客席に、裏拍手に見える動きをした人がいたと噂されています。

 

Mステの客席の男性

音楽番組の客席でひとりだけ手の甲を合わせた青白い両手を掲げる男性の後ろ姿

なかでもいちばん有名なのは、2005年の『ミュージックステーション』で大塚愛が「プラネタリウム」を歌った回。

ふつうに拍手をしている観客のなかに、ひとりだけ手の甲を打ち合わせている男性がいたというのです。

ネット上に出回っている画像は粗く、本当に手の甲だったのかは、今となっては誰にも見分けられません。

 

アイドルの前で暗転したスタジオ

2016年には、乃木坂46の冠番組『NOGIBINGO!』(日本テレビ)で、メンバーの堀未央奈が裏拍手の話を持ち出し、その不吉な言葉が出た瞬間にスタジオへ悲鳴が上がりました。

話の途中でスタジオの明かりが落とされると、メンバーは身をすくめて抱き合っていたそうです。

心霊スポットとライブ会場の怪談

テレビの外で裏拍手に出くわしたという話も、いくつも語られています。

 

心霊スポットで手の甲を打ちはじめた彼女

怪談の語り部でもある手相芸人の島田秀平が、2015年にテレビで語ったのは、ある恋人たちの話でした。

夜の心霊スポットめぐりに気乗りしない彼女を、彼氏がなかば強引に連れ回していたところ、何か所か回ったあたりで彼女の様子ががらりと変わり、急に「もっと行こう」とはしゃぎ出したそうです。

そして彼女は、パチ、パチ、と手の甲と手の甲を打ち鳴らしはじめた。

客席から呼ぶ元恋人

歌手の名前も時代も伝わっていない、こんなライブ会場の怪談もあります。

ある女性歌手がステージから客席を見下ろすと、亡くなったはずの恋人が立っていて、手拍子で盛り上がるほかの観客にまじって、ひとり黙々と手の甲を打ち合わせていたといいます。

周りと同じリズムで、同じように手を動かしているのに、薄暗がりの中でその手だけが裏返っている。

何千人もの手拍子のなかで、その手の甲の音だけが、まっすぐ彼女に向けられていたのでしょうか。

冗談でも避けたくなる本当の理由

お葬式の逆さごとは、亡くなった人をあの世の側へ送り出し、こちらへ戻ってこないように境目を引くために、お葬式の場でだけ行う作法です。

イザナギが大岩で黄泉の国をふさいだのと同じ、境目を守るための「逆さ」。

 

境目をこちらから開ける手

逆さの屏風の向こうの暗闇に手の甲を合わせた青白い両手が浮かぶ様子

せっかく引かれたその境目の手前で、生きている人のほうから、ふだんの暮らしのなかで裏拍手を打ってしまう。

それは、水の底から「こっちへおいで」と呼んでいる相手に、同じ拍手で返事をしてしまうことなのでしょう。

裏拍手で本当に誰かが呪われたのかどうかは、1000年以上前の伊勢物語の時代から、誰にも確かめられていません。

それでも、冗談のつもりで打った手の形だけは、向こうにそのまま届いてしまうのかもしれませんね…。