「一生のコンタクト代を考えたら、手術したほうが安いよ」と勧められても、角膜(黒目の表面をおおう透明な膜)を削って近視を治すレーシックや、目の中にレンズを入れるICLのような目の手術となると、どうしても一歩が踏み出せないものですよね。

ネットを開けば「眼科医はレーシックを受けない」「何年かすると元の近視に戻ってしまう」、さらには「何年もたってから角膜が飛び出してくる」といった、ちょっと背筋が寒くなる話まで出回っています。

ただ、本当に背筋が寒くなるのは、噂そのものより、何年もたってから初めて分かることかもしれません。

眼科医に眼鏡が目立つ本当の理由

眼鏡をかけた眼科医のイラスト

まず、「眼科医はレーシックを受けない」という噂は、そのままでは言い過ぎです。

アメリカで2015年に、レーシックなどの手術を手がける医師に聞いた調査では、自分の目が手術に向いていた医師の6割以上が、実際に自分の目を手術していました。

その一方で、同じ調査では近視などがある医師の3人に1人ほどが、そもそも自分の目は手術に向かないと答えていて、6割という数字は、それ以外の医師の中での割合です。

 

眼鏡のままでいる現実的な理由

では、眼鏡の眼科医が目につくのはなぜなのか。

一日じゅう顕微鏡をのぞく仕事では、手術のあとに目が乾きやすくなるだけでも仕事に響きます。

さらに、近視の目はもともと近くにピントが合っているので、老眼(年とともに手元にピントが合いにくくなること)が来ても、眼鏡を外せば手元がよく見えるという得があります。

手術で近視を治すとこの得がなくなるため、日本眼科学会のガイドラインも、軽い近視の人にはそのことを手術の前に説明するよう求めているほどです。

 

眼科医だけが気にする白内障の手術

眼科医だからこそ知っているのが、何十年も先の白内障の手術とのかかわりです。

白内障は目の中のレンズがにごる病気で、年を重ねると多くの人が手術を受けます。

白内障の手術では目の中に入れるレンズの度数を計算しますが、レーシックで角膜の形を変えた目は、ふつうの目ほど正確には計算できないとされています。

計算の方法はここ数年でずいぶん改良されましたが、それでも日本白内障屈折矯正手術学会は、念のため手術前の検査データを手元に残しておくよう勧めているのです。

ブームを止めた事件と消費者庁の警告

ひと昔前はよく耳にしたレーシックの名前を、最近あまり聞かなくなったと感じている人もいるのではないでしょうか。

実際、日本眼科医会の会見資料に載った推計では、2008年に年間45万件ほどあった手術は、2014年には5万件ほどまで減ったとみられています。

 

銀座のクリニックで起きた集団感染

流れが変わるきっかけのひとつが、2008年9月から2009年1月にかけて東京・銀座の眼科クリニックで起きた集団感染でした。

手術を受けた患者が細菌で角膜に炎症を起こし、裁判で認められただけでも7人が被害に遭って、院長は2011年に有罪判決を受けています。

原因は手術そのものではなく器具の消毒が不十分だったことでしたが、「目の手術で感染する」というニュースは、それまでの手軽なイメージを一気に変えてしまいました。

 

きっかけの4割はクリニックのネット情報

2013年12月、消費者庁は「レーシック手術を安易に受けることは避け、リスクの説明を十分受けましょう」と呼びかけ、手術を受けるきっかけになった情報の約4割が、クリニックがネットに出していた情報だったと明らかにしました。

しかもその一部は法令に触れるおそれがあるとまで指摘され、翌年の国会では、政府が自治体に対応を求めたと答える事態に。

同じ発表によると、消費者庁に集まった被害の情報は80件あり、いちばん多かったのは、角膜を削りすぎて近視が治りすぎ、遠視になって頭痛や吐き気が出たという声でした。

遠くはよく見えても、手元を見るたびに目が疲れてしまう、これがいわゆる過矯正です。

手術を受けた600人に消費者庁が聞いた調査では、74.3%が「希望した視力になった」一方で、43.2%が視力以外の不具合を感じていて、手術のあとの定期検査を受けていない人も33.5%いたと報じられました。

日本白内障屈折矯正手術学会は、ネットで集めた回答で数字の確かさに疑問があると反論しましたが、「よく見えるようになった」と「不具合がある」は、同じ人の中に両方あってもおかしくないんですよね。

夜の光がにじむ後遺症とサングラス

手術のあとに出やすい不調は、目の乾きと夜の光のにじみで、「レーシックをするとサングラスが手放せなくなる」という噂も、この2つとつながっています。

 

目が乾くドライアイ

ドライアイは、角膜を削るときに、涙を出す合図を送る神経がいったん切れてしまうことが原因とされています。

日本白内障屈折矯正手術学会によると、多くは1週間から3か月ほどで良くなるものの、長く続く人もいるとのこと。

手術を受けた本人に症状を聞いたアメリカの研究(2017年)では、手術前に乾きを感じていなかった人の約28%が、3か月たっても乾きを感じていて、本人の感じ方では、長引く人は思ったより多いことになります。

 

夜の光がにじむハロー・グレア

夜道で対向車のライトがにじんで見えるイラスト

夜、車のライトや街灯のまわりに光の輪が見えたり、ギラギラにじんで見えたりするのが、ハロー・グレアと呼ばれる症状で、多くの人は3〜6か月ほどで気にならなくなるとされています。

これとは別に、光そのものをつらく感じる症状もあり、2023年に発表された海外の調査では、近視のレーシックを受けた人の5.3%が、手術から2週間〜6か月のあいだに目薬などの治療を必要としていました。

サングラスの噂を笑えない人たち

手術のあと1週間ほどは、外出のときに保護用の眼鏡やサングラスをかけるよう、クリニックから案内されることがよくあります。

ただ、まぶしさが何年も残った人にとっては、夜道ですれ違う車のライトひとつが、毎日の小さな恐怖になることもあります。

サングラスの噂がいつまでも消えないのは、そういう人が実際にいるからなんですよね。

海外の10年調査で5人に1人が再手術

5人に1人が再手術を受けたことを表す図

「結局、元の視力に戻る」、つまりよくなった目が手術前の近視へ少しずつ戻っていくという話は、手術を受けた本人たちの口からもよく聞かれます。

手術で治した分が戻ったのか、目そのものの近視があとから進んだのかは、本人からは見分けがつきにくく、どちらも「戻った」と感じられるんです。

近視でレーシックを受けた人を10年追いかけた2008年の海外の研究では、近視は1年ごとにわずかずつ戻り、10年のあいだに5人に1人ほどが追加の手術を受けていました。

日本白内障屈折矯正手術学会によると、追加の手術が必要になるほどの戻りは手術から半年以上たってから出てくることが多く、数年後に出てくることもあります。

 

削り直せる回数には限りがある

視力が落ちたら、もう一度削って調整する再手術という選択肢もあります。

ただ、角膜は削ったぶんだけ薄くなり、再手術をするにも十分な厚みが残っていることが条件です。

20代で受けて、10年、20年たって近視が戻ってきたときに、もう一度削れるだけの厚みが残っているとは限りません。

角膜の変形とレーシック難民の正体

ネットで語られるレーシックの怖い話には、ただの噂では済まないものもあります。

 

何年もたってから角膜が突き出してくる

正常な角膜と前へ突き出した角膜を比べた図

手術から何年もたったあとで、角膜の真ん中が薄くなり、前へ突き出すように形を変えていく、という話です。

円錐角膜は、角膜の真ん中が薄くなって前へ突き出していく病気で、レーシックのあとに同じような変形が起きたものは、角膜拡張症と呼ばれる実在の合併症です。

日本白内障屈折矯正手術学会は、数年たってから角膜の形が変わって乱視が強くなってくることがあり、進んでしまうと簡単には治せなくなる、と説明しています。

程度が強くなると眼鏡では見え方を直しきれず、ハードコンタクトレンズが必要になることも。

学会によると、起きるのは0.1%未満のまれな合併症で、早く見つかれば紫外線を当てて角膜を固める治療で進行を止められる可能性があるため、手術のあとも年に1回の検査が勧められています。

 

レーシック難民と呼ばれた人たち

レーシックを語るときにどうしても出てくるのが「レーシック難民」という言葉で、2012年には不調に悩む人たちのNPOが会見を開いたと報じられ、国会でも2013年から取り上げられてきました。

2014年の国会では、ある議員が、難民と呼ばれた人たちの置かれた状況をこう説明しています。

ほかの眼科へ行っても「気のせいじゃないの」と相手にされず、健康保険のきかない自由診療だから「それは自己責任でしょう」と扱われてきた、と。

目がつらいうえに、相談できる場所がどこにもないから「難民」だったんです。

いまでも日本白内障屈折矯正手術学会は、アフターケアは手術を受けた病院で続けるのがよいとしたうえで、すべての病院でレーシックのアフターケアができるわけではない、と認めています。

ICLは第2のレーシックになるのか

最近よく名前を聞くのが、角膜を削らずに目の中へ小さなレンズを入れるICL(眼内コンタクトレンズ)です。

虹彩の後ろにレンズを入れるICLの図

レーシックができないほど近視が強い人や、角膜が薄い人も受けられるうえ、何かあったときにはレンズを取り出せるのが大きな違いになります。

その「取り出せる」で実際にどこまで元に戻るのかは「ICLで後悔する人もいる?受けた人が絶賛する理由と落とし穴」に詳しく書きました。

角膜にふたを作らない新しい手術、SMILE Proの悪い口コミや角膜拡張の話は「SMILE Proの悪い口コミは?角膜拡張や再手術まで知っておきたいこと」にまとめています。

ただ、ICLは目の中を開ける手術なので、感染を防ぐ対策が欠かせません。

手術のあとも翌日、1週間、1か月、3か月、半年、1年と、1年のあいだに何度も通うのが前提で、日本眼科学会のガイドラインでは、受けられるのは原則21歳から45歳までとされています。

 

レーシックと同じ順番で広がっている

芸能人やインフルエンサーの手術報告が次々に話題になり、「早く受ければよかった」という声が先に広がっていく流れは、ネットの情報をきっかけに手術を決める人が多かったころのレーシックとよく似ています。

レーシックのときも、手術の直後に分かるのは「よく見えるようになった」ことまでで、近視の戻りや角膜の変形は、半年、数年とたってから見えてきました。

ICLにはレンズを取り出すという逃げ道がありますが、何十年も目の中にレンズを入れておいた人の結果がそろうのは、まだこれから。

しかも、どちらも自由診療で、10年後も同じクリニックが同じ場所で、同じように診てくれるとは限りません。

日本眼科学会のガイドラインも、手術のあとは長く経過を見守ることが望ましいとしているので、10年後に誰が自分の目を診てくれるのかまで考えておきたいところです。

 

コンタクト代との比べ方

「コンタクト代を考えれば元が取れる」という勧め方は、計算としてはたしかに成り立ちます。

ただ、費用はクリニックや近視の強さでかなり変わりますし、手術のあとの定期検査にもお金はかかるもの。

近視を治した目は、老眼が来ると手元用の眼鏡が要るようになることも多いので、浮いたはずのコンタクト代は、思ったほど手元に残らないかもしれません。

 

難民にならないために聞いておきたいこと

クリニックで説明を受けるときは、次のことを聞いておくと、10年後の自分を守る材料になります。

  • 自分の角膜の厚みと近視の強さで、手術に向いているか
  • ドライアイや光のにじみが出たときの通院と費用
  • 近視が戻ってきたときの再手術の考え方
  • 手術前の検査データを渡してもらえるか

この記事で参考にした資料

手術件数の減少と消費者庁の注意喚起について

手術の基準と合併症について

角膜拡張症とレーシック難民について

眼科医の手術率と視力の戻りについて

なお、この記事は医療の専門家が書いたものではないので、手術のあとに目の乾きや痛み、夜の光のにじみが続くときは、ひとりで様子を見ずに、手術を受けた病院や近くの眼科で診てもらってください。

手術の日に何も起きなくても、何年もたってから分かることがある以上、迷ってしまうのは当たり前のことなんですよね。