2026年10月8日、モンゴル東部の自然保護区で起きた草原火災は、8日間燃え続けて保護区のおよそ8割を焼きました。

火元とされているのは日本人幹部らが乗っていた車で、その幹部たちの会社は、auでおなじみのKDDIの子会社でモンゴル最大の携帯電話会社「モビコム」です。

しかも現地の報道によると、火がまだ燃えていた10月12日の時点で、幹部たちは地元の警察で事情を聞かれたあと、呼び寄せた弁護士と一緒に、もう首都ウランバートルへ戻っていました。

会社側は「通信網の調査をしていた」と説明していますが、研究者でさえ簡単には入れない保護区の奥へ、社長と幹部がそろって通信の点検に出向くなんて、本当にあるのでしょうか。

尾瀬ヶ原がまるごと燃えたらと置きかえてみると、怒りたくなる気持ちも、会社の説明をうのみにできない気持ちも、よく分かりますよね。

何が燃えたのか、なぜ「通信の点検」がおかしいと言われているのか、そして釣りが目的だったという噂がどこから出てきたのかを、報じられている事実から順番にたどっていきます。

モンゴルの保護区で起きた草原火災

火が出たのは、モンゴル東部ドルノド県にある「ヌムルグ厳重保護区」で、中国の内モンゴル自治区との国境に近い場所です。

最初の通報は当日の昼前で、場所は保護区の中でも立ち入りがいちばんきびしく制限され、火の出やすい秋には入ること自体が禁じられている「核心区域」でした。

乾ききった秋の草原に強い風が吹きつけ、火はあっという間に広がって、10月16日の朝になってようやく完全に消えました。

 

焼けた広さは、東京都のおよそ2.4倍にあたります。

モンゴル側は3つの県から消火にあたる人たちを出し、国境の向こうの中国も、火がモンゴル側から越えてこないよう大勢の隊員を国境沿いに並べて備えました。

車の下で枯れ草が燃える仕組み

一行は5台の車で保護区に入っていて、現地の報道によると、日本人幹部が乗っていた日産のパトロールという大型の四輪駆動車の下に、乾いた草が大量にからまって火がついたとみられています。

車の下には排気ガスをきれいにする部品があり、走り続けるとそこがとても熱くなるので、道のない草むらを走れば、からまった枯れ草に火が移りかねません。

5台のうち1台は、そのまま燃えてしまったと伝えられています。

 

一度焼けたら戻りにくい手つかずの自然

ヌムルグは1995年に厳重保護区に指定された場所で、人の住む集落から90キロ以上も離れた、人の手がほとんど入っていない土地です。

トナカイやヘラジカ、ヒグマ、カワウソ、オオカミなどが暮らし、ここにしかない植物も生えていましたが、研究者たちは「もう元には戻らない」と肩を落としていると報じられています。

その日、許可を取って保護区で取材していた現地のテレビ記者は、押し寄せる火から逃げた動物たちが中国側へ向かっていくのを見たそうです。

火が燃えていた8日間に起きていたこと

  • 10月8日の昼前 核心区域で出火・最初の通報
  • 10月8日の出火後 幹部らが地元ハルハゴル郡の警察署で事情を聞かれる
  • 10月11日 日本のKDDIがモビコムから報告を受ける
  • 10月12日までに 幹部らが弁護士と首都ウランバートルへ戻ったと報じられる
  • 10月14日 越智CEOの謝罪の動画がFacebookに載る
  • 10月16日の朝 火が完全に消える

日本の親会社が知ったのは火が出て3日後で、幹部たちが首都へ戻ったのは、保護区の草原と森がまだ燃え続けている最中でした。

そのあいだもずっと、国境の向こうでは中国の隊員たちが、火が国境を越えてこないよう見張りを続けていました。

通信の点検がおかしいと言われる理由

「通信の点検で保護区に入った」と聞いて真っ先に浮かぶのは、「なぜあんな奥まで?」「なぜ社長たちが自分で?」という疑問ですよね。

この2つの疑問は、許可がどう取られていたのかと、車に誰が乗っていたのかを知るほど、かえって大きくなっていきます。

記者は1年半、一行は司令官1人の許可

旅行ガイドのロンリープラネットによると、ヌムルグに入るには、国境地帯に入るための許可と、保護区を管理する役所の許可の2つが要り、保護区の許可はふつう生物学の研究者にしか出されず、中は馬で回らなければならない場所です。

その日に保護区で取材していた記者も、入る許可を取るまでに1年半かかったと話しています。

 

ところが幹部たちの一行は、国境警備隊の現場の司令官1人の許可で、5台の車のまま保護区の奥まで入っていたと報じられました。

その許可は口頭だけだった、という現地の報道まであるほどです。

国境の警備を担う国の役所・国境警備総局は、モビコムの経営陣らに出した許可の根拠として国境法を挙げていますが、その国境法では、国境地帯への許可は署名と印のある文書で出すと決めています。

そしてもう1つの、保護区を管理する役所の許可については、その記者が「何の許可も持たずに入った」と話しています。

社長と幹部2人がそろっていた

KDDIはメディアの取材に、保護区に入っていたのはモビコムの越智康博CEO(最高経営責任者=社長にあたる人)と幹部2人だったと認めています。

現地の報道では、5台の車には、この役員3人のほかに地元の住民2人と、元国会議員の弟だといわれる人物も乗っていたそうです。

電波の届き具合を確かめるだけなら、現場の技術者で足りるはずです。

それなのに、社長と幹部、地元の住民、政治家の親族までそろっていたから、「点検にしては顔ぶれがおかしい」と言われるわけです。

モビコムとKDDIの説明に副首相が反論

モビコムとKDDIは、保護区に入った理由と許可について、それぞれ次のように説明しています。

  • モビコム=通信網を整える可能性を調べるため、現地を確かめていた/国境警備当局から正式な許可を得て入った
  • KDDI=目的は4G(携帯電話の電波)の通信試験/国境地域への立ち入りは、国境警備の機関へ前もって知らせていた

2社が「許可を得た」「知らせていた」と言っている相手は、どちらも国境警備の側だけで、保護区を管理する役所の許可を取ったとは、モビコムもKDDIも言っていません。

国境の警備所を4Gでつなぐ仕事は実在した

モビコムが国境で通信の仕事をしていたのは事実で、現地紙のUrug(ウルグ)によると、国境警備隊の警備所を4Gの電波でつなぎ、国境の検問所にも光ファイバー(インターネット用のケーブル)を引いていたとされています。

国境警備総局が13人に出した国境地帯の許可も、その検問所の開通式に出るためのもので、開通式は火が出る1〜2日前に開かれ、モビコムの役員が国会議員と一緒に出席していたと報じられました。

 

本当にある仕事だからこそ、「通信の仕事で来た」と言われれば、いったんは通ってしまう説明でもあります。

でも開通式が終わったあとも地元に残り、許可の最終日の8日に、研究者でさえ馬で入る核心区域まで車で入っていった理由までは、開通式では説明がつきません。

 

副首相が否定した100キロの光ファイバー

では、なぜ奥まで入ったのか。

その理由として伝わったのが、保護区の側にあるヌムルグの国境警備所へ、モビコムが光ファイバーを100キロ引くという計画でした。

中国の国営通信社・新華社通信によると、この計画には、モンゴルの役人や現地メディアから「技術的にもお金の面でも筋が通らない」という疑問が出ているそうです。

ノムトイバヤル副首相も10月14日、政府庁舎での説明で、そんな話は聞いたことがないと答えました。

副首相はドルノド県から選ばれた国会議員を8年務めた人で、その警備所のインターネットは議員だった当時に自分のお金で引いたものだとしたうえで、100キロのケーブルを引く必要はないと話しています。

電波で警備所をつなぐ仕事はしていても、奥へ入る理由にされたケーブルの話は、地元をよく知る副首相に否定されてしまったんです。

1時間ごとに書き換えられた声明

現地紙のUrugは10月13日、モビコムの声明が1時間ごとに書き換えられた、と書いています。

そうして伝わったモビコムの声明は「工事の引き渡し、通信網の点検や改善、新しい通信網の可能性を調べる途中で車から火が出た」というもので、新華社通信によると、会社はこの火事を「業務中の事故」と呼んでいます。

そして親会社のKDDIが日本のメディアに答えた目的は、「4Gの通信試験」でした。

 

「仕事で入った」という説明は、モビコムがモンゴルで言っているだけでなく、親会社のKDDIが日本の取材にもそう答えている、公式の説明なんです。

もし釣りが目的だったと分かれば、モビコムの言い分が崩れるだけでなく、KDDIが日本で答えた説明までまるごと崩れてしまいます。

点検なのか、調査なのか、試験なのか、2社の言い方がそろわないままでは、日本の親会社の説明まで信じていいのか分からなくなってしまいますよね。

釣りが目的だったという噂の出どころ

「レジャーが目的だったのでは」という疑いには、もとになった報道があります。

モンゴルのネットメディア「Eguur News」は、情報源の話として、一行が絶滅の危機にある大型の淡水魚、アムールイトウ(タイメン)を釣ろうとしていたと伝え、中国の新華社通信もこの報道を引きました。

アムールイトウはどんな魚?

アムールイトウは、サケの仲間ではいちばん大きくなるとされる魚で、1メートルを超えるものもいる、川の主のような魚です。

モンゴルでは絶滅のおそれがある魚のリストに載っていて、世界中の釣り人が一度は釣ってみたいと憧れる「幻の魚」として知られています。

3つの噂を材料で分ける

ネットでは釣りのほかにも、一行が酒を飲んでいた、わいろを渡して入った、けんかをした、狩りをしていた、さらには日本のスパイが機器を仕掛けに行った、といった話まで出回りました。

いま出回っている見方を、裏づけになる材料で分けるとこうなります。

  • 通信の仕事だった=そう言える理由は、警備所を4Gでつなぐ仕事の実績と、直前の開通式/まだ説明できていないのは、保護区の許可と、核心区域の奥まで入った理由
  • 釣りが目的だった=そう言える理由は、現地メディアの情報源の話・許可の最終日に奥へ入ったこと・地元の住民と元国会議員の弟が同行していたこと/まだ出ていないのは、釣り道具などの物の証拠と警察の結論
  • 酒・わいろ・けんか・狩り・スパイ=そう言える理由は見当たらない/国境警備総局は酒・わいろ・けんか・狩りの話を事実ではないと否定し、スパイ説はXの英語の書き込みにとどまる

国境警備総局のこの否定は、開通式に出た国会議員と許可を出した司令官が火事のとき現場にいなかった、という話と一緒に出されたもので、アムールイトウの釣りまで打ち消したのかは分かりません。

 

通信の仕事という説明が答えられていない「なぜ最終日に、地元の住民と一緒に、核心区域の奥まで」という部分に、ぴたりと当てはまってしまうのが、釣りという報道です。

多くの人が釣りを疑うのは、当然の流れなんですよね。

 

止められずに奥まで進めた理由

では一行は、なぜ研究者にしか許可が出ない場所へ、5台の車で入っていけたのでしょうか。

手元にあったのは、国境の門を開け閉めできる現場の司令官の許可で、直前には国会議員と並んで開通式に出ていました。

車の中には、元国会議員の弟とされる人物と、地元をよく知る住民2人。

門を開けられる人の許可を持ち、政治家の親族と道を知る地元の人を乗せた車列を、核心区域の手前で止めた人は、誰もいませんでした。

モビコムと越智康博CEOのプロフィール

モビコムの公式サイト
引用元:モビコム公式サイト(https://www.mobicom.mn/)
  • 社名=モビコム(Mobicom)
  • 本社=モンゴルの首都ウランバートル
  • 設立=1996年(モンゴルの企業グループのニューコム、住友商事、KDDIの3社が出し合って設立)・モンゴルで最初の携帯電話会社
  • KDDIとの関係=2016年からKDDIの子会社・株式の98.8%をKDDIが持つ
  • 契約者=約180万人(モンゴルの人口は約350万人)
  • CEO=越智康博(KDDIから送り込まれた社員=出向・2026年4月1日に就任)

人口の半分ほどにあたる契約を持つ、モンゴルの暮らしに欠かせない通信会社の社長が、就任してまだ半年あまりで、今回の火事の現場にいました。

越智CEO以外の幹部2人が誰なのかは明かされておらず、KDDIも幹部以外の同行者についてはコメントを控えていて、謝罪の場に立っているのは、今のところ越智CEOだけです。

自然を守ると約束していた親会社

親会社のKDDIは2023年6月、自分たちの事業が自然にどんな影響を与えているかをまとめた報告を、国内の通信会社として初めて出しています。

その報告には、景色をこわさないよう基地局を小さく造ること、海底ケーブルはサンゴ礁を避け、ウミガメが卵を産む時期を外して敷くことが書かれています(対象はKDDI自身の事業)。

あわせてKDDIは、2030年までに陸と海の3割を守る国の取り組み「30by30」の仲間にも加わったと発表しました。

ウミガメの産卵の時期まで気にかけると約束した会社の子会社で、その社長の一行が、厳重保護区の8割を焼いた火事の現場に、実際にいたんです。

モビコム幹部の責任と賠償はどうなる

越智CEOは10月14日、本社で撮った謝罪の動画をFacebookに載せて、自然の回復に責任を持つと話しましたが、モンゴル政府は謝罪だけで終わらせるつもりはないようです。

テムーレン法務・内務相(警察などを受け持つ大臣)は、モビコムの職員と、国境の検問所を管理する部門の関係者に責任を取らせ、国が受けた損失を賠償させると発表しました。

いまは警察が調べを進めている段階です。

 

現地の報道によると、不注意で大きな火事を起こした場合は1年から5年の拘禁刑(刑務所などに入れられる刑)で、保護区で許可なく動物をとっていた場合は、それとは別に責任を問われることもあるそうです。

KDDIは、モビコムが当局の調べに協力できるよう支えていくとしたうえで、現地での試験の手順と安全管理のしくみを根本から見直すと約束しました。

中国の新聞・環球時報も論評で、国境で警戒にあたった中国にも謝るべきだと主張していて、責任を問う声はモンゴルの外にも広がっています。

奥まで入っていいと言ったのは誰か

会社は国境警備当局から正式な許可を得たと言い、国境警備の側は、許可は開通式のためのもので、許可を出した司令官は現場にいなかったとしています。

けれど、司令官が現場にいなかったことと、司令官が許可を出したことは別の話で、保護区の奥まで車で入っていいと誰が実際に言ったのかには、まだ誰もはっきり答えていません。

 

モンゴルの弁護士は現地紙Urugで、地元の人が迷った馬を探して国境を越えれば違反者になるのに、力のある人が珍しい動物を求めて保護区に入るのは当たり前のことなのか、と問いかけています。

同じ記事は、乗っていた人だけでなく、許可を出した機関や、見張るべき立場の役人の責任についても、それぞれきちんと調べるべきだと求めています。

力のある人の車だけが奥まで通れてしまう、その仕組みこそが、この火事でいちばん怖いところなのかもしれませんね。