2026年10月、「ある女優が映っている」とされる性的な動画の話が、Xで一気に広がりました。

本人の動画なのか、AIで作ったディープフェイクなのか。

「ホクロの位置まで同じだから本物だ」「いまのAIならホクロくらい作れる」と、言い合いだけが続いて、決着はつかないまま。

ただ、顔を勝手に使われた性的な偽物の被害は、芸能人ではないふつうの女の子たちにも、すでに起きています。

2024年8月、韓国の女子学生が日本語で書き込んだ投稿が、日本でも大きく広がりました。

顔写真さえあれば、芸能人でなくても「脱がされる側」になりうるのが、いまのディープフェイクです。

しかも、話題になったホクロについて、専門家の見分け方が見ているのは「位置が同じか」ではなく、「肌になじんでいるか」でした。

ディープフェイクは本物そっくりの偽物

ノートパソコンに映る女性の顔に点と線の網が重なり、隣の画面で同じ顔が作り出されていく様子

ディープフェイクは、AIに人の顔や声をたくさん覚えさせて、本物そっくりの偽の映像や音声を作る技術のことです。

大量のデータから特徴をつかんでいくAIの学び方「ディープラーニング」と、「フェイク(偽物)」を合わせた言葉。

以前は本人の写真や動画をたくさん集める必要がありましたが、2024年9月には韓国で「顔写真から5秒で性的な動画が作れる」と報じられるほど、手軽なものになっています。

 

まねされるのは顔だけではありません。

声や話し方、歌い方まで本人そっくりに作れるので、歌手になりすました偽物の曲も大量に出回っています。

そして、ディープフェイクのなかでいちばん多いのが、性的な映像。

2019年にオランダのセキュリティ会社が調べたところ、ネットで見つかったディープフェイク動画1万4,678本のうち、約96%が本人の同意のない性的な映像で、その対象はほぼすべてが女性でした。

ホクロや声はどこまで作れるのか

ホクロと声は、今回の騒ぎで「本物だ」という人たちが頼りにしていた2つの手がかり。

ところがどちらも、いまのAIなら、思っている以上にそっくりにまねできてしまうのです。

ホクロの位置まで再現できるのか

性的なディープフェイクの多くは、アダルト動画に出ている別の女性の体に、狙った人の顔を貼りつけて作られます。

ただ、作り方はひとつではなく、映像のホクロがどう映るかは作り方しだいです。

  • 顔だけを差し替える方式=首から下は、元の動画に映っている別の女性のまま
  • 写真から全身を作る方式=顔も体もAIが一から描く

顔だけを差し替える方式なら、腕や首は元の出演者のものなので、ホクロも元の出演者のホクロ。

本人と同じ場所にホクロをつけるには、公開されている写真を見ながら、あとから描き足すことになります。

 

一方で、写真から全身を作る方式なら、本人の写真に写っているホクロも、まとめて描かせることができます。

つまりホクロが合っていることは、「本物だから合っている」とも、「本人の写真をよく調べて作ったから合っている」とも読めてしまいます。

ホクロだけでは、本物か偽物かは決められないのです。

 

声も数秒の録音でまねられる

今回の騒ぎでは、「声が本人だから本物だ」という投稿も。

ところが声も、いまは短い録音からまねられるようになっています。

2023年1月にマイクロソフトが発表した音声のAIは、3秒の声があれば、その人の声色や話し方を再現できるとされていました。

 

2024年2月には香港で、ビデオ会議に出てきた上司や同僚が全員、顔も声もAIで作られた偽物だったと気づかず、会社の財務担当者が約2億香港ドル(約38億円)を振り込んでしまう事件が明らかになりました。

知らない番号から電話がかかってきて、「もしもし」と答えたその声が、家族をだますための材料になるかもしれない。

声が似ているかどうかも、本物かどうかの決め手にはなりにくくなっています。

声については、聞き分けるより確かめるほうが確実。

家族からお金の話の電話がきたら、いったん切って、登録してある番号にかけ直す。

アメリカのFBIも2024年12月、AIを使った詐欺への注意を呼びかけるなかで、家族だけが知っている「合言葉」を決めておくよう勧めています。

本物と偽物を見極める手がかり

スマホに映る女性の顔の動画を虫めがねでのぞきこんで確かめる手元

ホクロも声も決め手にならないとなると、見る側にできることは何もないようにも思えてきますよね。

では、今回のような動画は、どうすれば本物か偽物かを見極められるのでしょうか。

白黒をつけるのに要る4つの材料

白黒をつけるのに本当に必要なのは、次の4つです。

  • 元のデータ:撮った日時や機材の記録が残っている、圧縮されていない元のファイル
  • 最初の出どころ:誰が、いつ、どこに最初に載せたのか
  • 本人や関係者の説明:本人や事務所が何と言っているか
  • 専門家の鑑定:映像を1コマずつ調べて、つなぎ目や加工の跡を探す

SNSで回ってくる短い動画で、この4つがそろうことは、まずありません。

保存と転送をくり返すと画質は落ちて加工の跡も見えにくくなりますし、最初に載せた人も、たいていは分からないまま。

ネットで白黒がつかないのは、判断に要る材料が、最初から誰の手元にもないからなのです。

 

見る側が確かめられる6つの点

4つの材料は手に入らなくても、手元の映像だけで、見る側が気をつけられる点はあります。

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが公開しているディープフェイクの見分け方では、次のような点を確かめるよう勧めています。

  • ホクロ:本物らしく見えるか(肌になじんでいるか)
  • 頬やおでこの肌:つるつるすぎたり、しわが多すぎたりしないか、髪や目と年齢が合っているか
  • まばたき:少なすぎたり、多すぎたりしないか
  • 目や眉のまわりの影:あるはずの場所に影があるか
  • 口の動き:声と口元が自然に合っているか
  • メガネ:光の反射が、顔の動きに合わせて変わるか

今回の騒ぎで話題になったホクロも、ここでは「位置が合っているか」ではなく、「本物らしく見えるか」を見る項目になっています。

2024年の末には、こんな予想も話題になっていました。

AIが新しくなるたびに、MITが挙げたような違和感は少しずつ消されていきます。

目で見て分かるのは「あやしいかもしれない」までで、「本物だ」と言い切る決め手にはならないと思っておいたほうがよさそうです。

 

元画像と公式の発表を確かめる

目で見比べるより確かな手がかりになるのが、偽物の材料に使われた元の写真。

2026年10月の騒ぎでも、7日になって、出回った写真のうちの1枚は「楽屋の鏡に向かって撮った、服を着たままの自撮りが元になっている」という指摘が広がりました。

鏡に映る向きもスマホの持ち方もそっくりで、服だけが消えているというものです。

その自撮りがいつ、どこに載ったものかまでは示されていませんが、写真から服だけを消してしまうAIのアプリは、もう誰でもスマホに入れられます。

写真ならこうして元が見つかることもありますが、短い動画の元になった映像までは、なかなか見つかりません。

 

同じ騒ぎでは、「事務所が『本人ではありません』と否定した」という声明の画像まで出回りました。

ところが、事務所の公式サイトには何も載っておらず、誰が作ったのかも分からない画像だったんです。

それでも7日の午後には、週刊誌のウェブ版までが同じ文面を引いて「声明を発表」と書きました。

翌8日の昼になっても、事務所の公式サイトにこの件のお知らせは見当たらないまま。

本人や事務所の説明は、画像で回ってきたものを信じず、公式サイトや本人のアカウントで確かめるのが、いちばん確実ですよ。

 

偽物だと証明するのは被害を受けた側

ディープフェイクのいちばん厄介なところは、「偽物です」と証明する役目が、被害を受けた本人に回ってくることです。

本人がいくら「私ではない」と言っても、「そう言うに決まっている」と受け取る人がいます。

AIが作ったかどうかを見分ける判定ツールもありますが、出てくるのは「AIらしさ◯%」という確率だけ。

今回の騒ぎでも、判定ツールの画面を貼って「AIだ」とする投稿と、「本人だ」と言い切る投稿が、同じタイムラインに並んでいました。

 

しかも、偽物が増えるほど、反対のことも起きます。

何もかもが偽物に見えてくると、本物の証拠まで「どうせAIでしょ」で片づけられてしまいます。

アメリカの2人の法学者は、この状態を「嘘つきの配当」と名づけました。

本当に悪いことをした人が、「それはAIが作った偽物だ」と言い逃れできてしまう、という意味。

偽物を作られた人は「偽物だ」と証明しなければならず、本物を突きつけられた人は「偽物だ」と言えば逃げられる。

どちらに転んでも、得をするのは嘘をつく側です。

 

そこで動き出しているのが、偽物を見破るのとは逆に、本物の側に「証明書」をつける仕組み。

マイクロソフトやアドビなどが2021年に立ち上げた「C2PA」という団体が、写真や動画のデータそのものに、いつ・どの機材で撮られ、そのあとどう加工されたかを書き込んで、あとから確かめられる仕組みを作っています。

ソニーやニコンのカメラには、撮った瞬間にこの記録を埋め込めるものも。

2025年には、グーグルのスマホ「Pixel 10」も、撮った写真すべてにこの記録をつけるようになっています。

この仕組みが広がれば、被害を受けた人が「偽物だ」と証明しなくても、記録のついていない映像は、まず疑ってかかるのが当たり前になっていくかもしれません。

ただ、いまSNSで回ってくる動画の多くには、まだこの記録がついていないのが実情です。

話題の動画のリンクを開いた先で、怪しいサイトに「ウイルスに感染しました」という警告が出て、スマホが固まってしまうこともあります。

そんなときの落ち着いた対処は、怪しいサイトでSafariが固まった時の対処法に書いていますので、気になる方は読んでみてくださいね。

リンクを貼るアカウントの狙いや、Androidとパソコンでの直し方は、Tokyomotionは危険?動画クリックでウイルス警告が出た時の対処法にまとめています。

子どもの卒業アルバムも材料になる

はじめは女優や歌手が狙われていましたが、いまは身近な人の写真が材料になっています。

警察庁によると、18歳未満の子どもの写真をAIで性的な画像に加工した「性的ディープフェイク」は、2026年1月から6月までの半年で123件。

前の年の同じ時期は60件で、半年で前の年1年分の114件をもう超えています。

 

被害を受けた子の9割は中学生と高校生で、作った側の約7割は、同じクラスや同じ学校の生徒。

2025年7月には、卒業アルバムの写真が悪用され、SNS上に252人分の性的な画像が出回っていたことも報じられています。

卒業アルバムでも、一人ひとりの顔写真を減らして集合写真を中心にするなど、作り方そのものを変える学校も出てきました。

裁判でも2026年6月、名古屋地裁が、実在する女の子の写真をAIで加工した裸の画像を「児童ポルノ」と認める判決を出したとのこと。

作った人・広めた人はどんな罪になるのか

顔を勝手に使われた側から見れば、作った人も広めた人も同じように許せませんが、法律の上では、作った人、見た人、広めた人で、問われる罪がまったく違います。

芸能人を使ったら問われる罪

では、芸能人の顔を使って性的なディープフェイクを作り、ネットに載せたらどうなるのでしょうか。

日本には、大人の性的なディープフェイクを、それだけで罰する法律はまだありません。

そのかわり、作り方や載せ方に合わせて、いまある法律をあてはめて裁くことになります。

  • 名誉毀損罪(刑法230条):本人がその映像に出ていると思わせて、評判を傷つけた場合。3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金
  • わいせつ物頒布等罪(刑法175条):性的な映像をネットで配った場合。2年以下の拘禁刑または250万円以下の罰金
  • 著作権法違反:元になったアダルト動画などを勝手に使った場合。10年以下の拘禁刑または1,000万円以下の罰金

拘禁刑というのは、2025年6月から懲役と禁錮に代わって使われている刑の名前。

 

刑事の罪とは別に、顔を勝手に使われた本人から、肖像権やパブリシティ権の侵害として損害賠償を求められることもあります。

パブリシティ権とは、有名人の名前や顔が持つ「お客さんを集める力」を守る権利。

2020年には、芸能人の顔をアダルト動画に合成してネットに載せた男たちが、実際に名誉毀損と著作権法違反の疑いで逮捕されています。

 

拡散した人はどこからアウトか

作った人だけでなく、見た人・保存した人・広めた人がどうなるのかも、気になるところですよね。

  • 見ただけ:大人の映像なら罪にはならない
  • 保存しただけ:大人の映像なら罪にはならない。18歳未満が写っていれば児童ポルノの所持で、1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金
  • 人の評判を傷つける投稿をリポスト・転載:名誉毀損として、損害賠償を求められることがある
  • 本物の私的な映像を本人に無断でSNSに載せる・大勢に回す:リベンジポルノ防止法の公表罪で、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金
  • 性的な映像を人に配る・売る:わいせつ物頒布等罪

この表を見て、ほっとした人もいるかもしれません。

ただ、今回の騒ぎのさなかの10月7日、Xでは「保存して見てるやつも全員性犯罪者」と書いた投稿に、多くの共感が集まっています。

罪にならないことと、責められないことは、同じではないんですね。

見る人がいるかぎり、作る人も広める人もいなくならない。

 

リポストの責任を考えるときによく引き合いに出されるのが、2019年9月の大阪地裁の判決です。

元大阪府知事の橋下徹が、自分を傷つける他人の投稿をリツイートしたジャーナリストを訴えた裁判で、リツイートも「投稿に賛同する表現」だとして、33万円の賠償が命じられました。

ディープフェイクの事件ではありませんが、「自分で書いていない、押しただけ」でも責任を問われることがある、という一例。

一方で、出回ってしまった映像を消してもらう仕組みは、少しずつ整いつつあります。

2025年4月1日には、大きなSNSの運営会社に削除の申し出への対応を義務づけた「情報流通プラットフォーム対処法」が施行されました。

XやInstagramのような大きなSNSは、被害を受けた人から削除の申し出があれば、原則7日以内に、消すかどうかを判断して知らせなければなりません。

 

韓国は見るだけで罪になる

お隣の韓国のルールは、日本とまったく違います。

韓国では2024年、メッセージアプリのテレグラムのグループで、知人の女性や女子学生の性的なディープフェイクが大量に作られ、回されていたことが大きな問題に。

これを受けて2024年9月に法律が改正され、性的なディープフェイクを見る・持っているだけでも罰せられるようになっています。

見たり保存したりしただけで3年以下の懲役か3,000万ウォン以下の罰金、作った人は最大7年の懲役。

投稿に出てくる日本の性的姿態撮影処罰法は、実在の人を勝手に撮ったり、その映像を人に渡したりすることを罰する法律で、AIで作った偽物は対象に入っていません。

 

アメリカでも2025年5月19日、本人の同意のない性的な画像や動画を、AIで作ったものも含めて載せること自体を罪にする「TAKE IT DOWN法」が成立しました。

SNSなどの運営会社は、被害を受けた人から求められたら48時間以内に削除しなければならず、同じ画像のコピーも探して消すよう求められています。

日本は「消すかどうかを判断して知らせる」までが7日、アメリカは「消す」までが48時間。

撮影を断れなかった女性たちの本音

夜の部屋でベッドの端に座り、スマホの画面を不安そうに見つめる女性

ディープフェイクかどうかとは別に、流出の話題になるたびに出てくるのが、「本物なら、そもそもなんで撮らせたの?」という声です。

ところが撮られた側に聞くと、望んで撮らせた人は、思っているよりずっと少ないことが分かります。

頼まれて仕方なく応じた人が半分近く

京都府が令和4年度に行った「配偶者等からの暴力に関する調査」では、配偶者や交際相手に裸や下着姿の画像を撮られたことや、持たれていたことがある女性は、10.0%でした。

撮られた理由の内訳は、こうです。

  • 頼まれて仕方なく撮影に応じた:47.0%
  • 勝手に撮影された:29.0%
  • 喜んでもらいたくて撮影に応じた:21.0%

いちばん多いのは、頼まれて断れなかった、という答え。

 

付き合っている相手に何度も頼まれると、断ることが「あなたを信じていない」と言っているようで、言葉に詰まってしまう人もいます。

断ったら機嫌が悪くなるかもしれない、せっかくの時間の空気を壊したくない、という気持ちも重なります。

「誰にも見せない」「すぐ消すから」という言葉を、好きな人の口から聞いたら、その場で疑うほうが難しいもの。

 

2割の人が答えた「喜んでもらいたくて」も、自分から撮られたかったというより、相手に応えたい気持ちから出た答え。

若い人から相談を受けることが多い人の、こんな投稿もあります。

芸能やモデルの仕事でも、同じ構図。

内閣府が令和元年度に行った調査では、モデルやアイドルの勧誘を受けたり応募したりした女性のうち、13.4%が、聞いていない・同意していない性的な撮影を求められ、そのうち38%が応じていました。

断れば仕事がなくなるかもしれない場所で、「撮らせた」と「断れなかった」の境目は、外からはほとんど見えません。

 

「愛情の表現だと思った」から相談できない

では、撮られたあとはどうしているのか。

同じ京都府の調査では、交際相手などに性的な画像を撮られた女性のうち、誰かに相談したのは16.0%だけ。

相談しなかった理由には、こんな答えが並んでいます。

  • 恥ずかしくてだれにも言えなかった:38.1%
  • 相談するほどのことではないと思った:22.6%
  • 相手の行為は愛情の表現だと思った:20.2%
  • 自分にも悪いところがあると思った:11.9%

相談しなかった人の5人に1人が、撮られたことを「愛されているから」と受け止めていたのです。

 

付き合っているあいだは、「消して」と言うこと自体が、相手の気持ちを疑うことのように感じてしまう。

別れたあとは、相手に連絡すること自体が怖くて、そのままにしてしまう人もいるでしょう。

愛情に見えていたものが、別れたあとや相手のスマホの中で、まったく別のものに変わってしまうことがあるのです。

 

警察庁のまとめでは、2023年に寄せられたリベンジポルノの相談で、被害者と加害者の関係でいちばん多かったのは、元交際相手も含めた交際相手で、48.6%でした。

高校時代のことを、いまも忘れられずにいる人もいます。

恥ずかしさと「自分も悪かった」という気持ちが、撮られた側の口をいちばん重くしています。

本物でも偽物でも、写っている女性がいちばん声を上げにくい場所に置かれてしまうところは、今回の騒ぎも、撮影を断れなかった人たちも、同じなんですよね。