韓国へ2〜3日、旅行に行ってくる。

そう言って福岡の家を出た息子のスマホの位置情報は、遠く離れたカンボジアを指していました。

福岡では、同じように20〜30代の男性約10人が、カンボジアへ渡ったまま行方がわからなくなっています。

旅行や「割のいいバイト」を入口に、日本人が東南アジアの詐欺拠点へ連れて行かれる、いわゆる「海外闇バイト」の被害が後を絶ちません。

しかも、ようやく日本へ戻れた人の中には、帰りの飛行機の中でそのまま逮捕された人たちまでいるんです。

割のいい仕事のつもりで消えた若者たち

2024年12月、愛知県の16歳の男子高校生が、オンラインゲームで知り合った相手に「海外で君の特技を生かせる仕事がある」と誘われ、日本を出ました。

行き先は、タイ。

けれど彼が連れて行かれたのは、国境の向こうにあるミャンマー側の詐欺拠点でした。

そこで警察官を装って日本へ詐欺の電話をかけさせられ、同じ施設にはほかにも日本人8人がいたといいます。

彼がタイ側の町メーソートで保護されたのは、2025年2月12日のことです。

 

2026年9月30日には、タイ西部の国境地帯で、日本人の大学生2人が保護されています。

入口はSNSの「高収入」の求人で、タイの警察によると、日本人の仲介役から「休暇中にできる高収入のアルバイトがタイにある」と誘われていました。

2人もタイへ渡ったあと、ミャンマー側の拠点へ連れて行かれています。

観光で気軽に行けるタイのすぐ隣に、詐欺の拠点があるんです。

2025年5月に日本人29人が拘束されたカンボジアのポイペトの拠点も、タイとの国境の町にありました。

 

塀に囲まれた詐欺の街

ミャンマーの国境の町ミャワディの近くにある「KKパーク」と呼ばれる拠点には、塀の内側に250棟を超える建物が並んでいました。

拠点というより、ひとつの街です。

こうした拠点で詐欺を強いられている人は、国連の2026年2月の報告で30万人を超え、出身は66か国にのぼります。

人を仕入れて売るマフィアの考え方

こうした街を動かしているのは、表向きはまっとうな会社の顔をした組織。

いわば、スーツを着たマフィアです。

2025年10月、アメリカは、カンボジアの大企業グループ「プリンス・グループ」が詐欺拠点を運営していたとして制裁の対象にし、アメリカ国内の資産を凍結しました。

あわせて司法省は、グループのものとされるビットコイン約150億ドル分、日本円で2兆円を超える額の没収を求める手続きに入っています。

グループを率いていた中国生まれの陳志(チェン・ジー)は、2026年1月にカンボジアで捕まり、中国へ送られたと伝えられています。

ミャンマー側で拠点に土地を貸し、警備まで引き受けていたのは、カレン民族軍(旧カレン国境警備隊)という武装勢力です。

アメリカ財務省は2025年5月、この勢力を国際犯罪組織に指定しました。

 

渡航費は人を仕入れる元手

日本の中には、拠点へ人を送り込む紹介役もいます。

愛知県警が逮捕した30歳の男は、21歳の男性を「かけ子」(詐欺の電話をかける役)としてカンボジアの拠点へ紹介し、1人あたり100万円以上の報酬を得ていたとみられています。

紹介役に100万円を払い、航空券とホテル代も出して、それでも元が取れる。

日本では2025年の1年間に、特殊詐欺とSNSを使った詐欺で3,241億円がだまし取られました。

それだけのお金が動く国の言葉を話せる若者は、拠点にとって稼ぎ頭になり得る「商品」。

だから、「渡航費は全部こっち持ち」は親切ではなく、人を仕入れるための元手です。

国連の報告によると、思うように稼げない人は値段を付けられ、別の拠点へ売られていきます。

1人の人間から、取れるものを最後まで取り尽くす。

それが、この組織の考え方なんです。

逃げ道のない詐欺拠点の1日

鉄格子の窓がある薄暗い部屋に、固定電話とヘッドセットが並ぶ長い机

着いたその日に、パスポートと携帯電話を取り上げられる。

建物の窓には鉄格子がはまっていた、と戻った人は話しています。

日本経済新聞が衛星写真などで分析したミャンマーの拠点は、高い塀と見張り台に囲まれ、正門は1か所だけ。

そして塀の上の有刺鉄線と監視カメラは、内側を向いていました。

敷地の中にはバスケットボールコートや食堂、医療施設まであって、外へ出なくても暮らしが回るように作られています。

 

ごほうびと見せしめで縛る

国連の報告によると、働く時間は1日19時間にもなり、成績の悪いチームは朝礼でみんなの前で痛めつけられることもあります。

その一方で、詐欺に成功すれば酒や食事のごほうびも出る。

罰で縛るだけでなく、ごほうびで「あと少し頑張れば」と思わせる。

逃げようとする気持ちは、こうして少しずつ削られていきます。

指示に背いた日本人が、爪を剥がされた。

カンボジアから戻った人たちは、そう話しています。

 

家族まで人質にする脅し

拠点は家族に数万ドル(数百万円)の身代金を求め、ビデオ通話で暴行の様子を見せて脅すこともあります。

9月30日に保護された大学生2人も、拒めば日本の家族にも危害を加えると脅され、「帰国したければ身代金を払え」と言われていました。

逃げたら家族がどうなるかわからないと思わされたら、塀がなくても人は動けなくなります。

国連は被害者と呼び日本では逮捕される

国連の人権高等弁務官は2023年8月、拠点で詐欺を強いられている人たちについて「彼らは被害者であり、犯罪者ではない」と述べました。

ところが日本では、だまされて連れて行かれた人でも、罪に問われることがあります。

カンボジアで拘束された29人が日本へ移送されたのは、2025年8月20日。

飛行機が日本の領空に入ったその時点で、29人は機内で逮捕されました。

メーソートで保護された16歳の高校生も、帰国からおよそ3か月後の2025年5月に、三重県の男性から約990万円をだまし取った疑いで逮捕されています。

その少年が日本で最後にどんな処分を受け、一緒に電話をかけていた大人たちにどんな判決が出たのかは、海外闇バイトで捕まった日本人に待っていた判決のほうで書きました。

 

電話の向こうにいた日本の被害者

拠点から電話を受けていたのは、警察官を名乗る声を信じてお金を渡してしまった、日本に暮らす人たちです。

被害が日本で起きている以上、拠点が海外にあっても、日本の警察は捜査します。

「お金につられて自分から行ったんだから」と思う人も、きっといますよね。

実際、自分から加わった人もいれば、だまされて連れて行かれた人もいて、事情は一人ひとり違います。

それでも、連れて行かれた先で被害者になり、帰ってきたら加害者として扱われる人がいる。

そこに、この闇バイトのむごさがあります。

誘い文句とそれでも乗ってしまう理由

夜のベッドで若者がスマートフォンの光る画面をじっと見つめている様子

外務省や大使館がこれまでに挙げてきた誘い文句は、どれもよく似ています。

  • 短期で高収入
  • 未経験歓迎
  • リスクはあるけど稼げる
  • 航空券も現地のホテル代も自己負担なし

カンボジアに渡った20代の日本人は、「月2000ドルの保証給に衣食住完備。条件に目がくらみました」と話し、いまの気持ちを「後悔しかない」と語っています。

お金や仕事に困っていて、ほかに道が見えないときに届く「海外で新しい人生を」という一言は、外から見るよりずっと甘く聞こえるものです。

返済が迫っていたり、仕事が続かなかったり、家に居づらかったり。

そんなときなら、うまい話だと薄々わかっていても、すがりたくなるのではないでしょうか。

家族が海外へ行ってしまったら

夜の食卓で母親がスマートフォンを握りしめ、連絡を待っている後ろ姿

子どもや兄弟から「海外でいい仕事が見つかった」と聞かされたら、心配で頭が真っ白になってしまうかもしれません。

タイ西部で保護された大学生2人は、家族を通じて助けを求め、日本大使館がタイの警察に救出を頼んだことで保護されました。

家族の動きが、本人を連れ戻す糸口になることもあるんです。

 

連絡がつくうちに聞いておきたいこと

本人とまだ連絡が取れるうちに、次のことを聞き、やりとりの画面も残してもらいましょう。

  • 行き先として聞いている国と都市
  • 出発の日と飛行機の便
  • 会社の名前と、誘ってきた相手の名前やアカウント
  • パスポートの番号(控えがあれば)

止めたい気持ちをいったんこらえて、行き先や相手のことを聞き出しておくと、あとで家族が動くときの手がかりになります。

 

連絡が取れなくなったときの相談先

連絡が途絶えたら、外務省の窓口と地元の警察の両方へ相談してください。

  • 警察相談専用電話:#9110
  • 外務省 領事サービスセンター:03-3580-3311(代表)につながったら内線2902・2903
  • 在タイ日本大使館 領事部(日本からかける場合):+66-2-207-8502
  • カンボジア・ミャンマーなどの日本大使館:外務省「在外公館リスト」

届いた話が気になったら、外務省の海外安全ホームページに実際の誘い文句が載っているので、見比べてみてください。

旅行の誘いのような明るい言葉の先に、塀の内側と、帰りの機内での逮捕が待っているんですよね。