週刊少年ジャンプには、昔からあの鳥山明でさえ、担当の編集者にダメ出しをされていたという話が残っています。

その裏側にあるのが、こんな独自のルールです。

  • 新人の新連載に賭ける
  • 連載の行方は読者アンケートをもっとも重視して決める
  • 投稿作は入ったばかりの新人編集者から先に選べる

『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』といった大ヒット作を生んできたジャンプ編集部は、なぜこんな独自のルールを愚直に守り続けているのでしょうか。

じつはそのルールのいくつかは、ライバル誌に大きく出遅れていた1968年の創刊のときの台所事情から始まっています。

1968年創刊のジャンプが新人に賭けた理由

出版社の編集部の受付で、若者が封筒から出した漫画の原稿の束を若い編集者が笑顔で受け取っている様子

週刊少年ジャンプは、1968年7月11日に「少年ジャンプ」として創刊され、翌1969年に週刊になった雑誌です。

そのころには、1959年創刊の「週刊少年マガジン」と「週刊少年サンデー」が先に走っていて、後発のジャンプは9年遅れの苦しいスタート。

のちに編集長になった中野博之は、2018年のインタビューで当時の事情をこう振り返っています。

  • 創刊当時、人気作家たちは既に他誌に囲われていました。そのため、ある意味仕方なく『新人作家の新連載に賭ける』という方針を取った

ジャンプを出している集英社はいまも、この将来性のある若い作家を発掘し、育成していくスタイルを、ジャンプの柱のひとつとして掲げています。

 

苦肉の策が653万部につながるまで

こうして背水の陣で始まった「新人主義」から、のちに雑誌の屋台骨となる看板作品が次々に生まれていきます。

世界を熱狂させた『ドラゴンボール』の鳥山明も『SLAM DUNK』の井上雄彦も、ジャンプへの投稿や新人賞から世に出た描き手。

そうした若い才能の連載がずらりと並んだ1994年12月20日発売の1995年3・4合併号では、漫画雑誌として過去最高の発行部数653万部という金字塔を打ち立てました。

2018年の時点でも、編集部に作品を持ってくるのは「多くが10代から20代前半の若い作家さん」だと、編集部員の村越周が話していました。

『ドラゴンボール』を担当した名物編集者の鳥嶋和彦も、作家とはまだ何色にも染まっていない新人で若いうちに出会いたいと語っていて、経験を積むとそれぞれのやり方や癖が身についてしまうからだそうです。

小学生が選んだ友情・努力・勝利

「友情・努力・勝利」という合言葉は、創刊編集長の長野規が考えたスローガンとして知られています。

もとになったのは、長野が以前に編集長をしていた集英社の月刊誌「少年ブック」で、小学4・5年生に取ったアンケートだとされています。

  • いちばん心あたたまる言葉=友情
  • いちばん大切に思う言葉=努力
  • いちばんうれしい言葉=勝利

ジャンプの看板になった言葉は、子どもたち自身がアンケートで選んだ答えから生まれていたわけですね。

いまのジャンプは作品のジャンルや幅がずっと広がりましたが、この3つがまっすぐ詰まった王道の物語がいちばん好きだと胸を張る大人の読者もいます。

連載の行方を決める読者アンケート

編集部の机に読者から届いたはがきが山のように積まれ、編集者が何枚かを手に取って読んでいる様子

いまのジャンプ編集部で、連載の行方を左右する読者の声をいちばん直接に聞いているのが、はがきやアプリで届く毎号の読者アンケートです。

集英社の公式の説明では、ジャンプは「編集者の考えや好みだけで評価を決めるのではなく、読者アンケートの結果をもっとも重要視」しているとされています。

新連載は1話目から5位以内が目標

中野博之は編集長時代のインタビューで、新連載のアンケート順位について「1話目は5位以内は取りたいところ」と話していました。

目の肥えたファンのあいだで「ジャンプは人気がないとすぐ打ち切られる」と長年語られてきたのも、毎号この順位がはっきり数字で出るからでしょう。

 

最下位でも即打ち切りとは限らない

ただ、編集部の側の説明は少し違います。

2015年の取材で、編集者の片山達彦はこう答えていました。

  • アンケートは重視していますが、アンケートが最下位だから必ず打ち切られることもありませんし、アンケート順位だけで全てを決めているわけではありません

アンケートの順位に映るのは、実際に投票した読者の声だけです。

最初に原稿を見た編集者が担当に

では、新人の漫画家には、どうやって担当の編集者がつくのでしょうか。

同じ2015年の取材では、当時の副編集長・相田聡一が「基本的には最初にその作品を見た人が担当することになります」と話していて、漫画家志望の人から持ち込みの電話がかかってきたときは、受話器を最初に取った人がその新人の担当になるそうです。

中野博之も2018年に、投稿作に才能を感じたら「手を挙げて担当になります」と語り、続けてこんな決まりを明かしていました。

  • だいたい毎月100本以上は届くでしょうか。選ぶときは新人編集者から選べるルールです

自分の足で原稿を持ってくる持ち込みなら最初に会った人、毎月届く投稿作なら入ったばかりの新人編集者から先に選ぶ、という2つの入り口が用意されているわけです。

 

ただ、このルールが本当に生きるのは、雑務に追われがちな若い編集者に新しい原稿をじっくり読む時間があってこそです。

2015年の取材では、編集部員の内藤拓真が、次号予告やプレゼントのページといった雑誌の漫画以外の進行は若手編集が担当している、と話していました。

中野博之も2017年のインタビューで、こう危機感を口にしています。

  • 編集が今の連載作品だけに時間を取られてしまうと、未来の作家さんを育てていくところに時間が割けなくなります。そこに危機感を持っています

同じインタビューでは、若手編集の無駄な仕事を減らして、漫画のことだけを考えられる編集部にしたいとも語っていました。

 

鳥嶋和彦と鳥山明の500枚

若い編集者が新人を拾う形から生まれたコンビとしてよく知られているのが、『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』の鳥山明と、担当編集だった鳥嶋和彦です。

鳥嶋は入社してすぐ新人の山のような投稿を見る係をしていて、まだ荒削りだった鳥山明の原稿のセンスに目を留め、「僕が担当したいと手を挙げた」と東京新聞の取材で振り返っています。

そこから大ヒットとなる『Dr.スランプ』の連載をつかむまで、鳥山明は何度もダメ出しを受けては原稿を描き直しています。

  • 僕も新人、彼も新人。2人が納得するまで500枚かかったということです

鳥嶋は編集者の役目を「作家の良さを引っ張り出してあげないと。僕らは作家の人生も背負ってるわけですから」とも語っています。

2人の遠慮のないやり取りは、思わぬ形で作品にも残りました。

ベテランは班長として最初の壁になる

では、ここまで話に出てこなかったベテランの編集者は、どこにいるのでしょうか。

ジャンプの編集部はいくつかの「班」に分かれていて、それぞれの班をまとめるのが経験のある班長です。

2017年の中野博之の説明では、班は毎年組み替えられ、新連載や読み切りのネーム(コマ割りやセリフを描き込んだ漫画の下書き)はまず班長に出す決まりです。

 

班長は担当編集と1対1で向き合い、良かったところとダメなところ、次にどうすればいいかを伝える役目だそうです。

  • 若手編集者にとっては、班長が最初の壁になるので、班のカラーは班長で決まるかもしれない

班長を通った作品は、班長5人と副編集長4人、それに編集長を加えた10人ほどの連載会議にかけられ、中野は「編集長の意見より、会議の意見の方が強い」とも話していました。

新人を拾い上げるのは若い編集者、そのネームを最初に厳しくふるいにかけるのは経験のある班長と、編集部の中で役割が分けられているわけです。

編集者の順位と真逆だった読者アンケート

編集者の「面白い」と読者の「面白い」については、鳥嶋和彦が若いころに経験した話がよく知られています。

先輩から「ジャンプの漫画のタイトルをおもしろい順に書いて」と言われて書き出したところ、翌日出てきた読者アンケートが、自分の書いた順位とほぼ真逆だったというのです。

1人の編集者の新人時代の経験とはいえ、漫画を仕事にしている大人の「面白い」と、雑誌を開く読者の「面白い」は、ここまで離れることもあるわけです。

 

8位でも15歳の子には1位かもしれない

中野博之も、アンケートの集計の速報を読むときの目線について、こんな言い方をしていました。

  • 速報で8位でも、ひょっとしたら15歳の子どもには1位だったりすることもあるかもしれません

大人も含む全体の順位とは別に「15歳の子ども」の順位をわざわざ挙げているところに、少年誌の編集長らしい目線がにじんでいます。

 

大人の読者が増えたいまも変わらないこと

夕方のリビングのソファで、男の子が漫画雑誌を夢中で読み、隣で父親がスマートフォンで漫画を読んで笑っている様子

いまのジャンプを毎週買っているのは、子どもだけではありませんよね。

大人や中年が主人公の作品が増えたと感じる人もいるなかで、読者の年齢層が広くなったこと自体を前向きに受け止めているファンもいます。

お小遣いで雑誌を買う子どもでも、仕事帰りにスマホで読む大人でも、アンケートに入れた1票が次の連載を決める材料になることに、今も昔も変わりはありません。

 

新人を拾い、読者の反応で続きを決めるやり方は、紙の雑誌の外でも形を変えて続いています。

週刊少年ジャンプ編集部は2014年9月に、自分たちのマンガアプリ「少年ジャンプ+」を始め、誰でも漫画を投稿できる「ジャンプルーキー!」には、2018年7月末の時点で1万6000作品が集まっていました。

アプリのジャンプ+では物差しも変わり、籾山悠太副編集長は2022年のインタビューで、連載を続けるかどうかは「連載一話ごとの閲覧数」をもっとも重視して決めている、と話しています。

その新人重視の仕組みのなかで、ジャンプルーキー!出身の作家と、新卒で配属されたばかりの若手編集者が組んで生まれたヒット作が、『タコピーの原罪』でした。

編集部がずっと気にかけてきたのは、作る側の「面白い」が、読む側の「面白い」から離れていないかという一点。

始まりは仕方なくでも、新人に賭けるのも、入ったばかりの編集者に先に選ばせるのも、毎号アンケートを読むのも、いまはその一点を守るための独自のルールなんですよね。