2026年9月30日の夕方、少年ジャンプ+(ジャンプラ)の編集部が出したお知らせの、たった1つの言い回しが気になって仕方ありません。

『SPY×FAMILY』や『ダンダダン』の担当として知られる編集者・林士平の会社との契約を、集英社が「終了させました」と書いていたのです。

「終了しました」なら何気なく読み流せたのに、「させ」の2文字が入っただけで、「集英社、もしかして怒ってる?」と画面の前でざわついた人も多いのではないでしょうか。

いったい舞台裏で何があったのか、そして大好きな作品はこのまま安心して読めるのか、いちばん気になるのはそこですよね。

ジャンプ+と林士平のお知らせ

ジャンプ+の公式Xに17時30分に出たのは、画像1枚だけの短いお知らせでした。

  • 集英社は、林士平の会社・株式会社ミックスグリーンへの編集業務などの委託を、2026年7月31日をもって終了させた
  • それに伴い、ミックスグリーン所属の編集者・林士平との業務委託の関係も「すべて終了しております」
  • これまで林士平に担当を頼んでいたジャンプ+の連載作品は、新たな体制のもとでこれからもジャンプ+で連載を続ける

そのあとに、読者と作家と関係者へ向けた「今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます」の一文。

最後に、新しく作品を持ち込みたい人の連絡は、これまで通り集英社の各媒体の公式窓口で受け付ける、という一文が添えられています。

 

2時間後に出た林士平側のお知らせ

同じ日の19時28分、「X上で複数問い合わせを頂いている」として、林士平本人のXアカウントからもお知らせが出ました。

名前が挙がったのは、この4作品。

  • 『SPY×FAMILY』
  • 『ダンダダン』
  • 『ケントゥリア』
  • 『WITCHRIV』

集英社との契約関係は切れても、この4作品の編集作業は、漫画家さんと直接結んだ契約によって林士平が続けるという内容です。

ジャンプ+側は関係がすべて終わったと言い、林士平側は担当を続けると言う。

並べると一瞬「つまりどういうこと?」となりますよね。

これまでは版元の集英社が林士平の会社に編集を頼んでいましたが、これからは漫画家さん本人が直接林士平の会社と契約を結ぶ、という大きな違いです。

林士平のプロフィールと経歴

普段から漫画の単行本は楽しく読んでいても、担当編集の名前までは気にしたことがなかった、という人もいると思います。

林士平のアイコン(IMART2024 公式サイトの登壇者紹介より引用)
引用元:IMART2024 公式サイト「林士平」(https://imart.tokyo/2024/shihei-lin)
  • 名前:林士平(りん・しへい)
  • 仕事:漫画編集者
  • 会社:株式会社ミックスグリーン 代表取締役
  • 担当してきた主な作品:『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』『ダンダダン』『幼稚園WARS』『ケントゥリア』『地獄楽』『ルックバック』ほか

 

集英社をやめてからも続いた二足のわらじ

2022年に集英社をやめてフリーとして独立したあとも、ミックスグリーンの社長として、ジャンプ+の作品を担当し続けてきました。

  • 2006年 集英社に入社(月刊少年ジャンプ)
  • その後 ジャンプSQ.、少年ジャンプ+の編集部へ
  • 2022年 集英社を退社し、ミックスグリーンとして独立
  • 2026年3月25日 『チェンソーマン』第2部がジャンプ+で完結
  • 2026年4月17日 新しい漫画編集部と新メディアの準備を発表
  • 2026年7月7日 新しい漫画メディアの編集者とライツ担当の募集を開始
  • 2026年7月31日 集英社がミックスグリーンへの委託を終了
  • 2026年9月30日 ジャンプ+がお知らせを公表、林士平側が4作品の直接契約を発表

スマホでアプリを開けば毎週ワクワクして読める人気作のいくつもが、この人の手を通って世に出てきたと思えば、この先どうなるのかと今回の知らせが気になってしまうのも当然です。

「終了させました」が引っかかる理由

まず前提として、今回終わった「業務委託」は、会社の外の人や会社に仕事をお願いする契約のこと。

林士平は2022年に集英社をやめて独立し、それからは自分の会社・ミックスグリーンが集英社から編集の仕事を業務委託として請け負う形で、ジャンプ+の作品を担当してきました。

2024年のイベントの公式プロフィールでも「ミックスグリーン代表取締役・『少年ジャンプ+』編集部員」と紹介されていて、社外の人になってからも、ジャンプ+の中の人として扱われていたことが分かります。

漫画を読む側から見れば馴染み深い「ジャンプ+の編集者」のままでも、会社としての集英社から見れば、契約上の中身は外の取引先だったわけです。

 

取引先との契約が終わるとき、会社のお知らせには「契約期間の満了に伴い」や「双方協議のうえ」のように、どちらが言い出したのかをぼかす言い方がよく使われるもの。

「終了しました」も、終わったという結果だけを伝える言い方。

「終了させました」は〈誰かが終わらせた〉という言い方なので、終わらせたのは集英社だと、はっきり読めてしまうんです。

 

文面に並んでいた3つの引っかかり

気になるのは、言い回しだけではありません。

  • 会社への委託は「終了させました」、林士平との関係は「終了しております」と言い方が違う
  • これまでの仕事へのお礼の言葉がない
  • 7月31日に終わった話を、9月30日に画像1枚で知らせている

1つ目は、会社との業務委託には集英社が終わらせたと書き、林士平本人については、その結果として関係も終わっているとだけ書いている、ということ。

林士平個人を名指しで直接責める形は避けながら、契約を終わらせたのは集英社だということだけは、誰が読んでも分かるように文面ではっきりさせています。

なかでも寂しいのは2つ目で、読者や作家へのお願いは丁寧に書かれているのに、何年もヒット作を一緒に作ってきた相手への「ありがとう」だけが見当たらないこと。

ここまで並ぶと、「集英社は内心かなり怒っているのでは」と感じるのは、深読みでもなんでもないでしょう。

私も最初に読んだとき、円満なお別れの文章にはどうしても見えませんでした。

 

わざと「させる」と書いた可能性

夕焼けの編集部の机に置かれた漫画の原稿と閉じたファイル

もちろん、あとで「どちらが言い出したのか」で話がこじれないように、終わらせると決めたのは集英社だと文書に残した、事務的な書き方だった可能性もあります。

ただ、それが怒りだったのかどうかは分からなくても、長く組んできた相手を気持ちよく送り出す文面ではなかったことだけは確かです。

林士平の新メディアと関係が切れた背景

終わらせた理由として思い当たるのが、林士平の会社が春から進めていた新しい動き。

 

春から準備していた自分たちの漫画メディア

2026年4月17日、ミックスグリーンは独自に新しい漫画編集部を立ち上げ、準備中の新メディアに載せる作品の募集を始めています。

その日のうちに林士平は、この新メディアは「集英社、ジャンプ+とは関係ございません」とXで書き添えました。

5月には、その新メディアに載せる作品を選ぶ漫画賞「MIX GREEN MANGA AWARD」の開催も発表されています。

さらに7月7日には、林士平本人が「新しい漫画メディア立ち上げに伴い仲間を募集します」とXに書き、漫画編集者とライツプロデューサーの募集を始めました。

ライツプロデューサーは、漫画をアニメやグッズ、海外版などに広げるときの権利の窓口になる仕事で、出版社でも大事な役目のひとつ。

求人の文面には「世界にIPを届けたい人」(IPは作品やキャラクターの権利のこと)「大手にはないスピード感で」と熱く掲げられていて、集英社が委託を終わらせた7月31日の、わずか24日前のことです。

ジャンプ+の担当を続けながら、別の漫画メディアの準備も進めていたわけで、これを競合と見る声はすぐに上がりました。

会社を出た編集者と作家が組んだ前例

大手の出版社を出た編集者が、作家と直接タッグを組んだまま仕事を続けた例は、出版業界では前にもあります。

講談社で『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』を担当した編集者の佐渡島庸平は、2012年に会社を辞め、作家の代理人を務める会社・コルクを立ち上げました。

『宇宙兄弟』の作者・小山宙哉はコルクに所属する作家で、作品はその後もモーニング(講談社)で連載が続き、2026年6月に完結しています。

作家の代理人が講談社の外にいても、作品は講談社の雑誌に載り続けたわけですね。

決定的に違うのは、コルクが作家のエージェント(代理人)として出発したのに対して、ミックスグリーンは自分たちで漫画を載せる新メディアの準備を、自ら告知していることです。

 

多くの人が思い浮かべている4つの理由

関係が切れた背景として考えられるのは、大きく4つ。

  • 競合する漫画メディアを作る会社に、ジャンプ+の看板作を任せ続けられなくなった
  • 新人や作家が林士平の側へ流れていくことを、集英社が警戒した
  • アニメ化やグッズなど、作品の権利の窓口を取り合う形になる
  • 人間関係そのものがこじれた

4つのうち、事実がいちばん多くそろっているのは1つ目です。

外の編集者でも、担当する作品のこれからの展開や、打ち合わせ中の企画、新人の原稿に触れる立場にいるもの。

その人の会社が競合となる別の漫画メディアを立ち上げるとなれば、集英社として大事な連載原稿を預け続けにくくなるのは、誰でも想像がつきます。

実際、4月の告知、5月の漫画賞、7月の求人と準備が進み、委託が終わったのは7月の求人からわずか24日後でした。

 

一方で、林士平が抜けてジャンプ+は大丈夫なのか、と心配になった人もいるでしょう。

ただ、ジャンプ+のヒット作を見渡すと、林士平の担当ではない作品もずらりと並んでいます。

アニメにもなった『怪獣8号』『タコピーの原罪』『魔都精兵のスレイブ』も、どれもジャンプ+で連載されてきた作品です。

2024年のイベントの公式プロフィールで林士平の担当・立ち上げ作品として挙がっている中にも、これらの名前はありません。

林士平の担当作がジャンプ+の看板だったのは確かでも、ほかの編集者と漫画家さんが育ててきたヒット作も、何本もあるわけです。

集英社が外の編集者との業務委託を止める判断に踏み切れた背景には、林士平がいなくても回るだけの厚みがあったのかもしれません。

 

2つ目は、林士平の名前の大きさとも関係していそうです。

独立したあとも「ジャンプラ=林士平」と見られるほど名前が大きかったぶん、その名前で作家や新人が動くことを集英社が気にするのは、自然な流れでしょう。

同じ集英社の週刊少年ジャンプには、作家が選べば結ぶ「専属契約」という仕組みもあります。

ジャンプの漫画賞の公式アカウントによると、新人向けの研究生契約では、その期間中はジャンプ以外で作品を発表したり、他社の担当編集と組んだりしない約束になるのだとか。

ジャンプ+の契約が同じかどうかは公表されていませんが、作家と担当編集を自分たちのもとで育てる考え方は、同じ会社の中にあるということ。

新人を自分たちで見つけて育てるのは、ジャンプが1968年の創刊のころから柱にしてきたやり方でもありました。

 

たとえば、いつかジャンプで連載するのが夢の、まだ名前の知られていない漫画家志望の人がいたとします。

ある晩、スマホに流れてきたのは、『チェンソーマン』や『SPY×FAMILY』を手がけた林士平の会社が、新しい漫画の原稿を募っているという知らせ。

「この名物編集者に見てもらえたら、いつかジャンプの誌面にも載れるかもしれない」と、机に描きためていた原稿を見返して、ワクワクしながら送る準備を始める。

そんなデビューへの期待がふくらむのは、漫画家という夢を追う側からすれば、ごく自然なことでしょう。

お知らせの最後の「持ち込みは集英社の公式窓口へ」の一文は、まさにその期待に向けたものだ、と受け取った人もいます。

ただ、林士平は4月の告知の時点で、新メディアは「集英社、ジャンプ+とは関係ございません」と自分から書いていて、はじめからジャンプとは別の場所だと断っていたことになります。

だとすれば、公式発表のあの一文が向いている先は林士平の言葉より、夜中にひとり机で原稿を見返しながら「ジャンプに近づけるかも」と胸をふくらませる漫画家志望の人たちの淡い期待なのかもしれません。

ただ、林士平が作家を引き抜いたのでは、という声もあるものの、4作品はジャンプ+に残っていて、作家を別の場所へ移したという事実はいまのところ出ていません。

 

3つ目の手がかりは、7月の求人にあったライツプロデューサーの募集と「世界にIPを届けたい人」という言葉です。

アニメ化やグッズ、海外展開といった権利の窓口は、出版社にとっても大事な収入源のひとつ。

もし新メディアが権利の仕事まで自分たちで手がけるなら、そこでも出版社と重なってきますが、今回の件と直接結びつける材料まではありません。

ちなみに集英社では、2026年8月に発表された決算で、アニメやグッズなどのIPのお金が本の売上を初めて上回っていて、この権利の窓口から見ると、今回の件はまた違った形に見えてきます。

4つ目の「喧嘩でもしたのか」「何かやらかしたのか」という見方もよく見かけます。

ただ、新メディアの準備を集英社が前もって知っていたのか、話し合いのうえで決まったのかも含めて、それを裏づける話はどちらの側からも出ていません。

 

切れたのは集英社と林士平の会社の間だけ

ここで引っかかるのが、競合だから外したのなら、林士平が編集する4作品がジャンプ+に残るのはなぜか、という点です。

今回切れたのは、集英社と林士平の会社のあいだの取引だけ。

漫画家さんとジャンプ+の関係も、林士平側の発表どおりなら漫画家さんと林士平の関係も、どちらも続いています。

集英社は外の編集者との業務委託を止めても、4作品をはじめとする看板作と未来の新人の窓口は手放さなかったし、連載陣の漫画家さんも、ヒットを一緒に作ってきた担当編集を手放さなかった、という形です。

そう考えると、あのそっけない文面には、作品はジャンプ+に残るけれど林士平の会社とは別々になる、という新しい形を、誰にも誤解させないように書く狙いもあったのかもしれません。

 

発表が9月30日になった謎

もうひとつ気になるのが、7月31日から9月30日までの2か月の空白。

作品ごとの担当や、漫画家さんとの契約を組み直すのに時間がかかったのかもしれません。

林士平側は4作品の編集を「引き続き」担当すると告知で書いているので、一般の読者や持ち込みを考える新人から見れば、この2か月の間も「林士平=ジャンプ+」の空気のままだったはずです。

7月の求人には「8月~12月から就業開始」とあり、9月末は新メディアの顔ぶれがそろい始めていてもおかしくない時期。

林士平側のお知らせも「X上で複数問い合わせを頂いている」と書き出していて、外から見て分かりにくい状態だったことがうかがえます。

新メディアの準備が進むなかで、林士平の新しい仕事をジャンプ+の仕事と受け取られないよう、集英社がはっきりさせておきたかった可能性はあります。

ただ、なぜこの日だったのかは、どちらのお知らせにも書かれていないんです。

SPY×FAMILYやダンダダンのこれから

好きな作品がこれからも読めるのかは、どちらのお知らせにも答えが書かれていました。

ジャンプ+のお知らせは今後もジャンプ+で連載を続けるとはっきり書いていて、林士平側も4作品の編集を続けると言っています。

 

ジャンプ+に載せたまま林士平が編集

ただ、ジャンプ+に載る作品の編集を、ジャンプ+との関係が切れた会社が続けるという形は、正直ちょっと想像しにくいですよね。

ここで基本的な前提として押さえておきたいのが、漫画の著作権はふつう、汗を流して描いた漫画家さん本人にあるということです。

講談社の漫画アプリ「コミックDAYS」の編集部ブログでも、紙の雑誌の例として、漫画家さんが出版社へ認めるのは雑誌として刷って売ることのような限られた範囲の利用が多い、と説明されています。

分かりやすくたとえるなら、配信場所であるジャンプ+は作品を並べて届けてくれる「お店」で、担当編集は机を並べて一緒に中身を作る「相棒」。

お店と相棒の取引が終わっても、作品の本当の持ち主である漫画家さんがこの相棒と組み続けたいと決めれば、こういう一見不思議な形になるわけです。

林士平側のお知らせには「漫画家の各先生方と弊社が直接契約を結び」とあり、発表どおりなら、4作品で林士平と組むと決めたのは漫画家さん本人です。

ただ、契約の中身は明かされておらず、ジャンプ+の編集部がどこまで関わるのかも、ジャンプ+が言う「新たな体制」の中身も含めて、まだ発表されていません。

2026年10月2日には、林士平本人がフランスのメディアの取材で、4作品のアニメやグッズの監修と制作は自分の会社が担うとまで話していました。

 

4作品に入っていない作品のこと

では、4作品に入っていない作品はどうなるのでしょうか。

林士平の代表作のひとつ『チェンソーマン』は、第2部が2026年3月25日にジャンプ+で完結していて、今は連載中ではありません。

『幼稚園WARS』など、これまで林士平の担当として知られていたほかの作品に、林士平側は触れていないんです。

ジャンプ+のお知らせは、担当を頼んでいた作品はどれも新しい体制で連載を続ける、としています。

作品は続くと分かっても、あの「させました」の冷たさだけは、しばらく忘れられそうにありませんね。