芸能人の暴行事件が報じられるたびに、写真を並べて「この人たち、なんだか顔が似ていない?」という声が上がります。

2026年9月にtimeleszの猪俣周杜が逮捕されたときも、隣に並べられたのは俳優の前山剛久の写真でした。

言われてみれば、確かにそう見えてくるから不思議なもの。

ただ、実際に被害に遭った人の話というのは、決まって「優しい人だった」から始まるんです

顔で分かるなら苦労しない、と思いながら、それでも次に誰かが報じられればまたその顔を見にいってしまう。

その直感をまるきり気のせいと片づけてしまうのも、どうやら違うようなんです。

「目が似てる」と思ったのは自分だけじゃない

並べた顔写真を虫めがねで見比べようとするイメージ

逮捕のニュースがスマホに流れると、記事の本文を読むより先に顔写真を探してしまう人は多いと思います。

そして、思っていたよりずっと普通の顔だったことに、画面を見つめながら少しほっとして、少し怖くなる。

そのまま、いま自分の隣にいる人の顔を、なんとなく頭に思い浮かべたりもする。

「この人は似ていない」と確かめて、それで安心できるならいいのですが。

性格も、お金の使い方も、家に帰ってからの顔も、実際に二人で付き合ってみるまでは何ひとつ見えてきません。

内面が分からないものばかりのなかで、顔だけは会う前から見えている。

「あらかじめ顔に出ていてほしい」というのは、もう私たちの願いに近いのかもしれません。

 

だからでしょうか、誰かが報じられるたびに、同じことを言っている人がネット上にどっと出てきます。

なかでもよく挙がるのが、「目が似てる」という声でした。

DVをする男は目がクリっとした綺麗顔が多い、と自分で超ど偏見と断ったうえで書く人までいました。

偏見だと言われればそのとおりなのですが、こう言われると、思い当たる顔がひとつくらい浮かんでくるから困ります。

しかも挙がってくるのが、いかにも怖そうな目とはかぎらないんですよね。

頭ごなしに「気のせいです」で片づけられてしまうと、それはそれで納得がいきません。

 

実際にDVをする人を近くで見てきた人が挙げる特徴も、びっくりするほど具体的です。

面長、頬骨、エラ。

さっきの「綺麗な顔」とは打って変わって、こちらは誰が見てもきつそうなパーツばかり。

言っていることは正反対なのに、どちらもここまで具体的に並べられると、「やっぱり顔に何か出るんじゃないか」という気がしてきます。

ただ、この見え方にはひとつ落とし穴があって、私たちがその顔を見ているのはいつだって「何をした人か」を知ったあとなんですよね。

 

事件を知ってから見る顔は別人に見える

逮捕の報道に出てくる笑顔の写真も、恐ろしい見出しを読んだあとだと、目の奥が笑っていないように見えてくるはずです。

写真の口元だけが動いていて、目は別の冷たいことを考えているように思えてくる。

同じ写真を、事件を何も知らない人に見せたら、たぶん普通の笑顔だと言われます。

写真そのものは、最初から1ミリも変わっていないのに。

 

並んでいるのがいつも笑顔の1枚なのにも、わけがあります。

使われるのは、たいてい本人が仕事用に撮った宣材写真か、自分で一番良いと思って選んで載せたSNSの1枚。

いちばんよく見えるように撮った顔が、いちばん悪い事件の知らせと並ぶわけです。

あの落差は、どの写真が使われたかで半分くらいできているのかもしれませんね。

猪俣周杜と前山剛久に何があったのか

そもそも、この二人はなぜDVの話題で並べられるのでしょう。

timeleszの猪俣周杜(いのまた しゅうと・25)は、応募1万8922件のオーディション「timelesz project」を勝ち抜いて、2025年2月に加入したメンバーです。

その猪俣周杜が傷害の疑いで逮捕されたのは、2026年9月19日でした。

  • 2026年9月18日の午後10時半ごろ、知人女性(26)の顔を複数回殴るなどした疑い
  • 女性は鼻から出血
  • 本人は「口論になり手が当たってしまったかもしれない。パニックになった」と容疑を否認
  • この女性との間に、これまでトラブルは確認されていない

翌20日に送検され、出演していた番組やCMは次々に差し替えが進んでいます。

 

もう一人の前山剛久(まえやま たけひさ)は、舞台やドラマに出ていた俳優です。

2021年12月に交際相手だった神田沙也加が亡くなったあと、週刊文春が暴言の音声を報じ、本人は謝罪の動画を公開したうえで2022年6月に芸能界を引退しています。

当時報じられたのは暴言で、暴力があったとまでは報じられていません。

引退から3年半が経った2025年12月には、前山剛久が働きはじめたラウンジのSNS配信が流れています。

「新人だからちゃんとしたい」と言いながら、カメラの前で掃除をしに行く姿が映っていました。

 

ちなみにDVという言葉が本来指しているのは、配偶者や同居している恋人からの暴力のこと。

前山剛久の相手は交際相手、猪俣周杜の相手は知人女性と報じられていて、どちらもその枠からは少し外れます。

それでもDVの話題で名前が並ぶのは、近くにいた女性へ向かったと報じられた一点が同じだからです。

二人が似ていると言われる共通点

では、二人のどこが似ていると言われているのか。

  • 目もとがそっくり
  • 顔の系統、まとっている雰囲気が同じ
  • どちらも優しそう、爽やかというイメージで見られていた

二人の写真を並べて貼っている人も多くて、こんな声がありました。

猪俣周杜の顔そのものは何ひとつ変わっていないのに、似ている相手だけが入れ替わったわけです。

 

平野紫耀の名前を出している人は、ほかにもいました。

感じるか感じないかを分けているのは、顔よりも、その人について何を知っているかのようです。

もちろん、似ていないという声もあります。

言われてみれば、二人が似ていると言われはじめたのは、逮捕が報じられてからでした。

では、顔からは本当に何も読み取れないのか。

346件の調査に無かった「顔」の項目

2003年に法務省の研究機関が、配偶者への暴力で刑事事件になった346件を1件ずつ調べました。

そこで分かったのは、こういうこと。

  • 加害者に一定のタイプは無い
  • 年齢・学歴・職種・年収との関係も見つかっていない

「せめて職業や年収のあたりで見分けられたら楽なのに」と思うのですが、そこにも手がかりらしいものはありません。

加害者の顔の話にいたっては、調べる項目にすら入っていませんでした

顔を手がかりにしようとしていたのは、事件の外側にいる私たちだけだった、ということになります。

 

実際、身近で見てきた人ほど、見た目の話にはあまり期待していません。

最後の「見た目はね」というひと言が、ずしりときました。

調べても「こういうタイプ」は出てこない。

隣で暮らした人も、見た目では分からなかったと言う。

とはいえ、これで「顔には何も出ない」と証明されたわけでもありません。

調べた人たちが、そもそもそこを見ていなかった、というだけのことですから。

人相学が最初に見るのも目

では、昔から顔を読んできた人たちは、いったい顔のどこを見ているのでしょう。

人相学(観相学)は中国から伝わった顔の読み方で、日本にも古くから観相家と呼ばれる人たちがいました。

いまも顔を読むことを仕事にしている人がいて、その多くが、まっさきに目を見るのだそうです。

見るのは目の形そのものより、そこにふだんの表情がどう出ているか、なのだとか。

「目は口ほどに物を言う」という言葉が、何百年も消えずに残っているくらいです。

顔を並べたときに真っ先に目を見てしまうのも、そんなに的外れでもなさそうですよね。

 

「二面性が出やすい」と読む人もいる

目の形そのものから読み解く人もいます。

切れ長で涼しげな目には駆け引きの巧さや二面性が、丸みのある顔立ちには裏表のなさが出やすい、という読み方です。

外ではいい顔をして、家では別の顔になる。

この二面性、DVの相談を受ける機関が挙げる〈外面の良さ〉とほとんど同じ話なんですよね。

占いの世界と相談の現場が、別々の言葉で同じところを指していたことになります。

 

見ている場所は読む人によって違う

もっとも、顔を読む人たちがみんな同じ場所を見ているかというと、そうでもありません。

  • 骨格を見る=面長、頬骨の張り、エラ(欲が強い、カッとしやすい)
  • 目の形を見る=切れ長は策略型、丸みは直情型
  • 目つきを見る=形よりも、ふだんどんな顔でいるか

目だけでも三白眼、四白眼と細かい呼び名がついていますが、その意味の説明が人によってまるで違います。

同じ三白眼を「凶相」と書く人もいれば、「強運で成功者に多い」と書く人もいるんです。

だから「この顔がDVの相です」と決まった型があるわけではないというのが、正直なところ。

逆にいえば、読む人が変われば、どんな顔にでも何かしらの意味はついてしまうということでもあります。

 

それでも、顔を読む人たちがそろって口にすることがありました。

生まれつきの目鼻立ちより、何を考えて過ごしてきたかが顔に出るということ。

人相でいう相は、生まれた日の運勢ではなく、いまの表情に出るものだとされています。

だとすると、私たちに見抜けるものがあるとしたら、写真の一枚より、いま目の前にいる人の顔ということになりますよね。

優しそうに見えるのは偶然ではない

外からは明かりが見える家の閉じた玄関のイメージ

写真からは読み取れなくても、付き合った二人のあいだで起きたことを並べていくと、今度ははっきり共通点が出てきます。

相談を受ける内閣府も弁護士も、決まってこの2つを挙げるんですよね。

  • 優しいときと暴力をふるうときの落差が激しい
  • 外面がいい

付き合いはじめる前ほど優しく、魅力的に見えるように振る舞う人が多い、ともいわれています。

優しそうに見えること自体が、DVをする人の特徴そのものだったわけです。

 

相手は街で困っている人がいたら率先して助けるタイプだった、という話も、被害者側からよく出てきました。

内閣府も、はっきりこう書いています。

人当たりがよくて外では社会的な信用もあり、周囲からは「家で暴力を振るっているとは想像できない」と思われている加害者がいる、という説明です。

だから外からは見抜けない。

本当にやっかいなのは、その良い評判が本人より先に周囲へ回っていることです。

家で何があったかを打ち明けても、「あの人がそんなことするわけない」で終わってしまう。

勇気を出して助けを求めた先でも、まず疑われるのは打ち明けたほうだった、ということまで起きます。

 

素を見せる相手は選ばれている

被害に遭った人を長く苦しめるのが、「なんで気づけなかったんだろう」という問いです。

でも、お店の店員さんにも隣近所にも友達にも尻尾を出さない人が、付き合う前の数か月だけわざわざ素を見せるはずがありません。

付き合う前に気づける材料なんて、そもそも渡されていなかった

しかも密室の家の中で起きることなので、周りが気づかないうちにじわじわエスカレートしていく。

何かおかしいと思ったときには、住む場所も暮らしのお金も、もう相手と地続きになって離れられなくなっています。

2026年に並んだばらばらの3人

2026年に入ってからは、配偶者に限らず、身近な人への暴力が問題になった人の名前が続きました。

  • 読売巨人軍の阿部慎之助監督(当時47)=2026年5月25日、長女への暴行容疑で現行犯逮捕。翌日に辞任
  • 元EXILEのパフォーマー・黒木啓司(46)=2026年7月28日、保護命令違反の疑いで逮捕(2026年2月に妻への暴力を理由とする保護命令が出ていた)
  • timeleszの猪俣周杜(25)=2026年9月19日、知人女性への傷害の疑いで逮捕。本人は容疑を否認

25歳から47歳まで、顔立ちも職業もばらばらです。

それでも、前山剛久と猪俣周杜の写真がネット上に並べて貼られているのを見ると、やっぱり似ている気がしてくる。

「やっぱあの系統何かあるんやな」というつぶやきに、うなずいた人は多いはずです。

年齢も、立っていた華やかな場所も、報じられた事件の中身も違うはずなのに。

 

似ていたのは顔立ちではなかった

こうして並べられた顔のどれにも、当てはまることが1つだけあります。

どれも、報じられた中身とうまく頭の中で結びつかない顔だということです。

危なそうな顔の見本を作っているつもりで、私たちが集めていたのは、実際には裏切られた顔ばかりでした。

それなら似て見えて当たり前ですよね。

世間で危なそうに見えなかった人ほど、あとから並べられるんですから。

それなのに、何か事件があるたびに「見抜けなかったほうにも落ち度がある」という残酷な声が必ず出てきます。

「見抜けなかった」という世間の言い方は過去形です。

それを遠くから言う声だけが、いつまでも現在形で続いていきます。

初めから間違っていたのは、「見抜けたはずだ」という世間の前提そのものです。

気を抜いた瞬間に出るDVの兆し

夜のタクシーの車内から見た渋滞のイメージ

前もって見抜くのは無理でも、一緒に過ごすなかで出てくるものはあります。

取りつくろわなくていいと思った相手の前でだけは、その人の顔つきも口調も変わるからです。

付き合ってしばらく経ってから、という前置きはつきますが、被害に遭った人の話に決まって出てくるのが次の4つ。

  • 二人きりになった瞬間に、声の大きさや口調が変わる
  • 思いどおりにならない場面で、物や車に手が出る
  • 謝るのは早いが、しばらくするとまた同じことが起きる
  • 自分の失敗を話すとき、必ず誰かのせいになっている

もっとも、外に出ても隠そうとしない人はいますよね。

内閣府の説明には、普段からどんな相手にも暴力的で、道端の見知らぬ人にまで言いがかりをつける人がいる、と書かれていました。

顔写真を見比べているとき、頭のどこかで探しているのは、面長だのエラだのと挙げられるような分かりやすい顔つきです。

でも、そこまで分かりやすい人なら、写真を見比べるまでもありません。

見分けたいのは、外ではきっちり隠しきるタイプのはずなんですよね。

そちらが相手だと、4つのどれかが1回出たくらいでは「その日はたまたま疲れていたんだ」で片づけてしまうもの。

付き合う前に全部を見きわめるのは、たぶん無理でしょう。

ほかにも、こんなことが書かれていました。

「暴力を振るうのは私のことを愛しているからだ」「いつか変わってくれるのではないか」。

被害に遭った人が、そう思ってしまうことがある。

4つのうち、いちばん長く被害者を引き止めるのは謝ってはまた繰り返すという形だと思います。

頭を下げて謝られるたびに、「今度こそ本当かもしれない」と思えてしまうからです。

 

私たちにできるのは、あとで「あれ?」と思ったときに、その嫌な感じを相手の一時的な機嫌のせいにしないでおくことくらい。

それが胸から消えないときは、スマホから#8008に電話をかけると、いま住んでいる地域でいちばん近い配偶者暴力相談支援センターにつながります。

 

人の顔つきが切り替わる瞬間は、実は家の外でも見かけるもの。

たまたま乗ったタクシーで、それを見た人がいました。

さっきまでニコニコしていた運転手が、気を抜いた数十秒だけ別の怖い顔になって、客が降りるときにはもう元の笑顔に戻っている。

怒りをぶつけた相手は車で、後ろの客には最後まで笑っていました。

顔つきや口調を相手によって器用に出し入れできる人なら、いちばん気の抜ける場所でこそ素が出るはずです。

この激しい切り替えを、いちばん近くで何度も浴びることになるのが、家の中にいる人です。

人相に出るとしたら、それは顔立ちではなく、誰に優しくしなかったかのほうでしょうか。