「織田くんは、巨人と裏で通じていて、メジャー行くと宣言させることで球団が指名できないようにしてたんじゃないの?メジャー行く選手が関係ないドラフトを見るの不自然ですよ」

2026年10月23日の午前1時すぎ、元ヤクルトの宮本慎也さんの言葉として、こんな一文がXで広がりました。

前の日のドラフト会議で、巨人がアメリカ挑戦を表明していた横浜高校の織田翔希投手を1位で指名したばかりです。

やっぱり密約かとうなずく声と、高校生に向かってなんてことを言うのかと怒る声が、同じ投稿の下にずらりと並びました。

翌日に巨人の新しい監督が発表されると、こんな筋書きを思い浮かべる人も出てきます。

うさぎの絵文字は、巨人のマスコットのことです。

 

ただ、この一文は、宮本さんが話した言葉そのままではありません。

YouTubeに残っている配信を見ると、宮本さんは何度も前置きをしてから話していて、最後には「ちょっとずるい」と言いながらも「ルール違反ではない」と付け足していました。

その前置きと最後の一言が、広がった投稿からはそっくり落ちています。

そして巨人の作戦についての推測だったはずの話が、18歳の高校生を主語にした文になって回っていきました。

宮本さんは配信で実際に何と言ったのか。

織田投手は、なぜドラフトを見ていたのか。

そして「まだ登録されていない」と報じられたアメリカへの手続きは、どうなっていたのか。


宮本慎也は何と言ったのか

話の出どころは、宮本さんのYouTubeチャンネル「解体慎書」です。

ドラフトのあと、全球団の指名を採点する生配信があり、その冒頭で巨人の1位指名が取り上げられました。

誰でも見られる配信として流されたもので、録画もいまYouTubeに残されたままです。

ここから引く言葉は、配信に付いている自動の字幕をもとにしたものです。

聞き取りの機械なので細かい言い回しは違うかもしれませんが、話の筋はつかめます。

 

言い切らない言葉が3つ

配信が始まってすぐ、宮本さんは巨人の指名を「サプライズ」と呼んだあと、こう続けました。

「あの、ま、わかんないですよ」

「もしかしてこれ抜け道に使ったかもしんないですよね」

そして、メジャーに行くと言っておけばほかの球団は手を出せないので、巨人がくじ引きなしで指名できた、という筋を話し、「可能性だってなくはないわけです」と結んでいます。

「わからない」「かもしれない」「可能性はなくはない」と、3回も言い切りを避けながら話していたわけです。

そのあとで、宮本さんは「ドラフト見てたのはなんでって思った」と言い、アメリカに行くなら見る必要はないのでは、とも話しています。

広がった投稿の「関係ないドラフトを見るの不自然ですよ」は、このあたりの話をまとめたものとみられます。

 

最後に付け足した一言

問題の一言が出てくるのは、そのすぐあと。

「いや、でもいいんですよ。ルール上間違ってないわけですから」

「ちょっとずるいなっていうぐらいなもんで、ルール違反ではないですね」

つまり宮本さん自身は、仮にそうだったとしても規則の上では問題ない、というところで話を閉じていました。

同じ配信の後半では、巨人のドラフトをセ・リーグでいちばん良いと採点していて、「織田君が来ないともう話になんないですけど」とも付け加えています。

 

広がった投稿では、「抜け道に使ったかも」という推測が「裏で通じていて」という言い切りに置き換わり、前置きも最後の一言も消えていました。

配信を見て、こう書いた人もいました。

投稿にある「松井さん」は、この投稿が出た日に巨人の新しい監督に決まった松井秀喜さんのことです。

疑いの言葉が向かった先には、まだ18歳の高校生の名前がありました。


表明から指名までの1週間

そもそも、何がそんなに騒ぎになったのか。

ドラフト会議は、プロ野球の各球団が、その年にプロ入りを望む選手の中から「この選手と交渉したい」と順番に指名していく場です。

高校生がドラフトで指名されるには、事前に「プロ志望届」を出しておく必要があります。

同じ選手を複数の球団が1位で指名したときはくじ引きになり、1球団だけならその球団に決まります。

指名された球団だけがその選手と入団の話し合いができ、ほかの球団は手を出せません。

 

ふつう、ほかの道へ進むと宣言した選手は、指名しても入団してもらえない可能性が高いので、どの球団も避けます。

それでもあえて指名することを「強行指名」と呼びます。

織田投手の場合、日付を並べるとこうなります。

  • 9月17日:プロ志望届を出す
  • 10月11〜14日:NPB(日本のプロ野球)の球団と面談
  • 10月15日:横浜高校で会見し「アメリカの地で挑戦することを決めました」と表明
  • 10月22日:ドラフト会議で巨人が1位で単独指名(同じ横浜高校の池田聖摩選手を3位で指名)
  • 10月23日:松井秀喜さんの巨人監督就任が発表される
  • 10月23日:アメリカの記者が「まだMLBに登録されていない」とXに投稿
  • 10月25日:村田監督が「登録の手続きはドラフト前にして、受理されている」と説明
  • 11月1日:MLB(アメリカの大リーグ)への選手登録の締め切りと報じられている日
  • 来年3月末:巨人が入団の話し合いをできる期限(日刊スポーツ)

アメリカ行きを表明してから、たった1週間後の指名でした。

ほかの11球団は、1位で織田投手の名前を書いていません。

 

「気持ちはまったくブレません」

指名を受けた夜、織田投手はテレビの生放送で「指名していただきまして、正直びっくりしております」と話しています。

そのうえで「アメリカに挑戦する気持ちはまったくブレません」と言い切りました(スポーツニッポン)。

横浜高校の村田浩明監督も、「本人の意思はまったく変わらない」と話しています。

村田監督によると、ドラフトの前から、織田投手には「強行指名はあるぞ」という話をしていたそうです。

「想定外にしたくなかったので」という言葉からは、指名されたときに本人がうろたえないよう、大人の側が備えていた様子がうかがえます(デイリースポーツ)。

 

巨人の説明は「色々なこと」

では、指名した巨人はどう説明しているのか。

巨人の編成本部長の水野雄仁さんは、「色々なことがありましたので非常に迷いましたが、最終的にこういう決断になりました」と話しています(Full-Count)。

続けて「本当に日本のプロ野球ファンの方々にお見せしたいなという気持ちです」「誠意を尽くして行くだけです」とも。

何に迷ったのか、「色々なこと」とは何だったのかは、語られていません。

 

ドラフトの直後から、こんなふうに3つの読みを並べる人もいました。

この投稿が出たのは、ドラフト当日の夕方5時すぎ。

ヤンキースなどで活躍した松井秀喜さんの監督就任が発表されたのは、その翌日のことでした。


ドラフトを見ていた理由

宮本さんが「なんで」と引っかかった、織田投手がドラフトを見ていた件。

広がった投稿では、これが「不自然」の根拠として書かれていました。

アメリカへ行くと決めた選手が、なぜ日本のドラフトを見守っていたのか。

実はこれには、報道で確かめられる答えがあります。

 

その日は池田聖摩の会見だった

日刊スポーツによると、ドラフト当日に横浜高校の会見場で開かれたのは、同じ3年生で、やはりプロ志望届を出して指名を待っていた池田聖摩内野手の会見でした。

1列目には池田選手と村田監督が座り、織田投手はほかの野球部の3年生たちと一緒に2列目に座っていたと伝えられています。

同じチームの仲間が指名されるかどうかを部員みんなで見守るのは、高校野球ではよく見かける光景です。

広がった投稿の返信欄でも、「チームメイトの池田くんが指名されるかどうか野球部員全員で座って観てるだけだろ」と、何人もが同じことを書いていました。

 

3位で呼ばれたのは池田だった

そして池田選手は、巨人から3位で指名されました。

指名のあと、池田選手はこんな言葉を残しています。

この池田選手の指名まで、仲のいい同級生が一緒なら織田投手も巨人に来やすくなる、という作戦ではと結びつけて読む声も出ました。

一方で、巨人は池田選手と同じ遊撃手(ショート)を毎年のように多く指名していて、今回もその流れの中の指名だ、と反論する巨人ファンもいます。


巨人が疑われる理由

それでも「やっぱり巨人なら」と思ってしまう人がいるのには、わけがあります。

巨人のドラフトには、今も語り継がれる出来事が2つあるからです。

どちらも40年以上前のことですが、返信欄には「若い世代は知らないかもだけど」と前置きして、この話を持ち出す人もいました。

 

江川と桑田の記憶

1つ目は、1978年の「空白の一日」です。

江川卓さんをめぐって、巨人がドラフトの前日を「どの球団にも交渉の権利がない1日」だとして契約を発表し、大きな騒ぎになりました。

2つ目は、1985年の桑田真澄さんです。

早稲田大学への進学を表明していた桑田さんを、巨人が1位で単独指名し、「最初から話がついていたのでは」と言われました。

 

桑田さん本人は、のちに密約を否定しています。

それでも「進学やほかの道を表明した選手を、巨人が単独で指名する」という形が、今回とそっくりに見えるのです。

同じ「前科」という言葉は、宮本さんの発言を広げた投稿の返信欄にも何度も出てきました。

 

大谷翔平のときも同じ形だった

ただ、同じ形の指名はほかの球団もしています。

2012年、花巻東高校の大谷翔平選手がメジャー挑戦を表明した4日後、日本ハムが1位で単独指名しました。

大谷選手は12月に日本ハム入りを決め、そこから世界へ羽ばたいていきました。

投稿にある「佐々木」は、2025年のドラフトで指名された佐々木麟太郎選手のことです。

アメリカのスタンフォード大学にいた佐々木選手を、ソフトバンクとDeNAが1位で指名し、くじでソフトバンクが入団の話し合いをする権利(交渉権)を得ました。

佐々木選手は2026年7月、マーリンズへの入団を表明しています(秋田魁新報)。

日本で指名されたあとでも、アメリカを選んだ選手は実際にいます。

 

翌日に松井秀喜が監督に

疑いをさらに強めたのは、指名の翌日のニュースでした。

10月23日、巨人は松井秀喜さんの監督就任を発表します。

就任会見で織田投手について聞かれた松井さんは、自分が交渉に関わるかは明言しませんでした。

そのうえで「世界一の投手になる可能性のある選手と契約できるかもしれないというチャンスをいただいた」と話しています(Full-Count)。

アメリカで長くプレーした大スターが、これからアメリカを目指す18歳と向き合うことになります。


登録の締め切りは11月1日

では、本当に密約はあったのか。

これは外からは分かりませんし、分かったように書くこともできません。

巨人が入団の話し合いをできる期限は、来年の3月末です。

ただ、その前にもうひとつ、注目されている日付があります。

ドラフトの翌日、この日付をめぐる1本の投稿が、疑いの声をさらに大きくしました。

 

MLBへの登録はまだと報道

10月23日、アメリカの野球記者フランシス・ロメロさんが、関係者の話として、織田投手がまだMLBの球団と契約できる選手として登録されていないとXで伝えました(Full-Count、RONSPO)。

日本の高校生がアメリカの球団と直接契約するには、事前にMLBへ登録しておく必要があり、野球ニュースサイトのRONSPOはその登録の締め切りが11月1日だと伝えています。

ロメロさんは「11月1日を前にした方針転換を示唆している可能性がある」とも書いています(Full-Count)。

東京スポーツによると、この投稿の下には、江川さんと桑田さんのことを思い浮かべたという声も寄せられていました。

 

登録がないだけでは決まらない

一方で、同じRONSPOの記事は「代理人がまだ手続きに入っていないだけ」の可能性も並べています。

それに織田投手は、10月15日の会見で、アメリカの大学へ進む道もあると話していました。

大学を選ぶなら、球団と直接契約するための登録とは別の話になります。

登録の有無だけで、日本に残ると決めつけることはできないわけです。

実際、その2日後に、手続きはもう進んでいたことが分かります。

 

プロ志望届は出していた

もうひとつ、「メジャーに行くなら、なぜプロ志望届を出したの?」と思った人もいるかもしれません。

織田投手はプロ志望届を9月17日に出し、そのあとでNPBの球団と面談をして、10月15日にアメリカ行きを決めています。

日本の球団の話を聞いたうえで、アメリカを選んだ、という順番です。

 

また、海外へ行くと表明した選手を指名してはいけない、という決まりはありません。

以前は、ドラフトを断って海外の球団に入った選手を、帰国後もしばらく指名しない「田澤ルール」という申し合わせがありましたが、2020年に廃止されています。

宮本さんが配信で言った「ルール違反ではない」も、規則の上ではその通りです。


登録は「もう受理」と村田監督

10月25日、横浜高校は秋の関東大会の準決勝に勝ち、決勝へ進みました。

試合のあと、村田監督が報道陣の前で、MLBへの登録について説明しています。

その日の午後4時すぎには、こんな速報がXに流れました。

この速報の中身を、同じ日に出たスポーツニッポン・サンケイスポーツ・スポーツ報知の3社の記事と照らし合わせてみます。

 

手続きはドラフト前だった

村田監督によると、10月15日にアメリカ行きを表明したあと、チームは関東大会に出ていて、手続きがすぐにはできなかったそうです。

19日の準々決勝を終えて戻ってから、ドラフトの前に手続きをして、受理された、という説明です(サンケイスポーツ)。

「もう受理されている。アメリカ時間で週明けには登録されているという状況になると思う」(スポーツニッポン)

ロメロさんが「まだ登録されていない」と書いたとき、申し込みはもう出ていたことになります。

外から見えていた「未登録」は、受け付けられてから登録されるまでの途中だった、というのが村田監督の説明です。

 

速報の言い方を確かめる

では、速報の言葉はどこまで合っているのか。

ひとつずつ3社の記事と照らすと、こうなります。

  • 「登録手続きを済ませた」:合っている。ただし済んだのは申し込みで、登録されるのは「アメリカ時間で週明け」の見込み
  • 「11月1日が期限」:合っている(スポーツニッポン・東京スポーツ)
  • 「村田監督が明かした」:合っている(3社が同じ日に伝えている)
  • 「メジャー挑戦へ」:向かう方向は合っている。ただし、どの道へ進むかを決めるのはこれから

最後の1つは、少し説明がいります。

村田監督は、松井さんの監督就任に「びっくりしました」と話したあと、「織田に関してはこれからアメリカの(球団の)面談なので。まずはそっちに行くと進めていくので」と続けています(スポーツニッポン)。

アメリカの球団との面談は、関東大会が終わってから順に行う予定だそうです(サンケイスポーツ)。

そのうえで、「しっかり時間をかけて、面談も聞いて、しっかり決断させたい」とも話していました(スポーツニッポン)。

アメリカへ向かう準備は進んでいても、球団と契約するのか、大学へ進むのか、その答えはまだ出ていないわけです。

23日の「方針転換か」も、25日の「メジャー挑戦へ」も、決める本人より一歩先に言葉が出ていたことになります。


18歳が背負うもの

宮本さんが「わからない」と断ったうえで話した推測が、広がるうちに「織田くんは、巨人と裏で通じていて」と、18歳の高校生を主語にした文になって回っていきました。

 

受けても断っても

このまま織田投手が巨人に入れば、「やっぱり密約だった」と言われるかもしれません。

アメリカへ行けば、今度は「大スターの監督の誘いを断った」と言われるかもしれません。

そのことを、こんなふうに心配している人がいます。

10月25日には村田監督も、「いろんな形でいろんなことを言われているんで、本人もちょっと大変だろうなと思う」と話しています(スポーツニッポン)。

どちらを選んでも、何かを言われてしまう場所に、18歳が立たされています。

 

空白のままの「色々なこと」

10月25日の時点でも、巨人は「色々なこと」の中身を語っていません。

アメリカの球団との面談は、これから始まります。

どちらの道を選ぶにしても、その答えは織田投手が自分で決めたものとして受け取りたいですね。