都心の一等地を歩いていると、ビルとビルのあいだに、雨戸を閉めたままの古い家がぽつんと残っていることがありますよね。

門の前に草が伸びたその家の前を通るたびに、「売ったらいくらになるんだろう」「地面師(じめんし)に狙われそう」と思ってしまうのは、私だけではないと思います。

2026年9月27日には、東京・赤坂のTBSのすぐ横に残る古い木造の家について、「ずっと放置されてる」「地面師が狙いそうな物件」「売ったら数十億はいく」と書いたポストを見かけた人も多いのではないでしょうか。

 

土地の持ち主になりすます詐欺師を描いたドラマ『地面師たち』のモデルになったのは、テレビのニュースでも大きく報じられた、大手住宅メーカーが約55億円をだまし取られた事件です。

大手のプロでもだまされる怖さがある一方で、不動産の現場では「地面師より怖いものがある」という声も上がっています。

身内が勝手に売ろうとするのも、地面師がなりすますのも、狙うのは持ち主が自分では判断できない家です。

持ち主が施設に入っていたり、亡くなった親の名義のまま兄弟で話がまとまらなかったりして、家族の間で家をどうするか決められないまま置かれている家なんですよね。

なりすましで土地を売る地面師の手口

地面師(じめんし)とは、土地の持ち主になりすまして他人の土地を勝手に売り、代金だけを持ち去る詐欺のグループです。

2024年7月にNetflixで配信が始まったドラマ『地面師たち』で、その手口は一気に知られるようになりました。

ドラマの中だけの話に見えますが、現実の地面師も、ほとんど同じ段取りで動いているんですよね。

地面師の手口の流れ(土地を探す・なりすまし役・書類の偽造・契約と支払い・登記で発覚)

 

役割を分けて本物の持ち主を演じる

地面師は1人で動くことはほとんどなく、それぞれに持ち場があります。

  • 全体を仕切るまとめ役
  • 持ち主を演じるなりすまし役
  • なりすまし役の付き添い役
  • 書類を作る偽造役

なりすまし役には、本物の持ち主と年齢や見た目が近い人が選ばれ、お金で雇われただけの人であることも珍しくありません。

しかも、取引の場で使われる書類は、素人目には見分けがつかないほど本物そっくりに作られます。

  • 運転免許証やパスポートなどの身分証
  • 印鑑登録証明書(実印が本人のものだと役所が証明する書類)
  • 土地の権利証(今は「登記識別情報」という番号の通知)
  • 固定資産税の評価証明書(役所がつけた土地の評価額の証明)

 

気づいたときにはお金がない

地面師の事件でいちばん怖いのは、偽物だと分かるタイミング。

土地の売り買いでは、代金を払ったその日に、法務局(土地や建物の持ち主を記録している国の役所)へ「持ち主が変わりました」という登記(持ち主の記録の書き換え)を申請するのがふつう。

そこで法務局が書類を調べて、はじめて偽造に気づくのですが、そのときには払った代金はもう行方が分からなくなっているのです。

五反田と赤坂で狙われた土地

2017年の五反田の旅館、その4年前の2013年の赤坂の駐車場、そして2026年の大阪・中津の土地と住宅。

地面師に狙われたのは、どれも駅から歩ける、誰もがうらやむような一等地でした。

 

五反田の旅館で消えた約55億円

2017年、積水ハウスが狙われたのは、JR五反田駅から歩いて数分、目黒川沿いにあった旅館「海喜館(うみきかん)」の土地。

旅館があった場所(東京都品川区西五反田)

広さはおよそ600坪(約2000平方メートル)で、旅館はすでに営業をやめていて、持ち主は女性でした。

 

積水ハウスはこの土地を70億円で買う契約を結び、2017年4月と6月1日の2回に分けて、代金の大半を支払っています。

ところが6月6日、法務局が「書類が偽物だ」として登記を受け付けず、約55億円がだまし取られたことが発覚。

持ち主を演じた女は、取引の場で自分の誕生日や干支を言い間違えるなど、あとから振り返れば不自然な点もあったといいます。

目黒川沿いに残っていた古い旅館は、事件のあとも、通りがかる人の気を引いていました。

だまし取られたのはお金だけで、土地の登記は本物の持ち主のまま変わらず、その後、別の不動産会社の手に渡って、今は目黒川沿いに30階建てのタワーマンションの建設が進んでいるところです。

 

赤坂の駐車場で12億6000万円

その4年前の2013年8月には、東京・赤坂でも同じような事件が起きていました。

事件の舞台になった東京都港区赤坂2丁目

狙われたのは、外堀通りに近い赤坂2丁目にある約120坪(約400平方メートル)の駐車場です。

もともとの持ち主はすでに亡くなっていて、土地を受け継いだのは80代の兄弟でしたが、2人とも高齢で施設に入っていたとされます。

地面師はこの兄弟になりすまし、住民基本台帳カード(以前使われていた身分証明のカード)や権利証、印鑑証明書などをすべて偽造して、アパグループの会社から約12億6000万円をだまし取りました。

このときも、契約から6日後に法務局が「登記の書類は偽造だ」と指摘して、ようやく事件が明るみに出たのです。

 

2026年には大阪の中津でも

大阪駅の北側でも、2026年に同じ手口の事件(こちらは未遂)が起きています。

大阪駅の北側、うめきた地区に近い大阪市北区中津

2026年1月から2月にかけて、大阪府警は、大阪市北区中津の約800平方メートルの土地と住宅2棟をめぐって、司法書士(本来は登記の手続きを代わりに行う専門家)の男らを、詐欺未遂の疑いで逮捕しました。

持ち主の80代の男性になりすまし、偽の身分証で区役所の窓口の目を欺いて印鑑登録を勝手に変え、自分たちの用意した印鑑を〈持ち主の実印〉にすり替えたうえで、約4億1000万円での売却話を持ちかけていたとされます。

ただこのときは、買い手が権利証の代わりになる登記識別情報の通知をその場で確認できなかったことや、相手の受け答えが不自然だったことから不審に思い、契約には至らなかったとのこと。

最近は偽の持ち主役を闇バイトで集めているとみられ、地面師もオレオレ詐欺のような顔の見えないグループに変わりつつあると報じられています。

一等地の古い家が売られない理由

都心の高い土地なのに、なぜ何年も空き家のまま置かれている家があるのか。

都心に限らず、空き家そのものも、総務省の調査では1993年から2023年までの30年で約2倍に増えています。

全国の空き家の数の推移(1993年448万戸から2023年900万戸へ)

2023年には全国で900万戸を超え、そのうち貸す予定も売る予定もない空き家は約386万戸です。

持ち主が何人もいる、土地が借り物、建て替えができない、壊すと税金が上がる、売らなくても困らない。

もったいないと分かっていても動かせない家には、外からは見えない事情がいくつも重なっています。

 

持ち主が家のことを決められない

親が亡くなって家を兄弟で受け継ぐと、1つの家を何人かで持ち合う「共有名義」になるのは、よくある話です。

共有の家を丸ごと売るには持ち主全員の同意と全員の印鑑証明書が必要で、1人が「思い出の家だから売りたくない」と言ったり、連絡がつかない兄弟がいたりするだけで、話はそこで止まってしまうんですよね。

相続の手続きをしないまま、亡くなった親の名義で何十年も置かれている家もあります。

さらに、持ち主が認知症になると、実の子どもでも代わりに家を売ることはできず、家庭裁判所が選んだ人が本人に代わって財産を管理する成年後見(せいねんこうけん)という手続きが欠かせません。

 

土地は借り物で家だけが自分のもの

都心の古い家には、地主から土地を借りて、その上に家だけを建てている「借地(しゃくち)」もよく見られます。

この場合、地代を払って借りていても、家を売るにも建て替えるにも地主の承諾が必要になり、持ち主の一存では何も決められません。

 

今の決まりでは建て替えられない

細い路地の奥にある古い家の中には、一度壊すと新しい家を建てられないものがあります。

火事のときに消防車が入れるよう、家を建てる土地は、幅4メートル以上の道路に2メートル以上接していなければならない、という建築基準法の決まりが、1950年からあるからです。

この決まりができる前から建っている家はそのまま住み続けられますが、建て替えはできません。

建て替えられない土地は資産としての値打ちが下がって買い手がつきにくく、古い家がそのまま残りやすいわけです。

 

家を壊すと税金が上がる

家が建っている土地には、持ち主が毎年払う固定資産税が安くなる特例があり、200平方メートルまでの部分なら、税金はおよそ6分の1ですみます。

古い家を壊して更地にするとこの特例が外れるので、住む人がいなくても家だけは残しておく、という選び方も生まれるんですね。

ただし2023年12月からは、手入れされずに傷んだ空き家が、市区町村から「管理不全空家」として正式に注意(勧告)を受けると、この特例が使えなくなりました。

 

売らなくても困らない

土地の値段の目安になる路線価(国税庁が道路ごとに決める土地の値段)は、2026年分まで全国平均で5年続けて上がっています。

お金に困っていない持ち主にとって、都心の土地は持っているだけで値打ちが上がっていく財産なのです。

地面師が目をつける家の特徴

放置された古い家を見て「地面師が狙いそう」という感覚は、専門家が挙げる特徴とかなり重なっています。

司法書士や不動産会社が、地面師に狙われやすいとして挙げているのは、次のような家や土地です。

  • 持ち主が高齢で、施設や病院にいる
  • 長いあいだ空き家や更地、駐車場のまま
  • 亡くなった人の名義のまま、相続の登記がされていない
  • ローンの担保(抵当権=ていとうけん)がついていない
  • 都心の一等地で、値段が高い

施設にいる持ち主、亡くなった人の名義、借金のない一等地。

家が動かせないまま置かれていること自体が、地面師にとっての入り口になってしまうのです。

 

持ち主がその場にいない

地面師にとっていちばん都合がいいのは、本物の持ち主が取引の場に現れないこと。

持ち主が施設に入っていたり、認知症で自分の家のことを把握できなかったりすると、偽物が堂々と持ち主を名乗っても、止める人がいません。

介護と実家の管理が重なると、名義のことまではなかなか手が回らないものですよね。

 

借金がないと誰も気づかない

ローンの担保がついた土地を売るには、お金を貸した銀行との手続きが欠かせないので、必ず銀行の目が入ります。

反対に、借金のない土地は、登記がこっそり書き換えられても誰の目にも止まりにくいんですね。

不動産の仕事をしていても地面師に出会うことはほとんどない、と冒頭の投稿にあったように、事件そのものはめったに起きません。

それでも一度狙われれば、家族の土地が知らないうちに売りに出されてしまいます。

 

TBS横の古い家に集まった声

では、赤坂のTBSのすぐ横にあるあの家は、本当に地面師が狙いそうな家なのでしょうか。

そのポストには、「ここ人住んでるよ」「住んでる人います」と返信した人が何人もいました。

「放置されてる割には地面とか植物とか整ってる感じがします」と、手入れの跡に気づいた人もいたほどです。

 

もし本当に人が暮らしているなら、持ち主が取引の場に現れない家という、地面師がいちばん欲しがる条件からは外れます。

写真から場所が分かってしまうことを心配して、「住所もほぼ特定してるようなもの」と書いた人もいました。

外から見て放置に見える家と、中で暮らしがある家は、通りすがりにはなかなか見分けがつかないものです。

家族の家を地面師から守る方法

親の家が遠くにあって、しばらく誰も住んでいない人ほど、知っておきたいことがあります。

法律の改正で、2024年と2026年には家の登記のルールが続けて変わっていて、知らないまま放っておくと過料(かりょう=役所に払う罰金のようなもの)の対象になることも。

 

相続の登記は2024年から義務

2024年4月1日から、家や土地を相続したら、そのことを知った日から3年以内に登記をすることが義務になりました。

正当な理由なく放っておくと10万円以下の過料の対象になり、2024年4月より前に相続した家も、2027年3月31日までに登記が必要です。

亡くなった人の名義のまま何十年も置かれた家は地面師にとっても狙いやすいので、名義を今の持ち主にそろえておくこと自体が守りになります。

 

引っ越したら住所の登記も

2026年4月1日からは、持ち主の住所や名前が変わったときも、2年以内に登記をすることが義務に。

権利証なしで登記が申請されると、法務局は登記に書かれた住所へ確認の手紙を送りますが、住所が古いままだと手紙が届かず、勝手な登記に気づくのが遅れるおそれも。

 

危ないと感じたら不正登記防止申出

権利証や実印をなくした、誰かが家のことを調べているようだ、と不安を感じたときは、法務局に「不正登記防止申出」を出すことができます。

申し出は、原則として持ち主本人が法務局の窓口へ出向いて行うもの。

そこから3か月のあいだに家の登記の申請があると持ち主に知らせが届き、法務局も申請した人に本当に権限があるのかを調べてくれます。

効き目は3か月だけで自動では延びないので、不安が続くなら、切れる前にもう一度申し出ておきましょう。

 

ときどき自分で登記を見る

家の登記は、法務局の窓口や、インターネットの「登記情報提供サービス」を使えば、自宅のパソコンからでも数百円で誰でも見ることができます。

親の家が遠くにあるなら、年末年始の帰省のついでなど、年に1回くらい登記を確かめて、持ち主の名前が変わっていないかを見ておくだけでも安心です。

あわせて、権利証がどこにしまってあるのか、名義は誰になっているのかを、家族で一度話しておけば、地面師だけでなく、身内の誰かが勝手に売ろうとするトラブルも防ぎやすくなります。

一等地の古い家は本当に数十億なのか

「売ったら数十億」は、場所によっては本当にありえる数字です。

銀座の一等地では、はがき1枚分の土地にさえ、ふつうの感覚では信じられないような値段がついています。

土地のおおよその値段は、国税庁が毎年7月1日に発表する「路線価(ろせんか)」を見れば分かるんです。

 

日本一高い土地ははがき1枚で79万円

2026年分の路線価で日本一高かったのは、東京・銀座5丁目の文具店「鳩居堂(きゅうきょどう)」の前で、41年連続のトップでした。

路線価が41年連続で日本一の銀座5丁目・鳩居堂前

その値段は1平方メートルあたり5336万円で、前の年より11.0%も上がっています。

はがき1枚分の広さに直すと、およそ79万円です。

 

路線価から値段の目安を出す

路線価は道路ごとに決められていて、「路線価×土地の広さ」で土地の評価額が出ます。

路線価×土地の広さで評価額を出し、0.8で割ると売買の目安になる計算の図

路線価は実際の売り買いの値段より低めに決められていて、売れる値段は、路線価で計算した額より4分の1ほど高くなるのが目安。

たとえば路線価が1平方メートル500万円(鳩居堂前の10分の1ほど)の道路に面した100坪(約330平方メートル)の土地なら、売れる値段の目安は20億円を超えます。

実際、赤坂の約120坪の駐車場には12億6000万円の値段がついていて、一等地の土地に10億円を超える値段がつくのは珍しくありません。

ただし値段は広さしだいで、TBS横の家についても「土地が狭すぎて需要がむしろない」「地面師が欲しいのはビルが建つ大きい土地」という書き込みもありました。

気になる場所の路線価は、国税庁の「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」で、地図から誰でも確かめられます。

 

値段がついても動かせない家

値打ちが上がるのを喜んでばかりもいられず、持ち主が毎年払う固定資産税も一緒に高くなっていくのが現実です。

放置されて見える家が本当に危ういのは、値段が高いからではなく、持ち主が決められないまま時間だけが過ぎているときなのかもしれませんね。