2026年9月18日、フランスのマクロン大統領が記者会見で、ロシアによる欧州へのハイブリッド攻撃が激しくなっていると警告しました。

その前後の数日のうちに、ポーランドやリトアニアをはじめとする東ヨーロッパの国々も、相次いで警戒の水準を引き上げています。

聞き慣れない「ハイブリッド戦争」という言葉がニュースに並び始めて、Xでは「第三次世界大戦」がまたトレンドに顔を出しました。

「これ、もう始まっているのでは」と落ち着かない気持ちになった方も多いと思います

ただ、どれだけニュースを追いかけても、「今日から戦争です」と告げてくれる人はもうどこにもいないんですよね。

国と国が正式に宣戦布告を交わした最後の大きな戦争は、第二次世界大戦だと言われています。

朝鮮戦争もベトナム戦争も湾岸戦争もイラク戦争も形のうえでは「戦争」として始まっていないのは、1945年に国際連合ができてから、開戦を告げる手続きそのものが使われなくなったからです。

それでも世界各地の激しい戦闘は、戦後80年あまり一度も途切れずに起き続けてきました。

だから戦争かどうかの線引きは、私たち一人ひとりが自分で決めるしかなくて、肝心の材料がどこにも無いから落ち着かない。

日々のニュースに怯えるそのリアルな感じ方は、決して大げさでも考えすぎでもないと私は思っています。

「第三次世界大戦」は毎年トレンドに上がる

この不穏な言葉がXのトレンド上位へ顔を出すのは、海外で大きな軍事ニュースが出るたび。

口に出して言えば「大げさだ」と周囲に笑われそうで、でも黙っていると自分だけ危機に気づいていないようで怖い。そういう板挟みの声が、いちばん多く並んでいます。

大きな軍事ニュースが出るたびに同じ波が来るので、半年前の2026年4月にも、そっくりな声が出ていました。

「煽ってるとかでなく」とわざわざ断りを入れないといけないところが、この不安のややこしさです。

白黒を確かめる方法がどこかにあるのなら、こんな気を使った前置きは最初から要りません。

どこからが本当の戦争なのかを教えてくれる公的な仕組みが、いまの国際社会にはもう無い

 

だから開戦のニュースは流れない

テレビのニュースで毎日のように流れてくるのは、侵攻、越境、報復、事案といった、少し濁したような単語です。

どれもストレートな「戦争」ではない言葉なので、見ている側には「で、結局これは戦争なの?」という疑問だけが残ります。

では、これほど激しい武力衝突があるのに、なぜどの国の指導者も「戦争」と正面から言わなくなったのでしょうか。

宣戦布告という手続きはもう使われない

誰もいない部屋の机に置かれた、封をされた一通の書簡と羽根ペン

宣戦布告というのは、「これから戦争を始めます」と事前に相手の国へ公文書で正式に伝える外交上の手続きで、昔はこれが国家と国家が戦争を始めるときの絶対の決まりでした。

1907年にオランダのハーグで開かれた国際会議で「開戦に関する条約」が正式に結ばれ、理由を明記した開戦の宣言か、「これを飲まなければ戦う」という最後通牒を事前に出すよう、厳格に決められています。

つまり当時は、何も言わずに黙って攻め込むだまし討ちが、重大なルール違反だったんです。

ところが2度の大戦を経て1945年に国際連合ができると、この前提そのものがひっくり返ります。

世界平和を誓った国連憲章の2条4項で、他国を武力で脅すことも、実際に武力を使うことも、例外なくまとめて固く禁じられたからです。

手続きの決まりではなく、攻撃そのものが丸ごと違法。

そうなると、それをわざわざ予告する宣戦布告もできるはずがなく、仮にいま堂々と宣戦布告をする国があれば、「これから国連憲章を破って違法な攻撃をします」と先に世界へ知らせてしまうことになります。

禁じられたのは戦争であって戦闘ではない

ただし、突然攻められたときに反撃することまでは禁じていません。国連憲章には、自分の国を守るための「自衛権」による武力行使は別だ、という正当防衛の例外がはっきり書かれているのです。

だから各国は、自分がやっていることを「自衛」と呼び直すようになったのでしょう。

激しい砲火を交わした朝鮮戦争は当時「事変」や「動乱」と呼ばれ、ベトナムでは自衛だと、イラクでは大量破壊兵器を取り除くためだと、攻め込んだアメリカが世界に弁明しました。

みずから「戦争」と公式に名乗らなければ、建前の上では国連憲章の厳しい禁止条項にも引っかからないという、ご都合主義の理屈ですね。

手続きとしての宣戦布告は死んでも、言葉だけはしぶとく生き残っていて、ロシアのラヴロフ外相は2026年9月16日に、欧州各国がウクライナへ兵を送れば、それを宣戦布告とみなすと警告しました。

いまや宣戦布告は、相手へ「そこから先は別の戦争になる」と伝えるための脅し文句です。

第二次大戦の開戦日は1つではない

白黒がはっきりしているように見える第二次世界大戦でも、実際に「始まった」とされる日は当事国によってバラバラに分かれています。

  • ヨーロッパ=1939年9月1日のドイツによるポーランド侵攻から
  • 日本=1937年に始まった日中戦争を起点とする見方
  • アメリカ=1941年12月の参戦から

どの国も「自分の国が戦い始めた日」を起点にするので、同じ1つの戦争なのに答えが4年もずれてしまうわけです。

しかも形式的な宣戦布告があったヨーロッパの戦線でさえ、ヒトラー率いるドイツ軍が国境を越えてポーランドへ攻め込んだのが9月1日で、ポーランドと同盟を結んでいたイギリスとフランスが最後通牒の末に宣戦布告したのは、その2日後。侵攻が先で、手続きは後からバタバタと追いかけています。

アメリカの雑誌タイムは、開戦から10日後の1939年9月11日号でもう「World War II」と書いていました。

それでも、この呼び名がアメリカの公式な名称に決まったのは、惨禍のすべてが終わった1945年9月のことです

渦中にいた人たちは、自分がいるこの状態に後からどんな名前がつくのかを知らないまま、毎日を過ごしていました。

いま起きていることが後から何と名づけられるのかも、やっぱり私たちには分からないまま。

ハイブリッド戦争は軍隊を出さずに進む

その名づけの途中にあるのが、いま欧州で警戒の強まっている「ハイブリッド戦争」という言葉です。

敵対する国に圧力をかけて揺さぶるための、軍隊を使わない手段のこと。サイバー攻撃、破壊工作、偽情報あたりを漠然とまとめた言い方だとBBCは説明しています。

通信が止まり、施設が燃え、飛行機の位置情報が狂う

2026年9月18日の会見でマクロン大統領が名前を挙げたのは、8月初めにドイツのライプツィヒ空港で起きたロシアによるとされるドローン攻撃と、イタリアからエストニアまで各地の防衛施設で相次いでいる不審火でした。

大統領は、重要なインフラと防衛産業の施設を守るための計画を指示したと明かしています。

欧州を威嚇して、ウクライナへの支援をやめさせることが狙いだ、というのがマクロン大統領の見方でした。

ただしこの種の攻撃は代理の勢力を使って行われることが多く、ロシア側は関与を一貫して否定しています

仕掛ける側からすれば、軍隊を出せば相手も軍隊を出してくるので、あえてそこまで届かない強さで止めておく。

ひとつひとつは事件として小さいのに、束ねると支援をためらわせるだけの重さになるところが、この戦い方のいちばん厄介な点です。

 

撃墜したドローンの発進地は不明のまま

2026年9月15日の未明、リトアニアの領空へ隣国ベラルーシ側から入ってきたドローンを、NATOの任務にあたっていたイタリア空軍機が中部カウナス付近の上空で撃墜しました。

リトアニアで領空を侵したドローンが撃ち落とされたのは、これが初めてだと伝えられています。

ところがリトアニア当局の発表は、ドローンがどこから飛んできたのかは「現時点で不明」、これから残骸を分析して製造国や爆発物の有無を調べる、というもの。

イタリアのクロセット国防相は、ベラルーシの同盟国であるロシアから飛来した可能性が高いと指摘しましたが、指摘は証明ではありません。

ポーランドのトゥスク首相にいたっては2026年9月17日の議会で、ロシアはNATOを分裂させるために、攻撃したあとで「事故だった」と主張するはずだ、と先回りして述べています。

撃ち落とすことはできても、誰がやったのかを名指しする作業は、そこからようやく始まるのです

このやり方のこわいところは、被害に遭った国が怒っている最中に、調査という時間稼ぎの窓が開いてしまうこと。

そして、その窓が開いているあいだに、これは攻撃なのか事故なのかという呼び名の選択が、誰にも見えないところで静かに済まされていくのでしょう。

グレーゾーンと呼べば同盟国は動かない

朝もやのかかった海に浮かぶ小さな無人島と、水平線に見える一隻の船

攻撃とも事故とも決めずに置いておくための言葉は、日本の防衛省が毎年出している防衛白書にもちゃんと載っています。

「グレーゾーンの事態」といって、誰もが平和に暮らす「純然たる平時」でも、ミサイルが飛び交う「有事」でもない幅広い状況のこと。

国境の小さな島や周辺の領海をめぐって国どうしの領有権の言い分がぶつかり、片方の国が軍や沿岸警備の武装船を、威圧するように繰り返し送り込んでくる。

相手は決して引き金を引いて撃ってはこないので国際法上の「武力攻撃」とは呼べないけれど、恐れて放っておくと既成事実が積み上がって、相手の言い分どおりの支配状態が出来上がっていくわけです。

白黒をつけないための中間の区分を、日本政府の公式文書がはっきり用意しているんですよね。

そして、この「どの呼び名を選ぶか」が結果を大きく左右します。

西側の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)には、加盟国のどれか1国でも武力攻撃を受けたら同盟全体への攻撃とみなし、必要と認める行動を全員でとる、と決めた集団防衛の第5条があるからです。

国境で起きた全く同じ出来事でも、首脳たちが「攻撃だ」と呼べば第5条が動き、波風を立てまいと「グレーゾーンの一件だ」と呼べば、軍隊を動かさずに済んでしまう。

同盟が動くかどうかを決めているのは、現場の被害の大きさではなく、その呼び名を選んだ政治の側なのです。

先に来るのは戦車ではなく物価のほう

買い物客のいないスーパーの棚に並んだ食パンの袋

とはいえ、線引きが曖昧になったことと、明日いきなり破滅的な事態が来ることは、まったく別の話。

いまの戦争は、制裁で相手の経済の首を締め、都合のいい情報を流し、海の通り道を押さえるところで動いています。前線での撃ち合いは、その仕組みのごく一部でしかありません。

だから私たちに最初に届くのは、戦車ではなく物価のほう。

たとえばパンやうどんの原料になる輸入小麦は、国がまとめて買って国内の製粉会社へ売る仕組みです。その政府の売り渡し値段が、2022年4月に17.3%も跳ね上がりました。

日本が普段安定して輸入しているのはアメリカ、カナダ、オーストラリアの小麦なので、物理的な流通の直接の原因は、紛争当事国のロシアではありません。

前年の天候不順で北米が不作だったところへ、「大穀倉地帯のロシアや黒海からの輸出が滞るのではないか」という市場の不安が重なり、小麦の相場そのものを押し上げたからです。

硝煙の上がる戦地から遠く離れていても、近所のスーパーの食パンと戦地の小麦は、同じ1つの相場の上に乗っているんですよね。

そして、この話は4年前で終わっていません。

農林水産省が2026年9月9日に発表したのは、この10月からの売り渡し値段を12.0%引き上げて1トンあたり70,020円にするという改定。

ハイブリッド攻撃を警告したマクロン大統領も、同じ9月18日の会見で、来年の大統領選に出る候補者たちへ注文をつけていました。

いまの燃料価格の高騰は、フランス政府にはどうにもできない国際情勢の結果なのだと認めてほしい、という注文です。

あわせてエネルギーに絞ったG7の会合を近く開き、戦略備蓄の放出を検討する考えも示しました。

戦争の脅威を語った同じ口が、同じ日のうちにガソリン代の話をしている。そう考えると、身構えておくべき場所も少し変わってきそうです。

映画のように空からミサイルが飛んでくる日を、怯えて待ち構えても仕方がありません。

食料品やガソリンの値段がどう動いたかを家計で見ているほうが、いまの有事への向き合い方としてはずっと現実的だと思います。

 

ニュースを追う頻度は下げていい

ニュースの見出しが熱くなった日と、国際情勢が実際に動いた日は、たいてい一致しません。

数か月単位で振り返って、身の回りのモノの値段と物流がどちらへ傾いたかを確かめるくらいで、たぶん十分でしょう。

結局「もう始まっているのか」に、いま答えられる人はいません。

答えを持っているのは、それを戦争と呼ぶかどうかを決められる側だけですから。