2026年10月18日、福岡県宗像市で行われたプリンセス駅伝の1区。

肥後銀行の塚本真夕選手がふらふらになりながら前へ進み、縁石のあたりでつまずいて倒れたまま、動けなくなりました。

大会本部の発表は「熱中症の疑い」で、スタートの時点で気温は28度あったそうです。

塚本選手がこの大会の1区で途中棄権するのは3年前に続いて2度目で、西日本スポーツは「3年前と同じ悲劇」と伝えています。

中継やネットの動画で見ていた人からは、「倒れる前に止めてあげて」という声がいくつも上がりました。

この大会では2018年にも、骨折した選手が四つん這いでたすきをつなぎ、そのあと本人が続けたがっても審判が止められるようにルールが変わっています。

それなのに、なぜ今回も倒れるまで誰も止めなかったのか。


気温28度の1区で起きたこと

プリンセス駅伝は、宮城県で行われるクイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝)の予選会です。

宗像ユリックスを発着点に、上位16チームだけが本大会へ進める、実業団の選手にとっては一年を左右するレース。

TBS系で生中継されたこの日の号砲は、お昼の12時10分でした。

中継の解説でも、スタート前から「暑さがどう影響するか」と心配する言葉が出ていたと、日刊スポーツは伝えています。

 

ふらつきながら縁石へ

1区の距離は7キロ。

デイリースポーツによると、先頭の集団がハイペースで進むなか、塚本選手は終盤にふらふらの状態になり、道の端へ寄っていったところで、縁石のあたりにつまずいて転倒したそうです。

係員やチームのスタッフが飲み物を手に声をかけても、しばらく起き上がれない状態が続いたとのこと。

中継を見ていた人も、その様子を書き残しています。

中継では「肥後銀行が今、ちょっとレースができないという状況になっています」と伝えられ、肥後銀行は1区で途中棄権になりました。

塚本選手のその後の容体は、18日の夕方の時点でまだ報じられていません。

大事に至っていないことを、まずは祈るばかりです。

 

3年前も同じ1区で

前回の途中棄権は、2023年の大会でした。

1区の中盤でペースが急に落ち、足を引きずりながら進んだあとに棄権していて、左すねの疲労骨折と診断されたと報じられています。

前回はけが、今回は熱中症の疑いと、理由はまったく別のもの。

それでも、同じ1区で、またたすきを渡せないまま終わってしまったことになります。


「触れたら失格」ではなかった

倒れるまでの時間を画面で見ながら、「なんで誰も止めないの」と思った人も多かったのではないでしょうか。

その理由として、「選手に触れたら失格になるから、止めたくても止められないのでは」と考えた人もいます。

触れたら失格なのか、触れてもいいのか。

答えは、陸連のルールにそのまま書かれていました。

 

体に触れても助力にはならない

駅伝のルールは、日本陸上競技連盟(陸連)の「駅伝競走規準」にまとまっています。

たしかに第11条には「競技者は競技中、いかなる助力も受けてはならない」とあり、ここだけを読むと、触れたら終わりのように見えますよね。

ただ、同じ条の3項は、こう続いています。

「正常な走行ができなくなった競技者に審判員や大会医療スタッフが声掛けを行なったり、一時的に介護するために競技者の体に触れたりすることは助力とはみなさない」

つまり、まっすぐ走れなくなった選手に審判員や大会の医療スタッフが声をかけ、体を支えても、それで失格にはならないというわけです。

「正常な走行ができなくなった」という書き方なので、倒れる前の、ふらつき始めた段階もここに入ると読めますね。

 

本人が続けたくても止められる

止める権限は、同じ規準の第3条に書かれています。

大会の審判長は「競技続行不可能と判断された競技者を中止させたりする権限」を持ち、大会の医師も「競技中に健康上不適当と判断した場合、競技を中止させる権限」を持っているんです。

審判長か医師から中止を命じられた選手は、本人が「まだ走れます」と言っても、ただちに競技をやめなければなりません。

今回の件を見ていた人の中にも、この決まりを知っている人がいます。

この決まりが形になったきっかけは、2018年のプリンセス駅伝。


2018年 四つん這いのあとで変わったこと

2018年10月21日のプリンセス駅伝では、ひとつの大会の中で、2人の選手が止められないまま進みました。

ひとりはけがで、もうひとりは暑さの中の脱水です。

どちらの場面でも、止めたいと思った人がいたのに、止まるまでに時間がかかっています。

 

200メートル以上の四つん這い

2区を走っていた岩谷産業の飯田怜選手は、中継所の手前で走れなくなり、200メートル以上を両手と両ひざをついて進んで、たすきをつなぎました。

右すねの骨折だったと伝えられています。

当時のITmedia(ねとらぼ)の記事によると、この大会では監督車の伴走が認められておらず、廣瀬永和監督は控室でテレビ中継のモニターを見ながら指揮をとっていたそうです。

異変を見た監督はすぐに運営側へ電話で棄権を伝え、その後も重ねて求めましたが、運営側は「選手の意思を尊重する」として続けさせたとのこと。

止めたかった監督は、私たちと同じテレビの画面の前にいたわけです。

 

同じ日の3区は脱水だった

同じ日の3区では、先頭を走っていた三井住友海上の岡本春美選手が脱水症状になり、蛇行や逆走をしたすえに沿道へ倒れ込んで、チームの要請を受けて途中棄権になっています。

その日の中継を見ていた人は、こう書いていました。

8年前の投稿なのに、今日の書き込みだと言われても見分けがつかないほどです。

西日本スポーツによると、この2018年の件を受けて、本人に続ける意思があっても審判長などが競技を止められるよう、規則の一部が変わりました。

2022年のプリンセス駅伝の最終区で京セラの選手が転倒したときには、救護の医師が太ももの骨折を疑って競技を止め、救急車で運んだそうです。

けがで倒れた選手を止める仕組みは、実際に動くようになっていたんです。


止める合図は今も「倒れた」の側

それなら今回も、もっと早く止められたのでは、と思ってしまいますよね。

引っかかりの元は、触れてよい場面と、止める手順が動き出す場面が、規準の中で別々の言葉で書かれていることにあるんです。

 

規準が数えるのは歩く・立ち止まる・倒れる

駅伝競走規準の第5条は、選手が「走行不能」になったときの手順の決まり。

その「走行不能」を、規準は「即ち、歩いたり、立ち止まったり、倒れた状態になったとき」と言い換えています。

そうなったときの手順は、次の順番で決められています。

  1. 役員やチーム関係者が、選手を道路の左端へ移す
  2. 近くの審判員が声をかけ、具合を確かめる
  3. 大会本部へ報告する
  4. 審判長か医師が、続けさせるか止めるかを決める

触れてよいのは「正常な走行ができなくなった」ときからなのに、止める手順の入口に書かれているのは、歩く・立ち止まる・倒れるの3つだけです。

 

ふらつきは「まだ走っている」に入る

2018年の飯田選手は、倒れて四つん這いになった時点で、この3つのうち「倒れた」にはっきり当てはまっていました。

今回の塚本選手は、報道によると、ふらふらになりながらも前へ進んでいたそうです。

報道の言葉で見るかぎり、3つのどれかにはっきり当てはまったと言えるのは、縁石でつまずいて倒れたところでした。

2018年の岡本選手も、蛇行や逆走のあいだは進み続け、止まったのは沿道へ倒れ込んだあとになっています。

 

もちろん医師には「健康上不適当」と見れば止める権限があるので、ふらつきの段階で止めることも、ルールの上ではできます。

ただ規準を読むかぎり、そのためには医師か審判長が、選手の様子を見るか報告を受けるかして、自分で判断するしかありません。

2018年のあとで、本人の意思より審判の判断が先という順番は、はっきりしました。

手順が動き出す合図は、いまも歩く・立ち止まる・倒れるのままです。

中継を見ていた人の中には、棄権の判断の早さそのものを問う声もありました。

「なぜ誰も止めなかったのか」の答えは、止める人がいなかったことより、倒れる前に止める合図がまだ規準の言葉になっていないところにあります。


28度の昼に鳴った号砲

止める合図が倒れるまで鳴らないのなら、せめて倒れるほどの暑さの中を走らせないでほしい、とも言いたくなるところ。

この日、たすきが途中で止まったチームは、肥後銀行のほかにもありました。

 

5区でも途中棄権

5区では、鹿児島銀行の野村優花選手も途中棄権しています。

棄権の理由は報じられていませんが、スポーツニュースサイトのTHE ANSWERは「暑さ原因か」という見出しで、たすきを渡したあとに倒れ込む選手も続いたと伝えていました。

出雲は13時5分から9時10分へ

そこで引っかかるのが、お昼の12時10分というスタートの時間です。

大学の駅伝は、ここ1〜2年でスタートを朝へ動かしてきたと、THE ANSWERは伝えています。

  • 出雲駅伝=13時5分から9時10分へ(今年から)
  • 箱根駅伝の予選会=9時35分から8時30分へ(去年から)
  • 今回のプリンセス駅伝=お昼の12時10分(2021年の大会も12時10分)

同じ記事は、時間を動かすには道路の交通規制などの調整が要るので簡単ではない、とも書いています。

それでも、スタートの時点で28度あった日に昼の号砲を鳴らしたことには、ネットでも首をかしげる声が上がりました。

正午すぎの号砲と、倒れるまで動き出さない止める手順が重なった1区で、塚本選手は縁石のそばに倒れたまま、動けなくなった。

倒れてから止めるという順番は、どう見ても逆なんですよね。