flumpoolのギタリスト・阪井一生が、作曲家の大浦史記さんから裁判を起こされていたことが分かりました。

2026年10月20日に週刊女性PRIME(女性週刊誌『週刊女性』のニュースサイト)が報じ、同じ日に大浦さん本人もXで「阪井一生さんを訴えました」と明かしています。

大浦さんの主張は、自分が作った曲が、8年間にわたって阪井の名前で世に出ていたというものです。

同じ日の夜7時半ごろには、阪井もXにコメントを出しました。

謝ってはいるものの、出てきた言葉は「双方に誤解が生じた」。

「誤解って何のこと?」「ゴーストライターってこと?」と、読んだ人ほど引っかかったのではないでしょうか。

flumpool阪井一生と作曲家・大浦史記

flumpoolのメンバー4人のアーティスト写真
引用元:flumpool公式サイト(https://www.flumpool.jp/)
  • 名前=阪井一生(さかい・かずき)
  • 生まれ=1985年2月26日(41歳)
  • 出身=大阪府松原市
  • 担当=flumpoolのギター・コーラス
  • バンド=2007年1月結成・2008年に「花になれ」でメジャーデビュー

flumpoolは、幼なじみのボーカル・山村隆太、ベース・尼川元気、阪井の3人に、ドラムの小倉誠司が加わった4人組です。

NHK紅白歌合戦にも3回出ている人気バンドで、いまは11月8日の東京公演まで続く全国ツアーの最中でもあります。

ドラムの小倉誠司は2026年6月から、ジストニア(自分の意思と関係なく筋肉がこわばり、思うように体を動かせなくなる病気)の可能性があるとして治療に専念していて、ライブには出ていません。

阪井は、バンドの曲のほとんどを作曲してきたメンバーです。

 

一方の大浦史記(ふみのり)さんは、福岡県宗像市出身のピアニストで作曲家です。

2011年に、B’zやZARDで知られるビーイング系のレーベルと契約し、2012年に結成されたロックバンド「Loe」でピアノとコーラスを担当していました。

Loeの公式サイトでは、福岡から東京までの道のりを徒歩で旅したという経歴も紹介されています。

大浦さんは2016年にレーベルとの契約を終えて独立し、東京へ移っています。

阪井との仕事が始まったのは、その翌年の2017年です。

いまは2027年に発売予定のホラーゲームの音楽を手がけながら、ピアノ講師もしています。

作曲家が訴えるまでの8年間

週刊女性PRIMEによると、2人の仕事は音楽関係者の紹介から始まりました。

ドラマの音楽を担当することになった阪井から、ドラマのイメージや簡単な指示を受けて、大浦さんがピアノを中心とした曲を作って納める仕事を、8年間続けてきたといいます。

 

ドラマの音楽とは、ドラマや番組の場面の後ろで流れる曲のことで、業界では「劇伴(げきばん)」と呼ばれています。

10曲弱で2万円から始まった

最初の仕事は、2017年9月に放送された『FNS27時間テレビ にほんのれきし』(フジテレビ系)の中の、3本のスペシャルドラマでした。

阪井が初めてドラマの音楽を担当したのもこの3本で、大浦さんの話のとおりなら、阪井の劇伴の仕事には、最初から大浦さんの手が入っていたことになります。

大浦さんは、阪井の曲にピアノを足す仕事だと思っていたところ、実際はゼロから作ることになり、10曲弱を納めて報酬は全部でおよそ2万円だったと話しています。

その後も、2021年と2022年に配信されたNetflixの恋愛リアリティ番組『未来日記』で、2シーズン合わせて約12曲を手がけ、報酬は「各5万円」だったそうです(1曲ごとかシーズンごとかは報じられていません)。

契約書は交わさず、作曲者として名前が出ることもなかったといいます。

それでも大浦さんは、自分の作った音楽がテレビから流れてくることが純粋にうれしかったと振り返っています。

「今回こそ名前を」と頼んだ『対岸の家事』

多部未華子が主演した2025年4月期のドラマ『対岸の家事〜これが、私の生きる道!〜』(TBS系)の仕事をきっかけに、2人のあいだで名前の扱いが問題になっていきます。

阪井にとっては、ゴールデン・プライム帯(夜7時〜11時)の連続ドラマの音楽を担当する初めての仕事で、これまでよりずっと多くの人の耳に届く舞台でした。

2024年12月に依頼を受けて16曲を納めたあとの2025年1月18日、大浦さんは阪井に、公式サイトのスタッフ欄やエンドロールに、阪井と連名で名前を載せてほしいと伝えたといいます。

エンドロールは、番組の最後に出演者やスタッフの名前が流れる部分のことです。

返ってきたのは「名前を載せるのは難しい」という答えでした。

大浦さんの話では、名前を載せるのが条件なら、今回の仕事は白紙にすることも考えなければならない、という意味のことまで阪井から言われたそうです。

 

16曲はもう納めてしまっていて、断れば次の仕事がなくなるかもしれない。

そう考えた大浦さんは、今回は名前を出さなくていいので、次からはきちんと扱ってほしいと伝えて引き下がりました。

阪井からは、ドラマの曲を集めたサウンドトラックのCDが出るなら曲ごとに名前を載せられるかもしれない、音楽配信なら共作の扱いにできるかもしれない、という話も出ていたといいます。

 

その約2か月後、放送前の2025年3月に、flumpoolの公式サイトには阪井のこんなコメントが載りました。

「普段のバンドマンとしての音楽とは違って、色んなことにチャレンジさせていただき、すごく刺激的で、作品に共感できる部分も沢山あり、まるで自分もドラマの世界にいるような気持ちで音楽を作らせていただきました。」

この「音楽を作らせていただきました」という言葉が、どこまでの作業を指していたのか。

法廷で争われているのも、まさにこの「作った」の中身です。

サントラの発売をSNSで知った

ところが、その後は連絡がないまま、大浦さんは2025年4月、SNSでサウンドトラックのCDが出ることを知ります。

2025年5月に出た全33曲のサウンドトラックには、大浦さんが作った「声にならない想い」も入っていましたが、CDはもう完成していて、名前を載せることはできませんでした。

名前が載らなかったことについて、阪井は「自分の独断で進めてしまった」と謝りながらも、ゴーストライター(本人に代わって作品を作り、表に名前を出さない人)のような扱いではないと説明したそうです。

大浦さんはそのやり取りの翌日、阪井に内容証明郵便(いつ・誰に・どんな文面を送ったかを郵便局が証明してくれる手紙)を送り、阪井の所属事務所とテレビ局にも連絡しました。

 

連絡してみると、事務所もテレビ局も、阪井が担当した曲に別の作曲家が関わっていることを知らなかったそうで、大浦さんはそこに驚いたといいます。

大浦さんは、『未来日記』などで自分が作ったと考えている曲も、JASRAC(曲の使用料を集めて作者へ分ける団体)に阪井の名前で登録されていたと話しています。

裁判所が間に入った話し合い(調停)はまとまらず、大浦さんは2025年9月に阪井を訴えました。

訴えの対象は、「声にならない想い」の1曲です(なぜこの1曲に絞ったのかは報じられていません)。

阪井一生が法廷で語った言い分

2026年10月13日には東京地裁で、2人がそれぞれ裁判官や弁護士の質問に答える本人尋問が開かれました。

阪井は法廷で、こう答えています。

  • 作曲家は音楽監督ともいえます
  • ピアノだけでは楽曲は成立しません
  • 過去の『FNS27時間テレビ』の仕事から、クレジットの掲載を求められませんでした
  • 正直詳細な契約内容は把握できていませんが、これまでトラブルはありませんでした
  • 『対岸の家事』に関しては、白紙に戻す提案をした段階で引き揚げておけばよかった

音楽監督は、作品の音楽全体の方向を決めてまとめる立場のことで、クレジットは作品に名前を載せることです。

最後の言葉は、名前の件で話がこじれた時点で、自分がこの仕事から手を引いておけばよかった、という意味に読めます。

権利のことは所属事務所に任せていた、とも話しています。

 

調停の場で阪井は、解決金(争いを終わらせるために払うお金)600万円を支払うことと、この件を公表することを求められたそうで、そのときメンバーやスタッフに迷惑をかけてしまうと思った、と振り返っています。

裁判で大浦さんが求めている賠償は100万円で、600万円はそれとは別に調停で出てきた金額です。

大浦さんはお金のほかに、謝罪文を載せることと、『対岸の家事』のサウンドトラックCDの在庫を処分して出回らないようにすることも求めていて、裁判の行方しだいではサントラが店頭から消えるかもしれません。

「双方に誤解」にツッコミが集まる

阪井側の弁護士も週刊女性PRIMEの取材に、Xのコメントと同じく「制作過程において双方に誤解が生じたことは事実」と答えています。

阪井は法廷で、2025年1月18日の時点で名前は載せられないと伝えていた、と強調しました。

名前は載せられないと答えたということは、大浦さんがその日に名前を載せてほしいと頼んだこと自体は、阪井の側も法廷で認めているんです。

阪井は、前の仕事で名前を求められなかったので、今回もこだわっていないと思ったとも説明しています。

ただ、2025年1月18日にははっきり頼まれているので、そのあとのことまでは、少なくともこの理由では説明がつきません。

どちらの言い分が通るかは、この先の裁判で決まります。

「作曲」と「編曲」はどこで分かれるのか

阪井の言い分の芯にあるのは、「ピアノだけでは楽曲は成立しません」の一言です。

阪井は法廷で、納めるときには楽器ごとに音を分けたデータ(パラデータ)を用意すると話し、「ドラマではピアノだけが使用されることもありました」とも答えています。

ピアノのメロディに、ほかの楽器の音を重ねて1曲に仕上げるところまでが作曲だ、という考え方に聞こえます。

 

ところが、ポップスの世界では、メロディを作った人と、楽器の音を重ねて仕上げた人は、CDのクレジットやJASRACの登録で別々の名前になるのがふつうです。

前者が「作曲」、後者が「編曲(アレンジ)」です。

flumpool自身の代表曲のクレジットにも、この分け方がはっきり出ています。

  • 花になれ(2008年・配信で出たデビュー曲)=作詞・作曲・編曲 百田留衣
  • 星に願いを(2009年・初のCDシングル)=作曲 阪井一生/編曲 玉井健二・百田留衣
  • 君に届け(2010年)=作曲 阪井一生/編曲 玉井健二・百田留衣

デビュー曲は外部の作曲家が作った曲で、そのあとの「星に願いを」「君に届け」は、阪井が作ったメロディを、プロデューサーの玉井健二と作曲家の百田留衣が編曲して仕上げています。

それでも作曲者の欄に載っているのは、メロディを作った阪井の名前です。

仕上げを人に任せても、メロディを作った人の名前が「作曲」に載る。

ドラマの音楽でも同じ分け方になるのかどうか、そしてピアノだけが流れた場面のメロディを作ったのは誰だったのか。

裁判で問われるのは、この2つです。

flumpoolの曲は大丈夫なのか

ファンがいちばん気になるのは、flumpoolの曲まで別の人が作っていたのかどうかですよね。

報道で大浦さんが名前を挙げているのは、『FNS27時間テレビ』『未来日記』『対岸の家事』というドラマや番組の音楽です。

報道を見るかぎり、大浦さんは、flumpoolとして世に出た曲のことを自分の曲だとは話していません。

2人の仕事が始まったのは2017年なので、2009年の「星に願いを」や2010年の「君に届け」とは、そもそも時期が違います。

阪井も、報道が出た10月20日の夜10時半ごろにXで2本目のコメントを出し、「今回報道されている作曲家の方は、flumpoolの楽曲制作には一切関わっていません」と言い切りました。

それでも、バンドの曲を作ってきた人の名前で、ほかの人が作った音楽が出ていたと聞けば、すぐには気持ちが落ち着かないファンがいても不思議ではありません。

その一方で、長く応援してきたファンからは、こんな声も上がっています。

曲の名前とお金を決める業界のルール

作曲者の名前が1行載るかどうかで、なぜここまで揉めるのか。

そこには、ふだん音楽を聴いているだけでは目に入らない、お金と名前の決まりがあります。

曲ができると、作った本人か音楽出版社(曲の権利を預かって管理する会社)が、JASRAC(日本音楽著作権協会)へ「作品届」を出し、作者の名前を登録します。

NHKと民放の地上波は、ほぼ全局が、番組で流した曲を1曲ずつJASRACへ報告していて、その使用料が、登録された作者へ分けられます。

場面の後ろで流れるBGMも、この報告の対象です。

 

つまり、作品届に誰の名前が書かれているかで、ドラマが放送されるたびに誰にお金が入るかが決まるわけです。

作曲者の名前は、CDには間に合わなかったものの、あとから少しずつ書き換わっています(誰が届け出を直したのかは報じられていません)。

  • JASRAC=「声にならない想い」の作曲者は、阪井から大浦さんの名前へ
  • JASRAC=作品名が『対岸の家事』のBGMとなっている登録が2件あり、作曲者は1件が阪井、もう1件が大浦さん
  • Apple Music=作曲者欄が、阪井との連名の表示から、2025年9月に大浦さん1人の名前へ

サウンドトラックのCDに入った全33曲を1曲ずつ見ると、作曲者が大浦さんの名前になっているのは、いまのところ「声にならない想い」の1曲だけで、大浦さんが納めた16曲のほかの曲がどれにあたるのかは報じられていません。

下請けなら権利は阪井にあるのか

ネットには、「ただの下請けだったんじゃないですか?だとしたら阪井さんに権利はあります」という声もあります。

たしかに、曲から生まれるお金の権利(著作権)は、契約で人に譲ることができます。

ところが、その曲に作った人の名前を出すかどうかを決める権利(氏名表示権)は別もので、作った本人から離れず、人に譲ることができません(著作権法第59条)。

 

それでは、名前の出ない作曲は業界でどう回っているのか。

企業法務の弁護士の解説では、契約書に「名前を出す権利を使わない」という約束(著作者人格権の不行使特約)を入れて、作った人の同意をとっておくのが一般的だと説明されています。

名前を出さないこと自体は、契約で決めておけば成り立つわけです。

ところが、2人のあいだには、その約束を書いた契約書がそもそもありませんでした。

ゴーストライターは、名前を出さないことを作った本人が承知したうえで引き受ける仕事です。

大浦さんは、少なくとも『対岸の家事』の曲では名前を載せてほしいと頼んでいたので、名前を出さない約束がなかったところが、ゴーストライターとのいちばんの違いなんです。

佐村河内事件の再来なのか

ネットでは「佐村河内守の再来」「令和の新垣氏」という声も上がりました。

2014年2月5日に佐村河内側が「別人が作曲していた」と公表し、翌6日、週刊文春の記事と作曲家・新垣隆の会見で中身が明かされた騒動です。

耳の聞こえない作曲家として知られた佐村河内守の曲を、実は新垣が18年にわたって作っていました。

新垣は会見で、20曲以上を提供して受け取ったのは700万円前後だったと話しています。

大浦さんの最初の仕事が10曲弱で2万円だったことを思うと、あの新垣の報酬すらまぶしく見えてくるのが、なんとも切ないところです。

 

ただ、2つの騒動は、事実を知らされていなかった相手が違います。

佐村河内の騒動でだまされたのは、耳の聞こえない作曲家という物語を信じて曲を聴いた人たちでした。

作者でない人の名前を作者として載せたCDを売ることには、著作権法第121条で刑事罰まで定められていて、当時は弁護士の解説などでこの条文の適用も論じられましたが、起訴はされていません。

一方の今回は、お金と謝罪と名前の表記をめぐる民事の裁判で、大浦さんの話では、知らされていなかったのは阪井の所属事務所とテレビ局のほうでした。

 

騒動のあと、名前が表に出た新垣は、テレビやCMに出るようになり、バンド「ジェニーハイ」(川谷絵音がプロデュースし、小籔千豊らと組んだバンド)のメンバーにもなったんです。

2016年のインタビューでは、佐村河内と仕事をする機会があったらと聞かれて、「私は、彼からはひたすら逃げ回っているところなので(苦笑)」と笑いに変えています。

名前が1行出るだけで、作曲家の仕事の入り方はここまで変わる。

大浦さんが「名前が出なかった8年間で、作曲家として知られる機会を失った」と訴える気持ちも、新垣のその後と並べるとよく分かります。

和解を断った作曲家が求めているもの

大浦さんは弁護士を立てず、1人で裁判を進めています。

尋問のあとには、「話の筋が通っているのは、こちらです」「反省していないし、嘘をついているんです」と、厳しい言葉を口にしていました。

尋問のあとに出た和解(裁判の途中で、話し合いで決着をつけること)の話も断っていて、裁判所はあらためて和解の場をつくると伝えているものの、いまのところ応じるつもりはないそうです。

報道が出た日には、Xで週刊女性PRIMEの2本目の記事についても「拡散して頂けるとすごく嬉しいです。様々なご意見を聞いてみたいとも思ってます」と呼びかけています。

 

大浦さんは、損害はお金に換えにくいと言い、求めているのはお金よりも、自分が作った曲の作曲者として正しく認められることだといいます。

「誤解ちゃうやろ」と言いたくなるのは、名前を頼んだ日のことを、阪井自身が法廷で認めているからなんですよね。