2026年9月19日に開幕した愛知・名古屋アジア大会が、連日ニュースになっています。

ベッドが短い、決勝の朝にバスが来ない、韓国の試合で北朝鮮の国歌が流れる。

ただ、不手際そのものより、日本がこんなことをする国だったのかというところが、こたえている方も多いのではないでしょうか。

 

2025年の日本は、大阪で万博を開いて会場に2500万人以上を集め、東京の世界陸上では9日間ずっと国立のスタンドが埋まりました。

どちらも開幕前はメディアにさんざん叩かれて、終わってみれば「大成功だった」と呼ばれています。

同じ日本が、たった次の年にこの大混乱です。

「日本ならできるはずなのに、どうして今回だけ」

違っていたのは、この大会の責任を誰が背負っていたかでした。

五輪も万博も日本は回してきた

まず、この違和感には根拠があります。

日本がここ数年の間に国内で引き受けてきた、大きな国際イベント。

  • 2021年 東京五輪・パラリンピック=コロナ下でほぼ無観客、それでも日程どおり完走
  • 2025年4月〜10月 大阪・関西万博=2557万人が来場し、運営の収支も230億円を超える黒字
  • 2025年9月 東京世界陸上=9日間の総入場が61万人超

どれも開幕前は工事の遅れや売れ行きの悪さを書かれていた大会ですが、開幕してしまえばいずれも日程どおりに終わっています。

日本の現場の腕が落ちたにしては、あまりに早すぎる話なんですよね。

電通を外しても世界陸上は回った

いちばん広まっている答えが、「電通を外したからだ」というものです。

民間の大手の広告会社は、大きな大会でスポンサーを集めるだけでなく、会場と現場の人の予定をまとめて動かす黒子の役も引き受けてきました。

東京五輪でその役を担っていたのも、電通。

たしかに、今回の愛知の大会に電通は入っていません。

 

東京五輪では会場や設備の入札をめぐる談合で、大手の電通と博報堂が幹部社員とともに起訴されました。

愛知県は指名停止で両社を県の仕事から外し、代理店に内定していた電通も2023年3月に自分から辞退します。

選ばれたのは、名古屋の新東通信を代表に4社が手を組んだ共同体。

ところが、去年の東京世界陸上がこの説明に当てはまりません。

運営にあたった東京2025世界陸上財団は、電通に頼らず業種ごとに公募と入札をしてスポンサーを自分で集め、その収入は当初の計画を上回って、最後まで大歓声で満員のスタジアムで終わっています。

 

今回のアジア大会も、お金を集めるところまでは足りていて、開幕の直前にニュースで伝えられたスポンサー収入は約270億円と、目標を超えていました。

競技会場の設営と運営をおよそ630億円で受注したフランスのイベント会社GLイベンツも、オリンピックやラグビーワールドカップの世界的な現場に何度も入ってきた会社です。

大会を運営するために愛知県と名古屋市がつくったのが組織委員会で、この巨額の630億円は公募の入札にかけず、そこが相手を決めて契約しています

この630億円がどうやって決まったのかは、県議会の答弁にそのまま出ていました

ただ、この契約に入っているのは競技会場をつくって回すところまで。

海外から来る選手の宿も、試合会場へ運ぶシャトルバスも、ここには含まれていません。

 

では、その宿とバスは誰が回すことになったのか。

その難しい仕事を長いこと代理店へ丸投げしてきたので、頼む側の自治体には経験が残っていません。

選手が泊まる宿も運ぶバスも、人手の限られた組織委員会と県の手元に残されたまま。

 

中継の映像でも、同じことが起きました。

競技のテレビ映像を世界各国へ配るホスト放送局の仕事に、2025年春の入札で手を挙げた4社のなかに、日本の会社は1社もありません。

応札の条件が「大きな国際総合競技大会を元請けでやった実績」に厳しく絞られていたからです。

一旦決まったのはスペインと中国の企業が組んだ共同体で、契約は税込およそ26億円。

ところがこの契約は4か月ほどで解除され、2025年9月に指名競争入札でやり直しになります。

公表された解除の理由は、協議が整わなかったという、わずか2行だけ。

新しく決まったのは中国のメディアグループCMG-IMPで、契約金額は当初の倍近い税込およそ51億円まで一気に膨らみました。

理由は2行しか出ていないのに、支払う金額だけが25億円も跳ね上がったことになります。

日本の会社は、この大会の中継の入札に1社も来ていません

選手村がないのは今回だけ

崩れているのは競技の外側で、いま出ている苦情はベッド、部屋、食事、送迎に集まっています。

この愛知の大会に海外から来る選手と役員は、あの東京世界陸上のおよそ8倍もの大所帯です。

  • 東京五輪=晴海に選手村を建てて、そこに全員を入れた
  • 東京世界陸上=選手は都内のホテルに収まる規模
  • 愛知・名古屋アジア大会=選手と役員が1万7000人を超えるのに、選手村がない

組織委員会が選手村の整備をやめる方向を理事会へ報告したのは2023年3月だと、愛知県の残した資料にあります。

巨大な村をつくるかわりに、県内各地のホテルを借り上げるという内容でした。

主催するOCA(アジア・オリンピック評議会)とも、その線で調整していると公文書に書かれています。

 

計画を変えた理由は、資材や人件費などの建設費の高騰。

組織委員会は2024年5月に海の上に浮かぶクルーズ船を使う検討を発表し、2025年1月には名古屋港のガーデンふ頭を宿泊拠点にすると決めます。

そのクルーズ船と、コンテナ型の仮設宿舎200棟ほどが加わって、いまのあちこちに分散した受け入れができあがりました。

ホテルと船とコンテナに分かれた選手が毎朝ちがう場所から会場へ向かうので、つなぐ人と車がいるぶんだけ崩れる場所も多くなります。

 

受け入れるホテルの側でも、同じことが起きていました。

選手村が1つあれば1回で済んだ手配が、いまは県内のホテルの数だけ枝分かれしているわけです。

選手村をやめると決めたのは2023年3月。開幕の3年半前のことです

国の136億円が決まったのは去年12月

では、なぜ選手村を削ることになったのか。

組織委員会が挙げた理由は、大会経費が当初の見積もりのおよそ1000億円から3700億円へ膨らんだことで、民間スポンサーから必死に集めた270億円では、まったく届かない桁違いの額でした。

ただ、同じ物価高のなかで大阪万博も世界陸上も走り切っています。

過去の大会と違ったのは、増えたぶんの費用を誰が抱えるのかでした。

  • 2016年9月=OCA総会で愛知・名古屋が開催都市に決定
  • 2018年9月=閣議了解。中身は政府が協力する旨まで
  • 2025年12月=アジア大会の特別措置法が成立し、国が支援する根拠ができる
  • 同月=国費136億円を含む補正予算が成立。地元の要望は400億円超だった

閣議で扱われたのは2018年9月28日ですが、いくら出すかはそこに書かれていません。

招致が決まってから国の負担が法律と予算の形になるまで、丸9年。

国が出す136億円は総額3700億円の3.7%で、残りの大半は地元の愛知県と名古屋市が抱えます。

 

東京五輪は国を挙げた行事として組まれ、大阪万博は国が出資する国際博覧会として動き、世界陸上も東京都が前面に立ちました。

今回のアジア大会だけ、国が最後までお金を出す側として前に立たなかったんですよね。

コスト高で選手村をやめた2023年3月の時点で、国がいくら出すかはまだ決まっていませんでした

国がやっていた21年前の万博

もうひとつ、「愛知にこんな大会は無理だった」という見方もあります。

ただ、21年前の同じ愛知県の長久手や瀬戸で開かれた愛・地球博は、あの懐かしい2005年3月から9月までの半年間で2200万人あまりを集め、黒字で終わっているんです。

このときの主催は日本国際博覧会協会で、政府が協会をつくり、会場の整備にも国の予算が入る、国が前に出る形の国家的な博覧会でした。

当時の愛・地球博の主催は国がつくった協会。今回の主催は愛知県と名古屋市です

「何とかなるだろう」と上が決めた無理を現場が埋めて、終わってみれば大丈夫だった。

これまでの大会はその綱渡りの繰り返しでしたが、今回はその穴を埋める人そのものが足りなくなったのだと思います。

埋めていたのは、現場で汗をかいて走り回る自治体の職員やボランティアでした。

大村知事が1万5000人で結んだ契約

いま、この大会でいちばん名前を出されているのが、組織委員会の会長を務める愛知県の大村秀章知事です。

万博の準備中は「大阪のせいだ」と叩かれていたのに、今回は「日本のせいだ」になっている。

そこがモヤモヤと引っかかっている人も多いはずです。

 

参加人数が想定を超えると分かった2026年8月、大村知事は記者にこう語っています。

  • われわれは開催都市契約の1万5000人のキャパで段取りをしておりますし、その予算で組んでおります
  • それ以上と言われても対応できない
  • 物理的に泊まる所がありませんので、どうされるんでしょうかね

開催都市契約は大会を開く都市がアジア全体を仕切るOCAと結ぶ約束ごとで、そこで決めた枠が選手と役員をあわせて1万5000人でした。

そこへOCAが種目を足し、参加者が2000人ほど増えることをOCA自身のサイトで公表したのが、開幕のわずか1か月ほど前。

知事の言っている理屈は間違っていませんし、契約の枠を超えた人数を自治体が勝手に受け入れるわけにもいかないでしょう。

ただ、海外から来る客を迎える側の代表の口から出てくる言葉としては、突き放されて聞こえますよね。

 

地元でこの知事をめぐる空気がガラリと変わったのは、2019年のあいちトリエンナーレからです。

慰安婦を象徴する少女像などを並べた企画展「表現の不自由展・その後」に電話やメールの抗議が殺到し、わずか3日で中止になっています。

展示の中止を求めたのは、当時の河村たかし名古屋市長。

実行委員会の会長だった大村知事は展示を続ける側に立ち、その年の秋に再開までこぎつけました。

そこから今回の混乱を、知事の政治的な考え方のせいだと言いたくなる人もいると思います。

 

ただ、そこを突いても話は前に進みません。

1万5000人という枠で開催都市契約を結んだのも、選手村の整備を2023年3月にやめたのも、決めたのは組織委員会の理事会です。

その決定を下した理事会の会長を務めていたのが、大村知事。

フランス企業との630億円の契約を入札にかけなかった理由も、同じ会議の記録に残っています。

知事の政治的な考え方は選挙で決まりますが、会議の日付は記録に残ります

この大会を開いたのは、日本ではなく愛知県と名古屋市でした。

落ちたのは日本の力ではなく、誰が背負うのかが最後まで決まらなかったことだと思います。