『ワンパンマン』の作画を担当する漫画家・村田雄介のSNS投稿が、ここ最近になって異様なペースで続いています。

2026年9月17日も、深夜0時を回ったころから朝方にかけて十数回。

始まりは「高知の海の中にある不思議なタワー」という、一見ふつうの観光地の話。

そこから4次元立方体、地形に見えるモアイ、ユダヤ教の祈祷具へと話が渡っていき、最後はお墓の話に行き着いて「ちょっと休みます」で唐突に途切れます。

画面を開いた読者が真っ先に抱いたのは、面白がる気持ちよりも「村田先生、大丈夫なんだろうか?」という不安だったはずです。

その前日には「同じ心の病気を経験した身として見ていられない」という声が上がり、いっぽうでは「医師でもない外野が病気扱いするのは失礼だ」と釘を刺す人もいました。

投稿は足摺海底館から墓石まで続いた

話題の発端になったのは、四国の南端にひっそり佇む足摺海底館(あしずりかいていかん)という、高知県土佐清水市の海中展望塔です。

1972年に開業した昭和のレトロな施設で、海の中の窓から魚を眺める、昔の人が夢見た未来がそのまま残るような場所。

村田雄介はこの塔の形を以前から「4次元立方体みたいだ」と書いていて、17日の連投はその持論の再燃でした。

連投がたどった道すじ

  • 和歌山と九州の地形が巨大なモアイに見える
  • 四国の南側はピラミッドとスフィンクスに見える
  • 私たちの正体がデータだと仮定すると、平安時代の僧・空海は2次元、和歌山のモアイは3次元、九州の大モアイは4次元という並びになる
  • スフィンクスは額に4次元立方体を乗せて祈っているように見える
  • 額に箱を乗せて祈る人たちが中東にいる。ユダヤ教のテフィリン
  • テフィリンは修験道(しゅげんどう)の山伏がかぶる兜巾(ときん)に似ている
  • 足摺海底館はそのテフィリンに見立てて据えてあるのではないか
  • だとすると建物に渡した橋は、テフィリンを頭にくくる紐ということになる
  • テフィリンは額だけでなく左腕にもつける決まりなので、スフィンクスの見えていない側の腕にあたる佐田岬(愛媛)の地下にも同じものがあるはずだ
  • メッカのカーバ神殿も、上の次元へ向けて祈る形だ
  • テフィリンを縦に伸ばすと日本の墓石そっくりになる

読者が「え、どういうこと?」と戸惑うのは、ひとつひとつの連想は小さいのに、ぜんぶ足すと現実離れした世界まで飛んでしまうからなんですよね。

気づいた気がする感覚はアポフェニアと呼ぶ

騒ぎが広がる前夜の9月16日、統合失調症の経験があると自ら書いている人から、こんな警告が寄せられました。

「トマトを3文字変えたらりんごじゃん、新発見!」という言葉遊びを例に出して、世界の伏線に気づいた気がするのが統失初期にありがちだから心配だという内容です。

文字を全部バラして組み替えれば何にでもなるわけで、その当たり前を「世界の秘密を解き明かした」と思い込んでしまう状態のたとえですね。

そして「自分だけが世界の秘密に気づいてしまった」というこの心理現象には、ちゃんと医学的な名前がついているんです。

 

1958年に生まれた言葉

まったく無関係な物事のあいだに、自分だけの特別なルールや意味を見出してしまう心の癖を、アポフェニアと呼びます。

ドイツの精神科医クラウス・コンラッドが1958年に、統合失調症の前駆症状を細かく書き記すときに作った言葉。

「壁の染みが人の顔に見える」「車のフロントが怒っているように見える」といった日常の錯覚も、同じ働きの入口。

つまりアポフェニアそのものは誰にでも起きていて、それだけで病気ということにはなりません

国の健康ガイドでも、本格的な妄想がはじまる前に気分の落ち込みや激しい不安が先に来ることが多いと解説されています。

「テレビのニュースが自分に向けた暗号に思える」といった、身の回りの出来事をすべて自分と結びつけてしまう「関係妄想」も、代表的な症状のひとつ。

「ペンが握れなくなる病気の兆候ではないか」と恐れる人までいて、ファンが抱く不安の向き先もひとつではないわけです。

「世界の裏側に気づいた」という高揚感を医師が初期症状と捉える例は実際にあるので、読んで思わずざわついたのにも無理はありません。

似ている形はどれも江戸より後にできた

テフィリンやカーバ神殿といった遠い異国の宗教用語が次々に出てきたので、「何かの信仰に目覚めたのでは」と勘ぐる人も出ました。

ただ、歴史の順を追って一つずつ確かめると、どれも思ったより新しくて、新興宗教への傾倒というよりオカルト好きが昔から通る定番ルートをなぞっているのが分かります。

「日本の山伏と中東の祈祷具がそっくりだ」というこの話じたいは、100年以上前から語られてきた説の、いちばん有名な論拠なんです。

 

日ユ同祖論という古い通り道

「日本人の祖先は遠い砂漠から渡ってきたユダヤ人だ」と唱えるこの説を、日ユ同祖論(にちゆどうそろん)といいます。

明治の後期に英語教師の佐伯好郎が唱え、戦後にはアメリカのラビが本を書いて広めたことで、オカルト雑誌の定番として長年擦られ続けてきた説です。

そうした読み物で決まって持ち出されるのが、額に乗せた小箱と角笛の一致。

  • ユダヤ教徒は額にテフィリンを結び、ショーファールという角笛を吹く
  • 山伏は額に兜巾を結び、法螺貝を吹く

見た目の特徴があまりに重なるので、予備知識のない人が「何か隠された繋がりがあるはずだ」と興奮するのも無理はありません。

ただ、額に乗るくらい小さな兜巾が現れたのは江戸時代以降で、テフィリンに似てきたのはそのあと。偶然の一致とされていますが、そこまで読む人はあまりいないでしょう。

日本の墓石があの形になったのも江戸から

ついでに言うと、連投の着地点だった墓石も、思っているより新しい形をしています。

私たちが普段見かける縦長の石を三段に積んだ和型墓石が広まったのは江戸時代の中ごろで、一般の家がお墓を建てるようになったのは明治の後半から。それ以前は五輪塔や板碑で、似ても似つかない別物です。

数千年前の砂漠の文明と結びつけるには、時代があまりにも新しすぎます

しかも和型墓石のあの形は、お釈迦さまの遺骨をおさめる仏舎利塔や五輪塔を簡略にしたものです。

長崎のカトリックの墓地へ行けば、十字架の形や、オルガンのように横へ広いものまで、デザインは千差万別ですしね。

そもそも「四角い箱を上に伸ばした」という理屈が通るなら、世の中のたいていの四角い物は墓石に見えてこないでしょうか。

テフィリンと兜巾を結ぶこのレールは、明治の昔からずっと用意されていて、そのあいだずっと、たくさんの人が同じ順番で手繰ってきたわけです。

こうした不思議な共通点に夢中になること自体は、読んでいる私たちが思うよりずっとありふれた話。

病気の話ではないという見方も強い

ファンの擁護として真っ先に上がるのが、「常人には理解できない天才ゆえの思考だ」という受け取り方です。

白紙から面白いパターンを見つけ出せる人こそが、そのまま優れた表現者になれるわけですね。

オーストリアのグラーツ大学の研究チームが、天才のひらめきと精神疾患の境目について脳の活動を調べています。

統合失調症の傾向が強い人と、創造性の高い人。この2つのグループは、考えている最中も注意や集中に関わる部位が動き続けるという、よく似たアンテナの張り方をしていたそうです。

ただ、この研究が言っているのは弱いつながりがあるところまで。

思えば村田雄介の作風は、画面の隅々まで異常な密度で描き込みを重ねる方向へ、とことん突き抜けてきました。

崩れたコンクリートの破片や髪の毛一本まで、規則を作って埋めていく描き方。あの執念は「ここにも何かあるはずだ」と探し続けられる人でないと出せないものです。

今回の連投は、原稿を極限まで描き込むあの職人的な視線が、たまたま日本の地図に向いただけという読み方もできます。

「壮大な漫画の構想を練っている最中なんだ」と信じたくなるのも、あの圧倒的な画力を見せつけられてきたからですよね。

 

冨樫義博は原稿の進捗しか書かない

もうひとつ、そもそも漫画家がSNSで何を呟くべきかという話じゃないのか、という言い分もあって、引き合いに出されているのが『HUNTER×HUNTER』の冨樫義博です。

2022年5月にXを始めたとき、自己紹介に書いたのは「主に原稿の進捗状況をお伝えしていきます」の一行だけで、最初の投稿も「とりあえずあと4話。」でした。

クリエイターのアカウントは、「今日はここまで描けました」という報告だけでも十分に成り立つのです。

逆に言えば、それ以外を書きはじめた瞬間から、読者は作品と書き手を切り分けにくくなる。「作品は最高だから余計な私生活は見たくない」というファンの複雑な思いが伸びているのも、まさにそこが理由なんですよね。

もっとも、「都市伝説を熱く語るクリエイターなんていくらでもいるのに、なぜ彼だけ大騒ぎされるのか」という反論も。

たしかに、古代文明や不思議な話が好きな漫画家は昔から珍しくないわけで、分かれ目になるのはフォロワーが「面白いネタだ」と笑ってついていけるかどうかでしょう。

この立場から考えれば、見ておくべきなのは画面のこちら側で起きていることになります。

作品は17話ぶんが巻き戻っている

「SNSの暴走よりも前に、連載本編がおかしくなっていた」と、先に引っかかっていた熱心な読者もいました。

『ワンパンマン』はもともとONEが個人サイトで公開していた漫画で、村田雄介が圧倒的な作画をつけたリメイク版が『となりのヤングジャンプ』で連載されています。

その看板作品で、2025年1月23日に過去のストーリーを丸ごと無かったことにする異例の巻き戻しが起きました。

2024年12月26日に更新された第256話までが本筋からバッサリ外され、旧240話から256話までの17話が番外編へ置き直されたのです。

しかも240話は何度も描き直されていて、読者からは仕上げまで描かれたものが3種類あるという指摘まで出ています。

そのとき村田雄介が出したアナウンスは「今回は加筆修正版になります」という素っ気ない一行だけで、以前から「ウェブ連載の強みは何度も修正できること」が持論でした。

やり直しを主導したのは原作者のONEではなく、絵を描く側の村田雄介。アイデアもネームも本人のもの。

連載のストップも目立つようになり、2024年6月に約2か月、2025年5月にも長期のものを1回。

「読者の厳しい反応に振り回されて、精神的に参ってしまったのでは」と心配する声も上がっていました。

ただ、これは外から見た人の推測で、紙の雑誌と違ってウェブなら何度でも完璧を目指せるのだから、納得がいくまで直しているだけという読み方もできますよね。

原稿を破棄して描き直すこだわりも真夜中の連投も、同じ人がひとりで決めているという点だけは共通しています。

5月の炎上のときも同じ心配が出ていた

ファンがここまで怯えているのは、これが最初ではないからです。

今年の5月23日にも、村田雄介は移民をめぐる投稿への返信として、パキスタンの人たちの顔立ちをモアイ像にたとえ、古代の血筋と結びつける内容を書き込んでいます。

これが海外のファンにも届いて批判が広がり、ネットメディアにも取り上げられました。

そのときすでに「怪しい都市伝説にのめり込んで持論を連投するのは危ないサインだ」と、警戒する人はいたんですよね。

世界中から批判を浴びたあとも、投稿を消すことも言い訳をすることもなく、沈黙を貫いたままです。

宛先は編集部と家族へ向きはじめた

9月に入ってから変わったのは発信の中身より、「誰かあの人を病院へ連れて行って」という周囲の切迫感のほうかもしれません。

編集部へ呼びかける人、家族や周りの人に気づいてほしいと書く人、いったん休んだほうがいいと直接返信する人。

「本当に大丈夫?」と声をかけたところで、フォロワー148万人の書き込みのなかに一瞬で埋もれてしまうだけ。

「いい大人のプライベートなんだから放っておけ」と突き放す意見も、もちろんあります。

ただ、茶化したいわけじゃない、本当に心配なんだと、わざわざ断ってから書いている人がとても多いんです。

「この先生はどこへ向かっているんだろう」と背筋が寒くなる感覚は、あの投稿を追った人なら誰しも抱くものなのかもしれませんね。

この記事で参考にした情報

  • 統合失調症の症状と初期のサイン=厚生労働省「こころもメンテしよう」/国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」
  • 創造性と統合失調症傾向をめぐる脳研究、および精神科患者と親族約120万人の調査=CNN.co.jp「創造性の『暗黒面』 抑鬱や狂気が天才を生み出す?」
  • 足摺海底館の開業年と構造=土佐清水市の観光案内
  • 2026年5月の投稿をめぐる経緯=coki「村田雄介氏がX投稿で炎上」
  • リメイク版『ワンパンマン』の巻き戻しの経緯と話数=Togetter「ワンパンマン、1年分の話が巻き戻って修正され物議を醸す」
  • 冨樫義博のX開設日・自己紹介文・初投稿=ファミ通.com/コミックナタリー
  • 和型墓石が広まった時期と成り立ち、長崎のカトリック墓地の形=墓石・供養の各解説サイト/長崎市「ナガジン」
  • アポフェニアの由来、日ユ同祖論の成り立ち、頭襟(兜巾)の形=ウィキペディアの該当項目

この記事は、公開されている投稿と一般的な医学情報を並べて整理したものです。

特定の個人の診断を示すものではありません。

ご自身や身近な方の心の不調が気になるときは、お住まいの地域の精神保健福祉センターや、かかりつけの医療機関へご相談ください。