2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピック、フリースケーティング(FS)の演技が終わった瞬間、木原龍一選手の目から大粒の涙がこぼれ落ちました。

隣にいた三浦璃来選手は、そんな木原選手を「もう泣いてばっかりほんとに!」と優しくからかいながら、何度も抱擁を繰り返していたのです。

FS世界記録158.13点、合計231.24点——SP5位(73.11点)からの大逆転で手にした金メダルは、日本フィギュアスケート・ペア史上初の快挙でした。

あの瞬間、テレビの前で同じように泣いたファンも少なくなかったのではないでしょうか。

そして多くの人がこう思ったはずです。「この二人、もう結婚しちゃえばいいのに」と。

9歳差、身長差30cm。

プロフィールの数字だけを見れば、少し不思議な組み合わせに映るかもしれません。

しかし二人の間には、数字では測れない「魂レベルのシンクロ」が存在しています。

五輪直後、Xでは「りくりゅう結婚して」がトレンド入りし、ファンから祝福と「夫婦みたい」の声が殺到しました。

この記事では、りくりゅうペアの出会いから五輪金メダルまでの軌跡を振り返りながら、相性診断、ソウルメイト説、そして気になる結婚の噂の真相まで、たっぷりとお届けしていきます。

運命の出会い!りくりゅう結成の裏側

2019年6月。

当時26歳だった木原龍一選手は、スケーター人生で最も暗いトンネルの中にいました。

須崎海羽選手とのペア解消、右肩の負傷、さらに脳震とうまで重なり、練習すらまともにできない状態。

地元・愛知の邦和リンクで貸靴係のアルバイトをしながら、「シングルに戻って終わろうかな」と本気で引退を考えていたといいます。

貯金も底をつき、毎日を無気力に過ごすどん底の日々——ソチ、平昌と二度のオリンピックに出場(いずれもフリーに進めず)した経験がありながら、その輝かしいキャリアは静かに終わりを迎えようとしていたのです。

正直に言えば、この話を最初に聞いた時は胸がぎゅっと締めつけられました。

オリンピアンがリンクの貸靴係をしながら引退を考えている——それほどまでに追い詰められていたのかと。

 

物語が一変したのは、一本の電話でした。

前パートナー・市橋翔哉選手とのペアを解消したばかりの三浦璃来選手(当時17歳)から、「一緒にペアをやりませんか?」という申し出があったのです。

ブルーノ・マルコットコーチの仲介もあり、中京大の強化拠点でトライアウトが実施されました。

この時の感覚を、木原選手は「雷が落ちた」と表現しています。

ツイストリフトで三浦選手を抱え上げた瞬間、彼女の身体が一切こわばることなく、完璧に信頼を預けてきた。

「今までとは別次元の感覚だった」——これは単なる技術的な相性の話ではありません。

引退を決意した人間に、もう一度「やってみよう」と思わせるほどの衝撃だったということでしょう。

三浦選手側にも明確なビジョンがありました。

「年上で経験豊富な男性パートナー」を求めていた彼女にとって、オリンピック2大会出場の実績を持つ木原選手は理想そのもの。

「龍一くんは安心感がすごい。絶対落とさないと言ってくれる」と、初期のインタビューから揺るぎない信頼を口にしています。

結成は2019年8月、即決でした。

ビザの準備もそこそこに、二人はカナダ・オークビルへ渡ります。

そして直後にやってきたのがコロナ禍。

1年半以上帰国できない状況下で、異国の地に取り残された二人は、否が応でも「二人きりの生活」を送ることになりました。

普通なら息が詰まってもおかしくない環境ですが、この期間がむしろ二人の絆を決定的に深めたのです。

木原選手が後に語った「僕たちって、2人で1つなんだな」という言葉の原点は、まさにこのカナダでの共同生活にあったのでしょう。

 

よく「運命の出会い」という言葉が使われますが、りくりゅうの場合はもう少し踏み込んで「魂の呼び合い」と呼ぶべきかもしれません。

引退寸前の男性と、新しいパートナーを探していた17歳の少女。

タイミング、場所、仲介者の存在——すべてのピースが奇跡的にはまった瞬間から、日本ペア史上初の五輪金メダルへ続く道が始まりました。

元パートナーの高橋成美さんは五輪の解説で号泣しながら「宇宙一の演技」と絶賛し、SNSでは「成美ちゃんから始まった絆」と感謝の声も広がっています。

木原選手の競技人生に関わったすべての人が、あの金メダルに繋がっていた——そう思うと、この物語はさらに奥行きを増してきます。

りくりゅうペアのプロフィールと経歴

二人の基本スペックを改めて整理すると、その「対照的な組み合わせ」の面白さがよく分かります。

年齢差は9歳で、三浦選手が2001年12月17日生まれの24歳、木原選手が1992年8月22日生まれの33歳。

身長差は約30cmで、三浦選手が146cm、木原選手が175cm。

出身地は三浦選手が兵庫県宝塚市、木原選手が愛知県東海市。

所属は共に木下グループで、2019年8月にペアを結成し、カナダを拠点に活動してきました。

 

主な戦績を並べるだけでも、その凄みが伝わるのではないでしょうか。

2022年北京五輪7位入賞(日本ペア初)・団体銀メダル、2022-23シーズンでは世界選手権・四大陸・GPファイナルを制覇し、日本ペア初の年間グランドスラムを達成。

2025年世界選手権で再び頂点に立ち、そして2026年ミラノ五輪でFS世界記録とともに金メダルを獲得、さらに団体でも銀メダル——結成からわずか7年で、日本のペア競技の歴史をすべて塗り替えてしまったのです。

団体銀メダル獲得後、三浦選手は「チームジャパンに感謝」とコメントし、チームとしての結束力の強さも改めて印象づけました。

三浦璃来選手・木原龍一選手

三浦璃来:笑顔の下に秘めた強い心

三浦璃来選手のことを語るとき、まず頭に浮かぶのはあの屈託のない笑顔でしょう。

演技中も、キス&クライ(演技直後に採点を待つ場所)でも、インタビュー中でも。

まるで「笑顔が標準装備」とでも言うべき明るさが、彼女の最大の魅力です。

 

しかし、その笑顔の裏には鋼のメンタルが隠れています。

5歳でスケートを始め、空手や新体操にも取り組んだ活発な少女時代。

特に空手では回し蹴りを得意としていたというのだから、おしとやかなフィギュアスケーターのイメージとはずいぶんギャップがあるものです。

中国の隋文静選手に憧れ、2015年にペアへ転向。

市橋翔哉選手と組んで基礎を固めた後、2019年に木原選手との運命的な出会いを迎えます。

 

忘れてはならないのが、彼女が繰り返し乗り越えてきた怪我の数々。

肩の脱臼は再発を繰り返し、2023-24シーズンには腰のケガにも苦しみました。

それでも「怪我をしても絶対にやりきる」と言い切る姿勢は、単なる負けず嫌いとは違う次元のものでしょう。

2025年からは本格的に管理栄養士のサポートを導入し、コンディション管理も徹底。

中京大学スポーツ科学部で学んだ知識も、競技人生を支える土台になっています。

 

五輪FS後、号泣する木原選手を「今日泣いてばっかり!」とからかう姿に、多くのファンが心を掴まれました。

あの何気ない一言に、彼女の本質——強さと優しさ、そしてユーモアが凝縮されていたように感じます。

木原龍一:3度の五輪を経験した最高の盾

木原龍一選手の経歴は、日本男子ペアスケーターとして異例の厚みを持っています。

シングルから2013年にペアへ転向し、高橋成美選手、須崎海羽選手と組んでソチ2014、平昌2018と二度のオリンピックを経験。

北京2022では三浦選手とともに日本ペア初の7位入賞を果たし、通算3度のオリンピック出場という、日本のペア競技では考えられないほどのキャリアを築いてきました。

 

彼の最大の持ち味は「安定感」という言葉に尽きるかもしれません。

175cmの長身から繰り出されるリフト(男性が女性を持ち上げる技)は高く美しく、何より「絶対に落とさない」という信頼感が三浦選手の大胆な演技を可能にしています。

三浦選手が「龍一くんの上にいると安心する」と語るのは、お世辞でも何でもなく、長年の経験に裏打ちされた技術力への本能的な信頼なのでしょう。

しかし木原選手は「完璧な盾」であり続けたわけではありません。

2023-24シーズンには腰椎分離症を患い、三浦選手にリハビリ中の練習を任せる場面もありました。

「璃来ちゃんを頼れるようになった」と語るその変化は、二人の関係を「木原が引っ張る」一方通行から、対等なパートナーシップへと進化させる転機になったと考えられます。

性格は穏やかで包容力があり、9歳年上の「兄貴分」として三浦選手を見守りつつ、最近では「尻に敷かれるようになった」と笑うゆとりも。

母親の「楽しんできてね」という言葉を試合前のルーティンにしている一面からは、家族の温かさの中で育った人柄が伝わってきます。

2026年ミラノ五輪FSでは、前日のSPで犯したリフトミスを完璧に挽回する渾身の演技。

涙と笑顔が入り混じったゴール後の姿は、33歳のベテランが見せた「最高の盾」の本気でした。

三浦璃来と木原龍一の相性診断結果

りくりゅうペアの相性を技術面・精神面・私生活面の3つの観点から数値化すると、ちょっと信じがたい結果が出てきます。

ここでは各観点ごとに、なぜそこまで高い点数がつくのか、具体的なエピソードとともにひも解いていきましょう。

見つめ合うりくりゅうペア

まず技術面は、10点満点中9.9点。

これはほぼ満点と言っていい数字ですが、その根拠は初対面のトライアウトにまで遡ります。

木原選手が「雷が落ちた」と表現したあの瞬間、二人のスケーティングは「合わせる」のではなく「最初から合っていた」のだそうです。

通常、ペアの選手は滑りのカーブやスピードを何ヶ月もかけて調整していくもの。

手を繋いで滑るだけでも、どちらかが押したり引いたりするズレが生じるのが普通なのです。

ところがりくりゅうの場合、そのすり合わせ期間が極端に短かった。

身長差30cmという数字は一見アンバランスに見えますが、むしろこの差がダイナミックなリフトや投げジャンプの美しさを際立たせています。

三浦選手の爆発的なスピードと、木原選手のタイミングの正確さが噛み合ったとき、コーチのブルーノ・マルコット氏が「稲妻が走る」と表現するほどの化学反応が起きるのです。

 

次に精神面。

こちらは文句なしの10点満点です。

三浦選手はインタビューで「120%信頼している」「絶対落とさないから、下敷きになってあげる」と語ったことがあります。

ペア競技のリフトというのは、女性が男性の頭上高くまで持ち上げられる技で、もし落ちれば大怪我、最悪の場合は命に関わります。

その状況で「怖くない」と言い切れるのは、信頼が本能の領域にまで浸透している証拠でしょう。

木原選手も「璃来ちゃんがいないと不安」と2025年のインタビューで漏らしており、この信頼関係は一方通行ではなく完全に相互的なもの。

二人の間には「ミスの原因追求をしない。どうしたらよくなるかだけを話し合う」というルールがあり、危機的状況でもネガティブな言葉を封印する約束を交わしています。

この「ポジティブ約束」が、SP5位からの逆転金メダルという離れ業を精神的に支えた要因の一つだったのではないでしょうか。

そして私生活面は9.8点

NEWSポストセブンの報道によると、カナダ拠点で試合・遠征を含めると年間360日を一緒に過ごしているとのこと。

別々の自宅に住んではいるものの、互いに手料理を振る舞い合うほどの親密さです。

呼び方は「龍一くん」「璃来ちゃん」と自然体で、木原選手が「あれ忘れてない?」「次はここに行くよ」と世話を焼き、三浦選手が「何度も聞いたよ!」とツッコミを入れるのがお決まりのパターン。

これはもう完全に長年連れ添った兄妹のテンポで、競技パートナーの距離感を明らかに超えています。

フィギュアスケートペアで世界最高得点を出した瞬間のりくりゅうペア

総合相性99パーセント!

この数字が示すのは、りくりゅうペアの相性は技術・精神・日常のすべての層で、ペアスケート史上でもまれに見るレベルに達しているということです。

9歳の年齢差は、木原選手の経験と包容力が三浦選手の情熱を包み込み、逆に三浦選手の強さが木原選手を引退危機から復活させるという、双方向の化学反応を生んでいます。

北京五輪7位から世界選手権2連覇、そして五輪金メダルへ——この右肩上がりの成績曲線こそ、二人の相性が「偶然のラッキー」ではなく「必然の噛み合い」だったことを証明しているでしょう。

ちなみにXのファン投稿では「姓名判断で大吉」「九星気学で相性抜群」といった占い的なリアクションも飛び交っており、あらゆる角度から見ても「この二人は合っている」という結論に行きつくようです。

二人がソウルメイトと言われる3つの理由

「ソウルメイト」という言葉を軽々しく使うのは好きではないのですが、りくりゅうペアに関しては、この表現を避けて通るのが難しいと感じています。

運命的な出会い、言葉を超えたシンクロ、互いの弱さを受け止めて成長する関係性——ソウルメイトの定義に当てはまる要素が、あまりにも揃いすぎているからです。

ここでは、その根拠を3つに絞ってお伝えしていきます。

①引退危機のどん底で起きた運命の出会い

先述の通り、2019年6月の木原選手は引退を本気で決意していました。

貯金は底をつき、リンクの貸靴係として日銭を稼ぐ毎日。

そこに飛び込んできたのが、三浦選手からの一本の電話です。

 

ここで注目したいのは、このタイミングの「あり得なさ」です。

三浦選手が前パートナーとの解消を決め、新しい相手を探していたまさにその時期に、木原選手がまだ完全に引退していなかった。

もう数週間ずれていたら、木原選手は別の道を歩んでいたかもしれません。

関係者が「魂が呼んだとしか思えない」と語るのも頷ける話で、このペア結成には偶然以上の「何か」を感じずにはいられません。

 

トライアウト初滑走での「雷が落ちた」感覚。

三浦選手の身体が一切こわばらず、完璧に信頼を預けてきたという体験。

この瞬間に、木原選手の中で「最後のチャンス」という直感が働き、引退という選択肢は消え去りました。

一人の17歳の少女の声かけが、一人のベテランスケーターの人生を丸ごと書き換えてしまった——これを「運命」と呼ばずして何と呼ぶのか、正直なところ私には他に適切な言葉が見つかりません。

②言葉がなくても伝わる「魂のシンクロ」

りくりゅうの演技を観ていて印象的なのは、二人が交わすアイコンタクトの自然さです。

演技中にふと目が合うと笑顔を共有し、まるで「楽しいね」と無言で語り合っているかのよう。

2026年五輪FS後の「くしゃくしゃ笑顔でのハグ」は、世界中のファンの心を鷲掴みにしました。

 

この「言葉なしのコミュニケーション」は、日常でも同じらしいのです。

三浦選手は「相手が言いたそうなら、『何か言いたいことある?』と聞く。5年で相手の表情だけで察知できるようになった」と語っています。

一方の木原選手も、三浦選手の微妙な表情の変化を読み取り、練習中の違和感をいち早く感じ取る。

こうした「非言語の通信回線」が二人の間には太く張り巡らされていて、それがあの息の合った演技を可能にしているのでしょう。

 

面白いのは、このシンクロが真面目な場面だけでなく「ズレた時」にも発揮されること。

2025年GPファイナル後のポーズで二人が反対方向を向いてしまい、三浦選手が爆笑、木原選手が苦笑するという微笑ましい場面がありました。

ミスを笑いに変えられる関係性——これは日常的な信頼と遊び心がなければ成立しないものです。

コーチのブルーノ・マルコット氏が「稲妻のような化学反応」と表現するケミストリーは、技術面だけでなく感情面でも健在でした。

五輪フリー後のあのハグシーンは、まさに「言葉なしのシンクロの極み」と呼ぶにふさわしい瞬間だったと感じています。

 

③互いの弱さを支え合い成長する関係性

ソウルメイト、りくりゅうペア、涙する木原龍一選手を支える三浦璃来選手

ソウルメイトの条件として最も重要なのは、「互いの弱さを受け入れ、それを通じて成長できるかどうか」ではないかと私は考えています。

りくりゅうペアがこの条件を満たしていることは、いくつものエピソードが物語っています。

三浦選手が肩の脱臼に苦しんでいた時期、木原選手はリハビリ中もリンクに顔を出し続け、「2人で1つなんだな」と改めて実感したといいます。

逆に木原選手が腰椎分離症で練習を離脱した際には、三浦選手が一人で練習をこなしながら「もっと追い込んでも良いぞ!」と木原選手を励ます姿がありました。

それをニタニタ笑いながら見守る木原選手の姿は、「頑張っているのは自分だけじゃない」という安心感を互いに共有している証でしょう。

 

二人の間には、もう一つ重要な転機がありました。

2024-25シーズン前半、結果を求めすぎて関係が「凍りついた」時期があったそうです。

目標が高くなりすぎて絶望感に襲われ、楽しさを見失ってしまった。

しかし全日本選手権後に「楽しむことが大事」というマインドに立ち返り、絆を再構築。

この「凍結と解凍」のプロセスを経て、二人はより強固なパートナーシップを手に入れました。

危機を成長の糧に変えられる関係性。

互いの弱さをさらけ出しても壊れない信頼——これが、りくりゅうペアがソウルメイトと呼ばれる最大の理由なのかもしれません。

りくりゅうペアが結婚に近いと言われる理由

ここまで読んでくださった方なら、「もう結婚しているも同然では?」という感覚を持たれたかもしれません。

ファンの間で「結婚してほしい」という声が絶えないのには、ちゃんとした背景があるのです。

まず知っておきたいのが、フィギュアスケートのペア競技には「夫婦ペア」が非常に多いという世界的な事実です。

毎日数時間の密着練習、命を預け合うリフト、共有する夢と苦難——こうした環境が、競技パートナーを人生のパートナーへと自然に移行させるケースは珍しくありません。

中国の隋文静・韓聰ペアやロシアの複数の名門ペアなど、引退後にパートナーと結婚し、夫婦でコーチングを行う例は枚挙にいとまがないほど。

つまりペア競技という世界そのものが、パートナーとの結婚への心理的ハードルを大きく下げる構造を持っているのです。

三浦璃来と木原龍一の相性は9.9点?ソウルメイト説と結婚の噂、りくりゅうペア

りくりゅうペアの場合、このハードルはさらに低くなっているように見えます。

その理由の一つが、演技後に見せる二人のやり取りです。

2026年五輪FS後の熱い抱擁、号泣する木原選手を「泣いてばっかり!」とからかいながら支える三浦選手の姿。

あの光景を見て「演技上のパフォーマンスだ」と冷静に受け止められた人は、おそらくほとんどいなかったのではないでしょうか。

多くのファンが「本物の愛情が溢れている」「夫婦にしか見えない」と感じたのは、そこに計算のない自然な感情の流れがあったからに他なりません。

もう一つ見逃せないのが、「家族ぐるみのワンチーム」という現状です。

家庭画報のインタビューによると、三浦選手の母親と木原選手の母親は非常に仲が良く、国内大会では2家族揃って観戦するのが恒例になっているとか。

三浦選手の母親が「龍一くんを信じているからビシバシやって」と木原選手にエールを送り、木原選手の母親が「楽しんできてね」と声をかける。

「親同士がペアみたい」と関係者が笑うほど、両家族の一体感は他の競技パートナーの関係をはるかに超えています。

もし将来二人が結婚に至るとしたら、家族側のハードルはほぼゼロと言ってもいいかもしれません。

もちろん、2026年2月17日時点で二人から公式な交際・結婚の発表はありません。

本人たちが語る関係性は「プロフェッショナルなバディ」「兄妹に近い」というもので、NEWSポストセブンの記事でも「恋人というより兄妹」「木原選手は三浦選手にとって『トロントのお母さん』的存在」と表現されています。

年間360日一緒、手料理の振る舞い合い、お互いの弱さをさらけ出せる関係——これが恋愛なのか、恋愛を超えた何かなのか、それは本人たちだけが知ることです。

ただ一つ確かなのは、りくりゅうペアの間にある絆は、「結婚」という枠組みで測れるものよりもずっと深いということ。

二人がどのような未来を選んだとしても、あの金メダルの瞬間に見せた「くしゃくしゃ笑顔のハグ」の温かさは、フィギュアスケート史に永遠に刻まれることになるでしょう。

テレビでは落語家の立川志らく氏が「付き合ってるんじゃないか?」と発言して話題になり、ファンからは「今でしょ!」と結婚を願う声が続出しています。

次のシーズン、そしてその先に広がる未来で、りくりゅうペアがどんな景色を見せてくれるのでしょうか。

ファンの一人として、その日を心待ちにしていたいと思います。

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