「誠心誠意の謝罪がほしかった」

判決後の会見で、被害女性が涙ながらに絞り出したその言葉が、ずっと頭から離れません。

2026年2月20日、札幌地裁は元デッサン講師・栗田和明氏(漫画家ペンネーム:山本章一/一路一)に対し、当時15歳の教え子への約3年間にわたる性的加害行為について1100万円の賠償を命じました。

排泄物の強要、屋外での裸歩行、身体への落書き撮影——判決文に並ぶ言葉のひとつひとつが、どれほど残酷な支配関係だったかを物語っています。

被害女性はPTSDと解離性同一性障害を発症し、大学も中退せざるを得なかった。

この事件をめぐっては、小学館・マンガワン編集部の隠蔽体質が激しく批判され、謝罪声明と調査委員会の設置に至りました。

でも、事件が実際に起きた場所——北海道芸術高等学校札幌サテライトキャンパス(学校法人恭敬学園運営)への目線は、なぜかずっと薄いままでした。

判決から11日後の2026年3月3日、学校はようやく公式サイトで声明を公開しました。

でも、その内容を読んだとき、正直なところ「これで終わりにするつもりなの?」と感じた方も多かったのではないでしょうか。

この記事では、学校がなぜこれほど動きが遅かったのか、声明の中身は本当に十分なのか、そして現場では何が起きていたのかを、できる限り丁寧に掘り下げていきます。

この事件に怒りやモヤモヤを感じているすべての方に寄り添いながら、一緒に考えていけたらと思います。

11日間の沈黙のあと、学校がようやく出した声明の中身

小学館が判決から7日後に謝罪声明を出したのに対し、北海道芸術高校が最初の公式発信をしたのは判決から11日が経過した3月3日のことでした。

公式サイトに掲載されたPDF文書のタイトルは「訴訟の経緯と認定事実について」。

内容をまとめると、おおよそ以下のとおりです。

  • 「性加害や人権侵害は絶対に許されない」
  • 「学校が問題を把握したのは2020年2月4日、警察からの連絡がきっかけだった」
  • 「事実確認後、重大な契約違反が判明したため講師との契約を解除した」
  • 「裁判を通じて講師の不法行為を把握したが、使用者責任は裁判所から認められなかった」
  • 「それでも教育機関として極めて重く受け止めている」
  • 「心身に大きな負担を受けた生徒の心情を深く慮り、真摯に向き合ってまいります」

読んでいて、何かが足りない気がしませんか。

そうです、「謝罪」という言葉が一言もないのです。

被害女性個人への直接的な言及もなく、具体的な支援策(カウンセリング、補償の検討など)にも一切触れていません。

再発防止策についても、「講師・生徒間のLINE交換禁止ルールの強化」「相談窓口の設置・運用実態の公開」「教員研修の実施」といった具体的な内容はゼロ。

文書に日付の明記がなく、校長や理事長の署名もないという、形式的なPDFでした。

ネット上では「遅すぎる」「保身のための体裁づくり」「向き合うと言いながら何も約束していない」という声が続出しました。

「真摯に向き合う」という言葉は美しいですが、それが具体的な行動を伴わなければ、被害女性にとっては空虚に響くだけではないでしょうか。

なぜ学校は10日以上も黙り続けたのか

小学館が比較的早く動いたのに対し、学校の対応がこれほど遅れた理由は何だったのでしょう。

考えられる背景を、いくつかの角度から整理してみます。

「法的責任なし」を盾にした守りの姿勢

今回の判決では、山本章一氏(栗田和明)個人への賠償命令は認められた一方、学校法人恭敬学園への請求は棄却されました。

判決文の言葉を借りれば「不法行為は授業と関連しない日時・場所で行われ、法人の事業と密接に関連しない」という判断です。

この文言が、学校にとって「謝罪しなくていい理由」として機能してしまっています。

謝罪や調査を表明すれば「責任を認めた」と解釈され、追加訴訟のリスクや学校イメージへのダメージが生じる——そういった顧問弁護士的な助言のもとで「沈黙」が選ばれた可能性は十分あります。

3月3日に出た声明も、「真摯に向き合う」と述べながら具体策を示さなかったのは、この論理の延長線上にあるように見えます。

法的責任がないことと、人道的責任がないことは、まったく別の話のはずなのですが。

通信制・小規模校という「見えにくさ」の問題

北海道芸術高校は通信制で、生徒の登校はおよそ週1〜2回のスクーリングが中心です。

講師と生徒が日常的に接触する機会が少ないぶん、授業外での接触が「学校管理外の私的な関係」とみなされやすい構造があります。

公立高校であれば、教育委員会からの指導や報道を通じた世論の圧力がかかりやすい。

でも私立の小規模校は、外部からの目が届きにくく、「黙っていれば波が引く」という選択を取りやすい環境にあります。

小学館のような上場企業は株主・広告主・ファンからのプレッシャーが即座にかかりますが、地方の通信制高校には、そういった「炎上を止める力」が外部から働きにくい。

この構造的な「見えにくさ」が、学校を批判の射程外に置き続けてきた大きな要因のひとつではないでしょうか。

 

組織文化そのものの問題

被害女性の代理人弁護士や、元マンガワン作家・江野朱美さんのnoteでは、「複数の生徒が性被害を学校に相談していたが、一切対応されなかった」という指摘がなされています。

さらに江野さんのnoteには、別の教員がSNSで「今日もJKとLINE交換した」「今日は生徒と肩を組んだ」などと自慢げに投稿していたという証言も含まれています。

これらはあくまで被害者側・関係者の証言であり、学校側からの公式な反論も確認もなされていません。

ただ、もしこうした環境が実際に存在していたとすれば、栗田氏の行為が「異常なこと」として誰にも気づかれないまま続いた理由が見えてきます。

「相談しても無駄」「先生と生徒のそういう関係はよくあること」という空気が漂っていたとしたら——それは一人の悪質な講師の話ではなく、組織全体の問題です。

判決後に「誠実に向き合う」という選択肢が浮かびにくかったのも、そういった文化的背景があるからかもしれません。

栗田和明の手口と、それを止められなかった学校の構造

事件の全体像を改めて整理しておきましょう。

栗田氏が被害女性に接触したのは、彼女が北海道芸術高校に入学した2016年4月のこと。

「漫画の裏話を教えてあげるよ」という一言から始まり、LINEの交換、送迎という名の二人きりの時間、そして性的な関係へとエスカレートしていきました。

グルーミングという名の「罠」

犯罪心理学では、性的な目的を持った大人が子どもの信頼を段階的に獲得してから加害に及ぶプロセスを「グルーミング」と呼びます。

栗田氏のやり方は、その教科書そのものでした。

家庭環境に問題を抱え、自己肯定感が低かった少女に「唯一の理解者」として近づき、悩みを聞き、頼られる存在になる。

そして関係が深まったあとで、逃げられない状況を作り出していく。

札幌地裁は「被告は原告の判断能力の未熟さ、自己肯定感の低さ、家族との葛藤に便乗し、優位な教師の立場を利用して性的欲求を満たしていた」と明確に認定しました。

「真剣な交際だった」という加害者側の主張は、完全に退けられています。

15歳と50代の教師の間に「対等な同意」などあり得ない——この当たり前のことを、裁判所がきちんと言葉にしてくれたことは、被害女性にとって少しでも救いになったでしょうか。

学校に「止める機能」がなかった

3年間、加害が続いた背景には、学校側の管理体制の問題が深く絡んでいます。

通信制のため講師と生徒の接触が少なく、授業外の関係が「私的なもの」として見過ごされやすかった。

LINEの交換や放課後の送迎を禁止・監視するルールが機能していたのかどうか、いまだに学校からの説明はありません。

被害女性が「相談したが何もしてくれなかった」と語り、弁護士が「複数の生徒から相談があったが放置された」と主張しているにもかかわらず、学校はこれに対して公式な反論を一度も出していません。

「相談放置」が確定した事実かどうかは、現時点では判断できません。

ただ、反論しないということは、少なくとも「完全に否定できない」ということを意味しているのではないかと感じてしまいます。

 

「同意だった」という主張が二次加害になる理由

学校側がかつて「2人は真剣に交際しており、同意の上だった」と主張していたとの報道があります。

この主張がどれほど被害者を傷つけるものか、ちょっと立ち止まって考えてほしいのです。

自分の受けた行為が「同意の上だった」「恋愛だった」と周囲から言われ続けることは、被害の事実そのものを否定されることと同じです。

PTSDを発症するほどの精神的ダメージを受けた人間に対して、「それはあなたが望んだことだ」と言い続けるのは、二次加害以外の何ものでもありません。

判決でこの主張は完全に退けられましたが、この認識が学校内部に今もなお残っているとしたら、「真摯に向き合う」という言葉は、根本から空洞なのではないでしょうか。

この事件へのモヤモヤを全部言語化してみる

この事件の報道を追っていると、怒りとか悲しみとか、うまく言葉にならない感情がぐるぐるしてきませんか。

それは決して間違った感情ではありません。

むしろ、そのモヤモヤはとても正当なものだと思うので、ここで一度全部言語化してみたいと思います。

なぜ「真剣な交際」と言い張れるのか

判決で認定された行為の数々——排泄物の強要、「奴隷」という落書きと撮影、屋外での裸歩行——これのどこが「真剣な交際」なのかと、怒りを通り越して呆然としてしまいます。

加害者側が「恋愛関係だった」と主張し続けることは、被害者の苦しみを「自分が望んだこと」にすり替える行為です。

そのすり替えに加担する形で、学校までもが「同意の上だった」と主張していたとすれば、被害者はどれほど孤立無援だったのかと胸が痛くなります。

 

学校はなぜ被害者より加害者を守ったのか

複数の生徒から相談があったとされているのに、動いたのは警察から連絡が来た2020年2月のことでした。

被害が始まったとされる2016年から数えると、4年近くが経過しています。

もし相談を受けていたにもかかわらず放置していたとすれば、それは「被害者を守る機能」が完全に失われていたということです。

教育機関が子どもを守れなかったどころか、加害の継続を結果として許してしまった——この事実の重さは、判決文が学校の法的責任を否定したからといって、消えるものではありません。

小学館への不信が消えない理由

2020年に児童ポルノ製造で罰金処分を受けた人物を、わずか2年後に別名義で新作の原作者として起用する。

さらに、被害者と加害者と編集者の3者LINEグループを作り、「150万円を払って口外しないでほしい」という条件を示談として提示する。

この事実を知ったとき、「利益のためなら被害者の声をつぶしてもかまわない」という判断が組織内で働いていたと感じた方は多いのではないでしょうか。

謝罪声明と調査委員会の設置は評価できます。

でも、「なぜこうなったのか」「誰がどの判断をしたのか」が明らかにならない限り、不信感の根っこは消えないのではないかと感じます。

 

加害者が今も漫画を売り続けている現実

判決後も、栗田和明氏の個人出版作品はKindleで購入可能な状態が続いていました。

前科がつかない、業界からの追放処分もない、ペンネームを変えれば再デビューできる——この現実の前で、「被害者が一生苦しみながら加害者は普通に暮らしている」という構図が見えてきます。

被害女性がPTSDで大学を中退し、今も長期治療を続けているという事実と並べたとき、この国の性犯罪への対処はこれでいいのかという疑問が、どうしても湧いてきてしまいます。

この問題を「終わった話」にしてはいけない理由

北海道芸術高校がようやく声明を出したことで、「これで一区切り」という空気になることを、私はとても危惧しています。

「性加害は許されない」という一文と「真摯に向き合う」という抽象的な言葉だけで、本当に何かが変わったと言えるのでしょうか。

全国の通信制高校への警鐘として

通信制高校は、不登校や様々な事情を抱えた子どもたちにとって、大切な学びの場です。

柔軟な学習スタイルは多くの生徒を救っていますが、一方で日常的な監視が届きにくいという構造的な弱点も抱えています。

今回の事件は、そのような環境でこそ慎重な安全管理が必要だということを、改めて突きつけています。

再発防止策の具体的な公表がないまま「真摯に向き合う」で終わるとすれば、同じような事件が別の通信制高校で起きるリスクは減らないままです。

 

控訴審と今後の注目点

3月2日現在、栗田氏側は控訴の方針とも伝えられています。

控訴審が始まれば、相談放置の有無や学校の対応が改めて争点になる可能性もあります。

北海道教育委員会や文部科学省からの指導・調査は、現時点でまだ確認されていません。

通信制高校の安全管理体制に関する全国的な議論がこの事件を機に広がるかどうかも、重要な注目点のひとつです。

そして何より、元関係者や卒業生による新たな証言が出てくる可能性も残っています。

「相談放置」の実態が、いつかより明確な形で明らかになるかもしれません。

声を上げ続けることの意味

被害女性が民事訴訟を起こしたのは、被害から6〜7年後のことでした。

グルーミング被害の特性上、自分が被害者だと認識するまでに長い時間がかかる——米国の調査では、性被害の申告までの平均は約11年とされています。

7年かけてようやく声を上げ、裁判という過酷なプロセスを経て、ようやく認められた事実があります。

その事実を私たちが「知っている」「忘れない」「問い続ける」ことが、同じ被害を繰り返させないための、今できる最低限のことではないかと思います。

学校の声明が「言葉だけ」で終わるのか、それとも具体的な行動が伴うのか。

調査委員会を設置した小学館が、本当に構造を変えていくのか。

加害者が控訴審でどう出るのか。

まだ、この話は終わっていません。

被害女性の一日も早い回復を心から願いながら、引き続き見守っていきたいと思います。

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