原油不足で医療崩壊も…病院で「麻酔が打てない」と言われる理由
「次回の治療なんですが、麻酔薬の在庫が不安定でして、少しお待ちいただくかもしれません」
もし歯医者でこんなことを言われたら、あなたはどう感じるでしょうか。
実はこれ、2026年3月現在、全国の歯科医院で実際に起きている話なのです。
原因はガソリン高騰でも円安でもなく、「ナフサ」という聞き慣れない石油原料の不足。
ナフサが足りなくなると、プラスチックが作れない。
プラスチックが作れないと、注射器も点滴袋も麻酔薬の容器も作れない。
つまり、石油が止まると病院そのものが動かなくなるのです。
テレビでは「ガソリンが高い」の話ばかりですが、その裏側で医療の足元が揺らぎ始めている。
この記事では、なぜ「麻酔が打てない」事態が起きているのか、そしてこの先どこまで広がる可能性があるのかを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
目次
歯医者から麻酔が消えている
まずは、いちばん身近なところから話を始めましょう。
歯医者で虫歯を削ったり親知らずを抜いたりするとき、当たり前のように打ってもらう麻酔。
あの注射に使われている主力製品が「オーラ注」というもので、ジーシー昭和薬品という会社が製造しています。
国内シェアは約7割——つまり、歯科の麻酔薬市場をほぼ独占している製品です。
ところがこのオーラ注が、2025年秋から深刻な供給不足に陥っています。
製造システムのトラブルに加えて、ホルムズ海峡封鎖によるナフサ不足が追い打ちをかけた形。
2026年3月現在も限定出荷が続いており、全国の歯科医院で抜歯や虫歯治療の予約制限が相次いでいる状況です。
厚労省が異例の通知を出すほどの事態になっていますが、生産回復の見通しは依然として立っていません。
「たかが歯医者の麻酔でしょ?」と思うかもしれません。
でも麻酔薬がなければ、歯科医師は痛みを伴う治療を延期するしかないのが現実です。
結果として虫歯が悪化し、歯周病が進行し、本来なら簡単に済んだはずの治療がどんどん大掛かりになっていく。
そうした「治療の先送り連鎖」が、すでに全国で始まっているのです。
現代医療はプラスチックで動いている
しかし、歯科の麻酔薬不足は氷山の一角にすぎません。
問題の根っこはもっと深いところにあります。
現代の医療は、ほぼ100%が使い捨てのプラスチック製品で成り立っています。
感染防止のために一度使った器具は再利用できないので、注射器、点滴バッグ、手袋、カテーテル、酸素マスク、薬の包装シート——これらを毎日大量に消費し続けなければ、病院は機能しません。
そしてこれらの原料がすべて「ナフサ」。
原油を精製して得られるナフサから、エチレンという物質が作られ、そこからポリプロピレンやポリエチレン、PVCといった医療用プラスチックが生まれます。
この流れのどこかが止まれば、いくら優秀なお医者さんがいても「打つ手がなくなる」のです。
2026年3月時点で、国内のエチレン生産設備12基のうち少なくとも6基が減産や停止に追い込まれています。
三菱ケミカル、出光興産、三井化学、東ソーなど大手拠点が軒並みダウンしている状態。
ナフサの実質在庫について、民間分析(シティグループなど)では約20日分程度とされています。
一方で経産省は「川下製品の在庫が約2ヶ月分あり、代替輸入も含めれば4ヶ月は確保できる」という説明。
この温度差をどう受け止めるかは判断が分かれるところですが、楽観シナリオだけを信じるのはリスクが高いと感じる方も多いのではないでしょうか。
ちなみに石油備蓄は国家分と民間分を合わせて約254日分(2025年末時点)ありますが、ホルムズ封鎖への対応として民間15日分+国家30日分、合計約45日分の放出がすでに始まっており、実質の残存日数は目減りしています。
原油があっても精製ラインが回らなければナフサは生まれないわけで、「254日あるから安心」とは言い切れない構造になっているのです。
NTVやTBSの報道では、すでに一部の医療製品で「発送遅れ」が確認されているとのこと。
歯科の麻酔薬にとどまらず、注射器や点滴セットの供給にも影を落とし始めている。
ある医師がSNSにこう書いていました——「袋がないと言われても、点滴は打てないんです」と。
この一言が、今の医療現場の空気をいちばん的確に表しているように思えます。
透析患者34万人の治療が止まるとき
ナフサ不足が医療に与える影響の中で、最も切迫しているのが人工透析の問題でしょう。
日本には約34万人の透析患者がいます。
腎臓の機能が失われたこの方々は、週3回、1回あたり4〜5時間の透析治療を受けなければ生きていけません。
「週3回」という数字の重みを考えてみてほしいのですが、これは3日も空けば命に関わるということ。
1回でも治療が抜けると、血中のカリウム濃度が急上昇して心臓に異常が起き、数日以内に心不全のリスクが一気に高まります。
この透析治療に必要な回路、ダイアライザー(人工腎臓)、血液バッグ、チューブ、針——すべてポリプロピレンやポリスルホンといったプラスチック素材で作られています。
代替品はほぼ存在しません。
しかも使い捨てなので、毎回新しいものが必要になる。
製造ラインが止まれば、病院の手持ち在庫は数週間で底をつきます。
すでに一部の病院では「在庫逼迫」の内部通達が出ているという医師の証言もあり、治療回数の削減が現実味を帯びてきている状況です。
まず週2回に減らされ、1回の治療時間も短縮される。
それでも足りなければ施設が休止に追い込まれ、地方の透析専門クリニックから先に閉まっていく。
患者さんは通える施設を失い、事実上の「余命カウントダウン」に追い込まれかねません。
34万人という数字は、決して小さな数ではないのです。
ご家族や身近な方に透析を受けている方がいらっしゃれば、この問題の深刻さは肌で感じられるのではないでしょうか。
ヘリウム不足というもう一つの時限爆弾
ナフサの問題と並行して、もう一つ見逃せない危機が進行しています。
ヘリウムの供給停止です。
ヘリウムと聞くと風船に使うガスを思い浮かべるかもしれませんが、医療での用途はまるで別次元の話。
MRI装置の心臓部にある超電導磁石を、マイナス269度という極低温に冷やし続けるために液体ヘリウムが不可欠なのです。
1台あたり約1,500〜1,700リットル必要で、これが切れると「クエンチ」と呼ばれる緊急停止が発生。
再起動には数百万円と数週間を要するため、一度止まると簡単には復旧できません。
日本はヘリウムを100%輸入に依存していて、そのうち約37%がカタール産——つまりホルムズ海峡経由です。
3月初旬、イランによるカタールのラス・ラッファン工業地帯への攻撃で、QatarEnergyが「不可抗力」を宣言。
ヘリウムの輸出が止まり、すでに製造済みのコンテナの約3分の1が湾内で動けなくなっています。
日本は世界最多のMRI保有国で、1万台以上が稼働中。
がんの早期発見、脳梗塞の診断、脊椎疾患の検査——どれもMRIなしには成り立ちません。
政府は備蓄分で5月上旬まではしのげる見通しを示していますが、その先の供給回復については不透明なまま。
小規模な病院や地方の施設では、すでにMRI検査枠の制限が始まっているという報告も出てきています。
現役の脳神経外科医も「過去20年で5度目のヘリウムショックだが、今回は最悪規模」と発信しています。
MRIが止まれば、がんの発見が遅れ、脳の異常が見逃され、助けられたはずの命が失われる。
派手なニュースにはなりにくいけれど、その影響の深さは計り知れないものがあります。
「直ちに影響なし」の言葉の裏を読む
政府は「直ちに影響はありません。冷静な購買を」と繰り返しています。
過去のオイルショックやコロナ禍でも使われたこのフレーズ。
目的は、パニック買いの連鎖を防ぐための意図的な楽観論——という見方が、専門家の間では根強くあります。
実際、過去の危機でもパニックが先行して本当に棚が空になった教訓がありますから、政府の気持ちもわからなくはありません。
ただ、「直ちに影響なし」は「影響がない」とは言っていないのです。
「今すぐは」という限定がついているだけで、その先については何も保証されていない。
実際のところ、民間15日分+国家30日分の石油備蓄放出はすでに開始されています。
これは「何もない」状況で行う対応ではないはず。
歯科の麻酔薬は限定出荷が続き、エチレン生産設備は半数がダウンし、医療製品の発送遅れも報じられている。
この状況を前にして、どこまで安心していいのかは、一人ひとりが自分で考えるしかないのではないでしょうか。
もちろん、明るい材料がまったくないわけではありません。
イランが「安全回廊」を一部運用し始めていること、日本船の優先通過協議が進んでいること——外交面での前向きな動きはたしかにあります。
4月中旬までに部分開放が実現する可能性は60〜70%程度と見られており、そうなれば在庫でしのぎ切れる見通しも出てきます。
ただし、封鎖が数ヶ月単位で長期化した場合には、医療現場への影響は避けられません。
どちらに転ぶかわからない以上、「転んだとき」のための備えを今のうちにしておくことには、十分な意味があると思うのです。
医療崩壊前に家庭でできる7つの備え
医療崩壊に対して個人ができることは、正直なところ限られています。
透析やMRIを自宅で代替するなんて不可能ですし、麻酔薬を個人で買い込むわけにもいきません。
ただ、「病院にアクセスしにくくなる期間」を家族が安全に乗り切るための備えなら、今日からでも始められます。
1つ目は、処方薬のローリングストック。
高血圧の薬、糖尿病の薬、喘息の吸入薬、アレルギーの薬——家族が毎日飲んでいる薬がある場合、手持ちが常に1〜2ヶ月分の余裕がある状態をキープしておくのが理想です。
次の診察で「少し長めに処方してもらえませんか」と主治医に相談するだけで済むので、ハードルは決して高くありません。
処方日数に制限がある薬もありますが、事情を説明すれば柔軟に対応してくれるケースは少なくないでしょう。
2つ目は、市販の常備薬セットの充実。
等々、一通り揃えておくことで、軽い体調不良なら病院に行かずに対処できる幅がぐっと広がります。
病院が混み合うような状況になればなるほど、「セルフケアで済む範囲を広げておく」ことの価値は大きくなっていくはず。
3つ目は、使い捨て手袋の確保。
ニトリル手袋は医療現場でも使われる素材なので、供給が逼迫すると真っ先に品薄になりかねません。
50枚入りを2〜3箱、今のうちに楽天などで手に入れておくと安心です。
家庭内で感染者が出たときの看護にも役立ちます。
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4つ目は、マスクと除菌シートの備蓄。
院内感染リスクが高まる局面では、家庭内の衛生管理がこれまで以上に重要になってきます。
不織布マスクの箱買いと、アルコール除菌シートを数パック余分にストックしておく。
コロナ禍でマスクが手に入らなかった苦い経験をお持ちの方なら、この備えの大切さは身に染みているのではないでしょうか。
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5つ目は、経口補水液の準備。
市販のOS-1やポカリスエットの粉末パックは賞味期限が長く、場所も取らない優れもの。
さらに覚えておいて損はないのが、砂糖20グラム+塩3グラム+水1リットルで即席の経口補水液が作れるということ。
発熱や下痢で脱水になりかけたとき、家に材料さえあれば自力で対処できる手段が一つ増えます。
砂糖と塩はふだんの料理にも使えるので、多めにストックしておいても無駄になりません。
6つ目は、お子さんがいるご家庭向けの小児用の備え。
小児用の解熱剤(シロップや坐薬)、鼻水吸引器、電子体温計の予備電池——見落としがちですが、いざというとき確実に助けになるアイテムです。
「子どもが夜中に高熱を出したけど、病院に電話がつながらない」——その状況を頭の片隅に置いておくだけで、準備の優先順位が自然と変わってくるはず。
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7つ目は、家族の健康状態の「棚卸し」。
離れて暮らす親御さんが持病を抱えている場合、常備薬がどれくらい手元にあるか、次の通院はいつか、電話で確認しておくだけでも違います。
モノの備蓄だけでなく、家族の健康情報を共有しておくことが、実はいちばんの備えなのかもしれません。
「あのとき声をかけておけばよかった」——その後悔だけは、なんとしても避けたいものです。
こうした備えは、楽天などのネット通販でまとめて注文するのが効率的。
衛生用品のまとめ買いパックなら送料も抑えられますし、離れた家族のもとへ直接配送することもできます。
まとめ
ふだん病院と縁がない健康な方にとっては、医療崩壊の話はどこか他人事に聞こえるかもしれません。
でも少しだけ想像してみてください。
交通事故に遭ったとき、手術ができなかったら。
お子さんが急な高熱を出したとき、病院がパンク状態だったら。
親御さんの透析施設から「資材不足で休止します」と連絡が来たら。
歯が猛烈に痛いのに、「麻酔がないので来週まで待ってください」と言われたら。
医療の危機は、それが起きてから慌てても間に合わないのがいちばん怖いところです。
原油が止まり、ナフサが足りなくなり、エチレンが作れなくなる——この目に見えにくい連鎖の先に、私たちの命を支えるインフラの綻びがある。
テレビがガソリンの値段ばかり伝えている裏側で、確実に進行しているこの問題を、一人でも多くの方に知ってほしいと思います。
政府の優先供給(医療分野が最優先)も進行中ですが、全体量が限られる以上、個人レベルの準備が重要であることは変わりません。
備蓄米や食用油と違って、「多めに買っておく」だけでは解決できない分野だからこそ、常備薬の確保、衛生用品のストック、家族の健康管理という「今日からできること」を淡々と積み重ねておく。
杞憂で終われば、それが最高の結末です。