2026年3月16日、沖縄・辺野古沖で同志社国際高校の生徒ら乗船の船2隻が転覆し、女子生徒1人と船長が死亡した事故。

この痛ましい事故をめぐって、新たな「証拠」がネット上に浮上しました。

同志社国際高校の在校生を名乗るアカウントが、研修旅行のしおりをXに投稿したのです。

そして、その後すぐにそのアカウント自体が消されてしまいましたが、そこに記されていた内容は、学校が記者会見で語った説明とは大きく食い違うものでした。

そこでわかったこと。

会見では金井氏を主に「ベテランの船長」と位置づけ、運航主体や詳細な経歴については「把握していない」と繰り返していたが、実は研修旅行の初日から礼拝のメッセージを担当する「牧師」として登場していたのです。

正直なところ、このしおりの内容を見た瞬間、これまでの会見での説明は何だったのかと目を疑いました。

「運航主体は把握していない」と繰り返していた学校が、なぜ初日の礼拝をこの方に任せていたのか。

しおりに記された内容と、会見での説明の間に横たわる矛盾——ここを丁寧に読み解いていきたいと思います。

(なお、このしおりは在校生が「配られたもの」と明言して公開しており信ぴょう性は高いとみられていますが、学校側の公式確認はまだ得られていない点は留意が必要です)

同志社国際高校のしおりから判明した矛盾

在校生を名乗るXアカウントが公開したのは、研修旅行のしおりの13ページ目

2026年3月14日——つまり研修旅行の初日に、カトリック安里教会で行われた「開会礼拝」の式次第が、そこに詳しく記載されていました。

同志社国際高校の在校生がアップした修学旅行のしおり

内容を順に見ていくと、まず前奏と黙祷から始まり、讃美歌21-499「平和の道具と」が歌われています。

続いて聖書朗読。

選ばれた箇所はマタイによる福音書5章9節、「平和をつくる人は幸いである」という一節。

そしてメッセージの演題は「平和をつくる人」で、担当は金井創牧師と明記されていました。

その後の祈祷も金井牧師、派遣・祝福も金井牧師。

つまり、礼拝の核心部分すべてを、金井氏が一人で担っていた形です。

 

さて、ここで学校側の公式説明を振り返ってみましょう。

3月17日の記者会見で、校長は金井氏について「運航主体は把握していない」「抗議団体だから選んだわけではない」と繰り返し、船長の役割を主に運航者として説明していました。

旅行会社の東武トップツアーズについても「講師や船の手配は旅行社が直接関わっていない」「乗船内容は学校側で調整」と、やや複雑な説明がなされていたのです。

安全確認の不備については「海のことはよくわからない」「思い至らなかった」と、船長判断に責任を一部転嫁するような発言も目立ちました。

しかし、しおりが示している現実はまったく異なります

金井氏は研修旅行の初日、約270人もの生徒が参加する開会礼拝で、メッセージを語り、祈りを捧げ、祝福を宣言している。

これはプログラム全体の精神的な支柱としての役割です。

「ただ船を操縦してくれる人」にこんな役目を任せるでしょうか。

学校が金井氏を宗教的・思想的な指導者として積極的に招聘し、旅のスタートをこの方に託していたことを示す、かなり決定的な内容と言えるでしょう。

「運航主体は把握していない」という説明が、しおりで金井牧師が開会礼拝の中心を担っていた事実と大きく矛盾します。

初日の礼拝の担当者として名前を載せておきながら、「どなたが船を出しているか知りません」というのは普通に考えてかなりの無理があります。

 

さらに注目すべきは、選ばれた讃美歌と聖書箇所のテーマです。

「平和の道具と」「平和を求めて」という讃美歌に、「平和をつくる人は幸いである」という聖書の一節。

これらは反戦・平和主義の文脈で非常によく使われるもので、辺野古の基地反対運動が掲げる「平和のための抵抗」という思想と直結する選曲です。

学校は会見で「多様な視点による中立的な平和学習」と説明していましたが、しおりのこのページだけでも、かなり特定の方向性を持ったプログラムだったことがうかがえます。

なお、在校生の投稿では「今となってはこの内容に深く疑問を感じる」「思想を植え付ける偏った研修旅行だった」との声も上がっています。

他のページ(校長挨拶や沖縄の歴史記述など)についても「被害・負担の視点のみで一方的」との指摘が出ており、しおり全体が特定のイデオロギーに偏っていた疑いが浮上している状況です。

校長の挨拶文が「中立」とは言えない理由

しおりの矛盾は、13ページの礼拝だけにとどまりませんでした。

3ページ目に掲載された西田喜久夫校長の「沖縄研修旅行に寄せて」という文章もまた、SNSで大きな炎上を呼んでいるのです。

校長はこの文章の冒頭で、沖縄の歴史をこう振り返っています。

明治初期の「琉球処分」、第二次大戦での「捨て石」としての沖縄戦、1972年まで続いた米国の施政権、ベトナム戦争での出撃基地化、2001年の同時多発テロの影響——。

挙げられている歴史的事実そのものは間違いではありません。

しかし問題なのは、ここに書かれているのが「沖縄=犠牲の土地」という被害者視点だけに徹しているという点です。

なぜ米軍基地が沖縄に集中しているのかという歴史的経緯や戦略的背景の説明はゼロ。

基地がもたらす経済効果や雇用、東アジアにおける抑止力としての役割にも一切触れていません。

「日本全土の約0.6%の沖縄に、米軍専用施設の約70%が集中している」という数字は記載されていますが、なぜそうなっているのか、その背景は語られないままです。

結果として生徒に残るのは、「沖縄は不当に負担を強いられている被害者の島」という一面的な印象だけでしょう。

 

さらに注目すべきは、文章の締めくくりです。

校長は「『平和のため』という戦いの中で、どれだけ多くの命が消えていっただろう」と書き、「相手の心に寄り添い、相手の悲しみも喜びも感じること、それが『平和』に向かうためのはじめの一歩だと思う」と結んでいます。

一見すると美しい言葉に見えるかもしれません。

しかし、この文章が辺野古の抗議船乗船プログラムの直前に手渡されるしおりに書かれていることを考えると、「相手に寄り添え」の「相手」は暗に基地反対派を指しているように読めてしまう。

政府側・防衛省側の「なぜ基地が必要か」という視点は、この文章のどこにもないのです。

会見で学校は「特定の思想を植え付けるものではない」と繰り返していました。

しかし、旅行の最初に生徒に手渡す公式資料で校長がここまで強い方向性のメッセージを発信していた——この事実と会見の説明が噛み合わないと感じる人が多いのは、当然のことでしょう。

 

ここで冷静に考えておきたいことがあります。

この校長文が「意図的に左翼思想を植え付けるための洗脳文書」だったかというと、必ずしもそう断定できるわけではありません

校長本人は純粋に「平和を願う思い」として書いたのかもしれない。

しかし、問題はそこではないのです。

高校2年生(16〜17歳)というのは、正義感や世界観が固まり始める思春期の真っただ中。

このタイミングで「沖縄=被害者」「基地=不正義の象徴」という強い文脈を最初に刷り込まれ、その後に反対派の牧師から礼拝メッセージを聞き、抗議船に乗って工事現場を見る——。

この一連の流れを体験すれば、一部の生徒が「基地反対=正義」「米軍=悪」という二元的な考え方に傾くのは、統計的に見てごく自然なことでしょう。

しかも同志社国際高校は帰国子女が多く、「世界の不平等」「抑圧された人々の声」というグローバルな正義の文脈に敏感な生徒が集まっている校風。

そうした感性を持つ生徒が、反基地運動を「人権と平和のための闘い」として美化されたプログラムに触れれば、共感するのは当然の反応とも言えます。

意図的な洗脳でなくとも、プログラムの構造そのものが特定の思想への傾斜を生む設計になっている

これは教育基本法が定める「政治的中立性」から見て、かなり問題のある状態ではないでしょうか。

実際、事故後にネットに投稿された卒業生・在校生とみられる証言の中には、「辺野古コースで反対派の方から話を聞いて、基地は絶対に許せないと思った」という声がある一方で、「今になって、偏った内容だったと気づいた」という声もあります。

一部の生徒は深く共感し、別の一部は後になって違和感に気づく——この「結果のばらつき」こそが、中立でないプログラムの証拠だとも言えるのです。

中立的な教育であれば、「反対」と「賛成」の両方の視点に触れた上で、生徒自身に考えさせるはず。

しかし今回のプログラムでは、校長挨拶から礼拝、海上視察まで一貫して反対派の視点だけが提供され、政府側の論理はほぼ封じられた状態でした。

これを「多角的な平和学習」と呼ぶことは、やはり無理があると言わざるを得ません。

子どもを持つ親にとって、「平和を学ばせたい」という願いは本物です。

しかし、その純粋な願いが特定のイデオロギーに傾いたプログラムに利用されていたかもしれないという現実は、本当にやるせない思いです。

金井牧師と同志社国際高校の本当の関係

しおりの流出によって、学校と金井牧師の関係は「単なる船の手配先」では到底なく、会見で学校側が金井氏の役割をどこまで矮小化しようとしていたのか——それを考える上で、見過ごせない事実がいくつも出てきています。

①金井創氏の経歴と牧師としての活動

金井創氏は1954年生まれ、北海道岩内町の出身。

早稲田大学政治経済学部を卒業した後、北海道銀行に1年だけ勤めて退職しています。

その後、東京神学大学大学院で神学を学び、1980年代に牧師の資格を取得。

日本基督教団に所属する牧師としてのキャリアが、ここからスタートしました。

2006年に沖縄の佐敷教会に赴任。

ここから本格的に辺野古の反基地運動に関わるようになったとみられています。

沖縄キリスト教学院の平和総合研究所でコーディネーター(嘱託研究員)を2010年から2021年まで務め、全国に平和学習を呼びかけながら資金を集める活動を展開。

2014年には募金で集めた資金をもとに、今回転覆した抗議船「不屈」(総トン数1.9トン)を購入・進水させています。

以降は船長として月1回のメンテナンスを行いながら、辺野古の海上抗議活動の中心を担ってきました。

「イエスは辺野古の浜に立っている」——金井氏の言葉として知られるこのフレーズは、キリスト教の信仰と反基地運動がひとつに結びついていたことを端的に示しています。

年に数回は学生や修学旅行生を乗せて辺野古沖を案内しており、「平和学習」の案内役としても長年活動していた人物でした。

つまり金井氏は、船の操縦ができる牧師ではなく、反基地運動を信仰の核に据えた活動家であり、教育者であり、牧師だったのです。

会見で学校が使った「ベテランの船長」という一言では、到底語りきれない存在だったことがわかります。

 

②同志社国際高校との長年の繋がり

同志社国際高校は1980年開校のキリスト教主義の学校で、帰国子女が半数以上を占める国際色豊かな校風。

沖縄研修旅行は開校当初からの伝統で、当初はひめゆり平和祈念資料館や平和祈念公園を巡る標準的なコースが中心でした。

辺野古の見学が加わったのは約10年前のこと。

最初は浜辺から基地を見るだけだった時期を経て、令和5年(2023年)以降は金井氏の船で海上から見学するプログラムに移行したとされています。

ここで見過ごせないのが、両者をつなぐ「信仰のネットワーク」の存在。

金井氏は日本基督教団の牧師であり、同志社グループもまたプロテスタント系キリスト教を教育の基盤に据えた学校です。

校長が会見で「キリスト教の縁で知り合いだった」と認めたのは、このネットワーク上の接点を指しているのでしょう。

しかも金井氏が研究所のコーディネーターを務めていた2010〜2021年の期間は、まさに学校向けの平和学習プログラムを推進していた時期と重なります。

産経新聞の報道でも「年に数回、依頼のあった生徒や学生らを案内」「10年以上の乗船歴」と報じられており、これは「個人的なつながり」というよりも継続的なプログラム提携と見るのが自然でしょう。

それにもかかわらず、学校は「チャーターするにあたって何らかの理由でそこになった」「運航主体は把握していない」と曖昧な説明を続けている。

しおりの13ページ目に堂々と「金井創牧師」と名前が印刷されているのに、「把握していない」は通用しないのではないでしょうか。

初日の礼拝を任せるほどの信頼関係がありながら、「知らなかった」で押し通そうとする姿勢。

多くの人が「隠ぺい」「矮小化」という言葉を使いたくなるのは、無理もない話だと感じます。

③過去の研修旅行でも抗議船を使用?

学校側は「辺野古に行くようになった経緯は不明」と説明していますが、在校生や卒業生とみられるネット上の投稿からは、過去にも同様の体験をしたという証言が散見されています。

「抗議船に乗せられた記憶がある」「反対派の方から基地問題の説明を聞いた」「偏った内容だったと今になって思う」——こうした声がXや匿名掲示板に投稿されており、過去の研修旅行でも抗議船が使われていた可能性を示唆しています。

しおりの存在がこうした過去の証言と結びつくことで、「これは単発の企画ではなく、長年続けられてきた構造的なプログラムだったのではないか」という見方が急速に広がっている状況です。

もちろん、ネット上の匿名証言をすべて鵜呑みにすることはできません。

しかし、学校が「経緯不明」「把握していない」で済ませようとする姿勢が、こうした証言を掘り起こすきっかけになっている面は確かにあるでしょう。

会見で校長が説明を曖昧にすればするほど、「本当のことを隠しているのでは」という疑念が膨らむ。

そして在校生がしおりを公開したことで、「学校の説明と実態が違う」という声に具体的な裏づけが与えられた形になっています。

では、学校が金井牧師の役割を矮小化した理由は何だったのか。

おそらくいくつかの意図が重なっていたと推察されます。

まず、政治的中立を装い、反基地イデオロギーへの誘導批判を避けたかったこと。

次に、事故責任を「船長判断」に集中させ、学校のプログラム立案責任を薄めたかったこと。

そして、保護者への事前説明が不十分だったことが露呈するのを防ぎたかったこと。

さらに、沖縄県の平和学習補助金(公金)の使途に関する追及を避けたかった可能性もあるかもしれません。

しかし、しおりという物的証拠が出てしまった以上、これらの意図はすべて裏目に出つつあるのが現状です。

旅行代理店が手配するはずのない船だった

ここでもうひとつ、見落とせない視点があります。

今回の沖縄研修旅行には、東武トップツアーズという大手旅行会社が関わっていたとされています。

東武グループ系の旅行会社で、修学旅行の取り扱いに強く、沖縄の平和学習関連のシンポジウム受託実績もある大手です。

しかし、この会社があの「抗議船」を手配したのかというと——常識的にはまず考えられないのです。

東武トップツアーズが関わっていたことが確認できるしおり

なぜか。

大手の旅行会社が修学旅行を手配する場合、守らなければならない「鉄則」がいくつもあります。

まず、旅客船事業法に基づく登録船しか使わないのが大前提。

全長6〜7メートル、5トン未満の小型艇で、しかも旅客船登録なし——こんな船を大手旅行会社が手配することは、通常ありえません。

次に、政治的・宗教的に偏ったプログラムはリスク回避の対象になります。

抗議船に乗って基地を海上から「見せる」という内容は、保護者からのクレームやメディアリスクを恐れる旅行会社が自ら提案するものではないでしょう。

標準的な沖縄平和学習のコースといえば、ひめゆり資料館、平和祈念公園、首里城あたりが定番。

抗議船での海上視察は、その「定番」から大きく逸脱しています。

さらに、引率教員の同乗、事前下見、保険加入、緊急時対応マニュアルの整備——こうした安全面のチェックも旅行会社の基本業務のはず。

波浪注意報下での出航を許容する大手旅行会社というのも、ちょっと想像しにくい話です。

実際、学校側は会見で「講師・船の手配は旅行社が直接関わっていない」「乗船内容は学校側で調整」と明言しています。

つまり、辺野古コースの船と講師の手配は、旅行会社ではなく学校が独自にやっていた。

この点を学校自身が認めているわけです。

ここで浮かぶ疑問は明確。

旅行会社が関与していないのであれば、学校は金井牧師側と直接やり取りして、このプログラムを組んでいたということになります。

「運航主体は把握していない」という会見の説明は、ますます辻褄が合わなくなる。

把握していないどころか、学校が主体的に企画し、直接調整していた疑いがここでも色濃くなってきます。

もっと言えば、旅行会社を「盾」にすることで、学校のプログラム立案責任をぼかそうとしていたようにすら見えてしまう。

「大手の旅行会社が入っているから安全だろう」と保護者が思い込む構図を利用して、実際には旅行会社のチェックが及ばない部分で危険なプログラムを走らせていた——こう指摘されても反論は難しいのではないでしょうか。

ネット上でも「大手がこんな個人のボランティア船を手配するわけがない」「旅行会社が聞いたら即却下するレベルの話」という声が圧倒的です。

東武トップツアーズ側からはまだ公式声明が出ていませんが、学校との契約内容や辺野古コースへの関与の有無について説明を求める声は日増しに高まっています。

このまま旅行会社が沈黙を続ければ、「共犯なのか」「黙認していたのか」という憶測がさらに広がりかねません。

学校、旅行会社、運航団体——この三者の間で、辺野古コースの企画・手配の責任がどう分担されていたのか

ここが解明されない限り、事故の全容は見えてこないでしょう。

保護者の立場で考えると、「旅行会社が入っているから安心」と信じていたのに、実は一番危険な部分は旅行会社のチェック外だった——これはかなりの衝撃です。

子どもの安全を守るはずの仕組みが、肝心なところで機能していなかった

この構造的な問題が、第三者委員会の検証できちんと解き明かされることを願うばかりです。

学校側への責任追及はどうなる?

しおりの内容と会見での説明の矛盾が明らかになった今、この問題は法的にも組織的にも大きな追及を受ける段階に入りつつあります。

まず法律面から見てみましょう。

安全配慮義務違反の問題は避けられません。

未成年者を政治的対立の最前線(抗議活動に使われる船)に乗せ、天候の確認も船の登録確認も怠っていた。

民法上の不法行為責任(709条)はもちろん、学校教育法の趣旨に照らしても、学校が果たすべき安全確保義務を著しく怠った疑いは濃厚です。

3月17日には運輸安全委員会が事故調査を開始し、第11管区海上保安本部も業務上過失致死傷容疑などで捜査に着手しています。

刑事・民事の両面で、学校側の責任が厳しく問われることになるでしょう。

ちなみにリーフエッジは沖からのうねりが急激に浅くなる場所で、波高が一気に増大し「壁のような磯波」や砕波が発生します。

横波を受けやすく、小型船は簡単に転覆する超危険ゾーンと言われているので、安全管理への問題視は避けられないと思われます。

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さらに、学校法人同志社のガバナンスも大きな焦点です。

会見に出席したのは校長と常務理事でしたが、理事長や総長の責任が問われないまま終わるとは考えにくい。

特にしおりの内容が「学校が主体的にプログラムを設計し、特定の活動家を招聘していた」ことを示す以上、「現場に任せていた」「把握していなかった」という法人の主張にも限界がありそうです。

第三者委員会の設置は表明されましたが、学校法人が主導する形では「茶番になるのでは」との批判がすでに噴出中。

文科省による立ち入り調査の検討がすでに表明されていることを考えると、しおり原本の提出と全プログラムの公開を含めた、より踏み込んだ検証が求められる段階に来ているのかもしれません。

ネット上では校長辞任を求める声が多数あがっています。

「会見の涙は演出でしかなかった」「核心に答えず曖昧なまま逃げた」という厳しい見方が支配的です。

沖縄県から平和学習に関する補助金が出ていた可能性も報道で指摘されており、「公金で反基地運動を支援していたのか」「全国の平和学習プログラムの実態調査が必要だ」という声も高まっています。

遺族による訴訟の可能性も現実味を帯びてきました。

「なぜ抗議船に乗せられたのか」「事前に正確な説明はあったのか」——武石知華さんのご遺族がこうした疑問に納得のいく回答を得られなければ、法的手段に踏み切ることは十分にありえます。

学校はカウンセラーを配置して生徒のケアを強化中とのことですが、遺族の心の傷に向き合えているかは別の問題です。

しおりの流出は、今後の法的追及において重要な証拠にもなりうるものでしょう。

この悲劇を二度と繰り返さないために、このあとの保護者説明会が今後の大きな鍵になることは間違いありません。

亡くなった武石知華さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

そしてご遺族のご両親が、「なぜこんなことが起きたのか」という問いに対する誠実な答えを受け取れる日が来ることを願っています。

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